第45話 無限に立ち上がる影
北の森は湿っていた。
シルバムの町を出て北に向かうと、地面が少しずつ柔らかくなった。足元に水が染み出している箇所が増え、木の根が複雑に絡み合った地面は平坦ではない。霧というほどではないが、木々の間に薄い靄が漂っていて、視界が抜けない。
6人で入った。前衛にバルドとサーク、中央に俺とリアン、後ろにニアとゾマの順番で、ニアとゾマは地上を歩いている。森の中では翼を広げた飛行が難しい。スカイウイングを使えば低空飛行はできるが、木の密度が高い場所では機動力が落ちる。
しばらく進んだところで、ニアが足を止めた。
「……おる。でも、場所がはっきりせえへん」
危険感知が反応しているということだ。レベル9の感知が「はっきりしない」と言う。それは敵意が薄い、あるいは特定の方向から来ていない、ということを意味している。
「周囲に広がってる感じか」
「そんな感じや。どこって言われても困るで」
俺はサークを見た。サークが鼻を利かせながら周囲を確認した。
「気配は感じます。ただ、通常の魔物と少し違う」
「続けよう。警戒を上げる」
行方不明の冒険者が向かったとされる地点に近づくにつれて、痕跡が出てきた。
最初に見つけたのは、採取用の道具だった。小型のナイフと布袋が、草の根元に転がっている。持ち主が意図して置いたものではない。次に、地面に黒ずんだ染みがあった。血痕だ。乾いて時間が経っている。
争った跡もあった。地面が踏み荒らされて、木の幹に引っかき傷がある。何かが激しく動き回った痕跡だ。
「死体がない」
バルドが言った。周囲を見回しながら、短く続けた。
「普通なら、死体か装備は残るはずだ」
そうだ。戦闘があって、血が出て、道具が散乱している。なのに人間の姿が1つもない。装備も、武器も、ほとんど残っていない。消えている。
その不自然さが、ここに来て初めてはっきりした。
茂みが動いた。
アンデッドだった。3体が草の陰から出てきた。外見は通常のゾンビと変わらない。動きも特別速くはない。
「数が少ない。魔法は使わなくていい」
バルドが前に出た。サークが横に並び、ニアが後方から見ている。
3体を撃破するのに時間はかからなかった。バルドの斧が1体を叩き伏せ、サークが近接で2体目を制圧した。バルドが続いて3体目を仕留めた。
倒れた3体が、地面に伸びた。
「問題なかったな」
俺が言った直後に、ニアの声が来た。
「……まだおるで」
地面に伸びていた1体が、動いた。
腕が動いて、上体が起き上がり、膝を立てた。先ほど確かに倒したはずの個体が、もう一度立ち上がっていた。
「また来るぞ」
バルドが即座に反応して、もう一度叩き伏せた。完全に動かない状態にした。
数秒後、また動いた。
「……」
バルドが無言で3度目を仕留めた。
また動き始めた。
リアンの表情が変わった。口を真1文字に結んで、倒れては起き上がるアンデッドを見ていた。分析をしている目だ。
「……ありえない」
リアンが静かに言った。
誰も口を挟まなかった。リアンが言葉を選んでいるのがわかった。
「加護魔法レベル8……シールソウルかもしれない」
場が、止まった。
「シールソウル?」
「魂を縛る魔法よ。アンデッドにかけると、何度倒されても蘇る。理論上は無限に」
バルドが静かな声で言った。
「……そんな魔法があるのか」
「加護魔法の高位魔法だから、滅多に使い手はいない」
リアンが続けた。
「もし、シールソウルなら……術者のレベルは64以上よ」
数字が頭に入ってきた。64。俺の加護魔法は今レベル16だ。その4倍のレベルを持つ術者がいるということだ。
「……そんな化け物がいるのか」
バルドの言葉に、誰も答えなかった。答えられる材料がなかった。
「念のためもう一度倒してください」
サークが言った。
バルドが1体を仕留めた。サークが静かに魔力を広げた。ディテクトマジックを使っているのだとわかった。アンデッドの体と、その周囲の魔力の流れを確認している。
しばらくして、サークが眉を寄せた。
「……おかしいです」
「何が」
「ディテクトマジックで確認していると、外部から魔力がアンデッドに流れて復活しています」
俺はその言葉を咀嚼した。
「シールソウルなら、アンデッドそのものにかかっているはずですよね?」
サークがリアンに向かって聞いた。
「……確かに。シールソウルは術者が最初にかけて、後はアンデッドが自前で保持する魔法よ。外から継続的に魔力を送る必要はない」
「もう一度倒してみて」
バルドが仕留めた。リアンが自分でディテクトマジックを展開した。アンデッドが動き始めるタイミングと、魔力の流れを自分の目で確認している。
「間違いない」
リアンが言った。
「シールソウルじゃないわ。外から何かの魔法でアンデッドを復活させている。全然別の仕組みよ」
「気配が奥の方から来とる感じや」
ニアが言った。特定の方向から、というより、森の奥の方向から何かが流れてくる感覚を掴んでいるようだった。
「本物じゃない可能性が高い」
俺は言った。
「シールソウルの使い手がいるなら、それだけで対処不能だ。でも外部から魔力を送っている装置か術者がいるなら、そこを断てる」
「それに……」
俺は続けた。
「ここで引けば被害は増える。行方不明の冒険者がまだ生きている可能性もある」
全員が黙って頷いた。
複数体を同時に相手にして、まとめて撃破した。
全部が蘇った。
「倒しても終わらない」
俺は確認するように言った。
ギミックだ。アンデッドそのものを倒すことが解決策にならない。いくら撃破しても、外から魔力が送られる限り立ち上がり続ける。消耗するのはこちら側だ。
「上から見るで」
ニアが言った。
俺が指示する前に、ニアが自分で動いていた。スカイウイングを発動して、木の梢より上まで上昇した。自分の翼で飛ぶとホバリングがしにくいが、スカイウイングなら空中で止まれる。
しばらくして、上から声が降りてきた。
「この辺1帯、同じ気配や」
局所的な問題ではない。森の広い範囲にアンデッドが展開されていた。
「アンデッドを復活させる魔力の発生源があるはずです」
サークが言った。
「そこを断たない限り、終わりません」
方向は決まった。倒すのではなく、源を探す。
ただし、戦闘を続けながら探索するのは消耗する。アンデッドは倒れては蘇り、倒れては蘇りを繰り返す。こちらの魔力が先に尽きる。
「長引けば不利だ」
俺は言った。
エイドスクロールを1枚持ってきていた。それで1回分の補充はできる。ただ、それだけでは足りない可能性がある。
サークが集中して、ディテクトマジックの範囲を広げた。森の奥の方向に向かって、魔力の流れを辿ろうとしている。
「……この方向から来ています」
サークが向いた方向が、森の奥だった。
「場所ははっきりせえへん。広がっとる感じや」
ニアが上から言った。
「1点じゃない……?」
リアンが眉を寄せた。
「いえ、発生源はあるはずです。ただ……」
サークが少し間を置いた。
「隠されています」
森の靄が、少し濃くなった気がした。




