第44話 準備と再集結、そして次の異変
スクロールが完成したのは、作業を始めてから実質12時間かかった後だった。
宿の部屋で素材を広げて、魔力を少しずつ注ぎ込んでいく作業だ。派手さは何もない。ただひたすら集中して、羊皮紙に魔法の形を刻み込んでいく。途中で一度、魔力の流し方を誤って最初からやり直した。それでも最終的には完成した。
手のひらに乗る小さなスクロールだ。使えば対象のポケットを1つ回復する。それだけのものだが、できた瞬間には妙な達成感があった。
時間効率は悪い。1日かけて1枚だ。戦闘に入る直前に急いで作れるものではない。
ただ、それならそれで使い方がある。移動がない日、待機している日、雨で動けない日。そういう時間を使って積み上げていけばいい。作戦行動中に作るものではなく、平時の在庫管理だと割り切ることにした。今後の資源運用はその方針でいく。
所持金を確認した。スクロールの材料費と宿代を合わせて7ゴールドほど減って、278ゴールドになった。
スクロールが完成した日の午後、バルドとリアンとゾマが帰ってきた。
ウィンストン館の中庭に入ってきた3人を見ると、全員が無事な様子だった。ゾマの体に目立った傷はない。バルドも普段通りで、リアンが少し疲れた顔をしていたが、問題のある疲れ方ではなかった。
「どうだった」
「無事に終わった」
バルドが短く答えた。
依頼の詳細を聞いた。南の島方面の採取依頼を複数こなして、全件完了している。ゾマの飛行を使った移動が予想より安定していたらしく、バルドが「使えるな」と言っていた。
「ゾマ、どうだった?」
俺がゾマに向かって言うと、ゾマが目を輝かせた。
「水魔法がレベル4になった。新しい魔法が使えるようになった」
「どれを取るか決めたか」
「まだ。リアンと相談しながら考える」
成長している。ゾマなりに、ちゃんと考えるようになっていた。
リアンも光魔法がレベル16に到達したと言った。レベル4の魔法が使えるようになった。
「何を取るつもりだ」
「それが悩んでいるのよ。候補が複数あって、どれも欲しいんだけど、資金が厳しくて」
「厳選するしかないな」
「そうなの。じっくり考えるわ」
リアンらしい慎重さだと思った。
「そういえば」
バルドが思い出したように言った。
「ウィンディオの捜索依頼、見たか?」
「ギルドに出てたな」
少し前に掲示板で確認していた。王都が出した捜索依頼で、行方不明になった守護竜候補の竜を探しているという内容だった。報酬も高かった。
「実は、ゾマがウィンディオに会ったらしい」
ゾマが少し間を置いた。
「……一度、会いに来た」
「いつだ」
「ニアがシルバムに行っていた時だと思う。僕がここに1人でいた時に来た」
俺たちがシルバムに向かっていた頃のことだ。ゾマは男爵の館に残っていた時期がある。その間にウィンディオが接触していたことになる。
「何を話したんだ」
「僕が無事だと知って安心していた。ニアも生きていると話した。守護竜選定で負けたドラゴンが処分されていないかを確かめたかったと言っていた」
それだけ話すと、ゾマは少し視線を落とした。続きを言うべきか迷っている様子だった。
「男爵に聞いた方がいいかもしれない」
サークが静かに言った。
ウィンストン男爵に話を通すと、すんなり応じてくれた。
男爵の話によると、ウィンディオは守護竜選定の決勝翌日に失踪する前から、処分対象の竜が実際にどうなるのかを気にしていたらしい。決勝後に処分現場を目撃して、飼育係から嘘をつかれたと確信した。バルモスに相談したが「考えすぎだ」と流された。それで1人で真実を確かめに動いた、ということだった。
「目的は真実の追求と、生き残っているドラゴンの捜索です」
男爵が落ち着いた声で言った。
「ゾマとニアの生存を確認できて、安堵していたようでした」
「今はどこにいる」
「詳しい場所は把握していません。ただ、1人では行動が難しいと判断したのか、私の方で人間の従者を1人同行させました。行動の補助ができる者を」
男爵が自分の関係者を同行させたということは、ウィンディオの動きをある程度把握しているということでもある。ただし、それ以上は言わなかった。
俺は少し考えてから、男爵に向かって言った。
「捜索依頼については、情報を提供しない方がいいですか」
男爵がわずかに目を細めた。
「お願いします。ウィンディオが捕まれば、命の危険があります。王国の意図がどこにあるか、現時点では判断できない」
俺は頷いた。
正直なところ、簡単に割り切れる話ではない。捜索依頼を出している王国側にも事情があるだろうし、ウィンディオの行動が正しいとも限らない。だが、男爵の話を聞いた上で、情報を提供することで起きる最悪の結果を考えると、黙っている方が妥当だと判断した。
「わかりました。今回は情報提供を控えます」
バルドとリアンも異論を言わなかった。
翌日、ギルドで依頼を確認した。
採取依頼の在庫が薄くなっていた。先週からこなしてきた分で、手頃な依頼がほとんど消化されていた。新しい依頼が来るまで少し待つか、別の方向を探すか。
掲示板を見ていると、バルドが1枚の依頼票を指差した。
「シルバム北で、採取に出た冒険者が行方不明になっている」
俺は依頼票を読んだ。
シルバムの北方向にある森で、採取依頼を受けていた冒険者パーティーが戻っていない。俺がついでに受けようとして既に着手済みになっていた案件だ。
「偶然じゃないかもしれない」
バルドが言った。
それは俺も思った。採取依頼で向かった場所で冒険者パーティーが行方不明になる。通常の魔物との遭遇なら、全員が消息を絶つのは不自然だ。何か別の要因がある可能性がある。
「アンデッド絡みかもしれない。一緒にやらないか」
バルドが俺に向かって言った。
「やろう」
即答した。
シルバムにはガルバンがいる。以前に廃坑での件で関係ができた。情報を集めやすい土地でもある。それと、アンデッドが絡んでいるとすれば、ユリコの工作の可能性がある。
6人で出発した。俺、サーク、ニア、バルド、リアン、ゾマの編成だ。
バルドとリアンとゾマ、俺とサークとニアの2手に分かれて空を移動した。
野営を1回挟んで、2日でシルバムに到着した。
以前来た時より、町の空気が重かった。
ギルドで情報を集めると、状況が悪化していた。
「行方不明が2件に増えています」
受付の担当者が言った。
俺が出発前に依頼票を読んだ時点では1件だったが、その後にもう1件が加わっていた。別のパーティーが北の森に向かったまま戻っていない。
2件、どちらも北の森だ。
「捜索依頼を正式に受けます」
俺は言った。
担当者が依頼票を出した。対象は北の森1帯。行方不明の2パーティーが向かったと思われる地点が記されていた。
宿を確保してから、全員で明日の準備をした。
俺は自分のポケット構成を見直した。今のポケット数は合計18だ。魔力容量増加で1追加されているので内訳は17プラス1になるが、使える量として考えると18ある。
リジェネレーション、ディスペルマジック、エレメンタルガード、ストレングス、ウィーク、ディテクトマジックを入れる。6つで、予備が4つ残る。支援と持久戦を想定した構成だ。アンデッド系が相手なら、ディスペルマジックが役立つ場面もある。
サークはポケット14で組む。サモンエレメンタルⅡ、ファイアーボール、フレイムボディー、バークスキンを2枚、ディテクトマジックを入れる。予備が3つ。攻撃力を維持しながら、昨日の湿地帯で痛感した防御の薄さをバークスキンで補う構成だ。
ニアはポケット7でガストウィンド、ライト、スリープを入れる。予備が2つ。制圧と補助を中心にした構成だ。まだ発展途上だが、スリープが使えるだけで戦況を変えられる場面がある。
「全員、確認できたか」
「問題ない」
バルドが答えた。リアンが頷いた。ゾマも静かに頷いた。昨日より少し落ち着いた顔をしていた。
「明日、北の森に入る」
誰も余計なことを言わなかった。
窓の外は暗かった。シルバムの北の方向に、森の黒い輪郭が見えた気がした。




