第41話 新たな編成と選択
翌朝、俺はバルドとリアンを連れてウィンストン男爵の館へ向かった。
中庭に入ると、ゾマがすでに待っていた。昨日俺が「紹介する人を連れてくる」と言ったのを、ちゃんと覚えていたらしい。
バルドとリアンの顔を見た瞬間、ゾマの目が輝いた。
「ほんとに冒険行けるの!?」
関西弁ではない。ゾマはゾマで、ニアとは違う喋り方をする。ただ、声のトーンはニアに負けず劣らず無邪気だった。
「話し合ってみてから決める」
俺は答えた。
バルドは特に驚いた様子もなく、ゾマを見上げた。ゾマの体格はニアより少し小さいが、それでも人間より遥かに大きい。普通の人間なら多少たじろぐ距離感だ。バルドはまるで気にしていなかった。
「よろしくな」
それだけ言って、ゾマに向かって手を上げた。
リアンはゾマの周りをゆっくり歩きながら、細かく観察していた。鱗の状態、翼の張り、目の動き。傷はないか、体調に問題はないか。そういうことを確かめているのだとわかった。
「元気そうね。ご飯はちゃんと食べてる?」
「食べてる。男爵が出してくれる」
「そう。ならよかった」
リアンが微笑んで答えた。
俺はその様子を少し離れたところから見ていた。
ゾマの無邪気さを見ていると、正直なところ、少し不安になる部分があった。「冒険行けるんか」という反応が、まるで遠足に行くような言い方だったからだ。危機意識がどこにあるのか、まだわからない。
ただ、バルドとリアンの対応を見ていると、その不安が少し薄れた。
バルドは自然体だった。ゾマを特別扱いするわけでも、警戒するわけでもなく、ただ普通に接していた。それがゾマを落ち着かせていた。リアンは細かいところに目を向けていた。体の状態、食事、環境。戦力として見ているのではなく、一緒に動く相手として見ている目だ。
大丈夫そうだな、と思った。
「ゾマ、1つ聞いていいか」
俺はゾマに近づいて言った。
「戦いで怖いと思ったことはあるか」
ゾマが少し考えた。
「ある。守護竜の予選で負けた時、怖かった」
「それでいい」
俺は言った。
「怖いと思える感覚は大事だ。なくなったら危険になる」
ゾマが首を傾けた。完全に理解したわけではなさそうだが、俺の言葉を受け取ろうとはしていた。
バルドが俺の隣に来た。
「ゾマの経験は浅いな」
「そうだな」
「最初はそんなものだ」
バルドが言った。特に気にした様子がなかった。
リアンも同じように言った。
「少しずつ覚えればいいわ。私たちだって最初から全部できたわけじゃない」
育てる側としての覚悟が、2人の言葉に滲んでいた。
俺はそれ以上何も言わなかった。2人に任せていい、という判断が固まった。
バルド、リアン、ゾマの3人でパーティーを組む。それで決まった。
ただし、問題がある。
ゾマはドラゴンだ。ニアと同じように、町の中には入れない。
採取依頼を受けに行くにも、ギルドで報告するにも、バルドとリアンが代わりに動くことになる。
ゾマが自分で動ける範囲は限られる。拠点としてウィンストン館を使いながら、外の仕事は人間2人が担う形になる。
その点をバルドとリアンに確認した。2人とも問題ないと言った。
午後、俺、サーク、バルド、リアンの4人でギルドへ向かった。ゾマとニアはウィンストン館で待機だ。
掲示板を確認すると、依頼の数はそれなりにあった。ただし方向がバラバラだ。北の山岳方面、東の湿原地帯、南海岸沿い。全部を1つのチームで回るには日数がかかりすぎる。
「2手に分けるか」
俺は掲示板を見ながら言った。
「そうなるな」
バルドが頷いた。
「チームをどう分ける」
「バルド、リアン、ゾマで1チーム。俺とサーク、ニアで1チーム」
自然な分け方だった。相棒を中心に組む形だ。
「俺たちは南の島方面を回れる」
リアンが地図を見ながら言った。
「ゾマが飛べるなら、スカイウイングを使えば休憩を挟みながら到達できるはず。2回か3回の中継で10分だと思う」
「そっちはどうする」
「俺たちは東の湿原地帯だ。ニアの飛行を使えば移動は早い」
湿原地帯の依頼がいくつかあった。採取系が中心で、強敵の情報は少ない。ただし湿原特有の問題がある。水場が多く、潜伏している魔物からの奇襲が危険だ。水中や草むらに隠れて近づいてくるタイプは、気配感知がないと対応が遅れる。
その点を確認しておく必要があった。
「ゾマの魔法を教えてくれ」
俺はバルドに向かって言った。ゾマ本人に直接聞けばよかったのだが、まだ把握できていない部分があったので確認した。
「水と風と闇の3属性を持っている」
「3属性か」
「ただし風以外はレベル1の魔法しか使えない。全体的にまだ未熟だ」
それでも3属性はポテンシャルが高い。属性が多いほど将来的なポケット数も増える。今は未熟でも、伸びしろがある。
「ニアよりポケットが多いのはそのためだな」
「計算上はそうなる」
ギルドから館に戻る道の途中で、サークが口を開いた。
「少し整理してもいいですか」
「なんだ?」
「ポケットの計算の話です」
サークが歩きながら説明した。
「加護魔法のポケット数はレベルに1を足した数です。タカオ様は今レベル16なので、基本のポケットが17。魔力容量増加で1追加されているので合計18になっています」
「そうなるな」
「属性魔法の場合は、レベルに1を足した数の半分です。端数は切り捨てです。俺の炎はレベル9なので、9に1を足して10、半分で5ポケット。光はレベル13なので、14の半分で7ポケット。合計12ポケット。魔力容量増加でプラス1して13ポケットです」
「3属性になると、その分加算されるわけだ」
「はい。例えば3属性全部がレベル9なら、5が3つで15ポケットになります。属性を増やすことで、魔力容量増加よりも効率よくポケットを伸ばせる可能性があります」
俺は計算を頭の中で整理した。
「魔力容量増加で増やすとどうなる」
「レベルⅡからⅤまで使うと合計14ポイント消費で、ポケットが4増えます。一方、新しく属性魔法を取得してランク10まで上げると、13.4ポイントほどで約4.5ポケット分の効果が出ます。ランクを上げ続ければさらに差が開きます」
「内訳は」
「属性魔法ランク1の取得に10ポイント、ランク10まで上げるのに0.9ポイント、レベル1の取得に1.5ポイントです。合計13.4ポイントです」
属性魔法の取得コストはランクの取得から始まる。ランクは才能の指標で、取得時に善行ポイントを使う。そこからレベルを上げることで実際に魔法が使えるようになる仕組みだ。
「属性の追加を考えた方がいいかもしれないな」
「はい。それで、1つ検討したいことがあります」
サークが少し間を置いた。
「大地属性です」
俺はサークを見た。
「俺が取れる可能性があるのは風か大地のどちらかです。ただ、風はニアがすでに持っています。かぶせる意味が薄い。大地の方が戦術の幅が広がります」
「大地でどんな魔法が使える?」
「レベル1ではストーンエッジとバークスキンがあります。ストーンエッジは地面から石の刃を出す攻撃魔法ですが、俺の戦い方だと使う場面が少ない。バークスキンは防御力を一時的に上げる魔法で、こちらは有用です」
「将来性は」
「レベル4でトンネルという魔法があります。壁を通り抜けたり、壁の中に隠れたりすることができます。レベル6ではアースロードという移動魔法があり、遠方へ一瞬で移動できます」
俺はしばらく考えた。
トンネルは戦術的に面白い。隠れる、奇襲する、脱出する。使い方次第で幅が出る。アースロードはさらに強力だ。瞬間移動に近い移動魔法があれば、逃げにも攻めにも使える。
「それは前から考えていたのか」
「いいえ」
サークが答えた。
「今日、ゾマを見ていて考えました」
俺は少し驚いた。
「ゾマの影響か」
「……タカオ様と同じかもしれません」
サークが静かに言った。
俺は一瞬、その言葉の意味を考えた。
南の島に行く前の話だ。俺がニアを相棒にしようと決めた動機の一部に、戦力としての計算があった。サークの大地属性の検討にも、戦術的な計算がある。その背景にゾマの存在があった、ということをサークは自分で気づいていた。そしてそれを、隠さずに言った。
「それでいい」
俺は言った。
「戦力を考えることは悪くない。ただ」
「取るのはいいが、一度考えろ」
俺はサークに向かって言った。
「今すぐ決めなくていい。なぜそれが欲しいのか、他にもっといい選択がないか、もう少し整理してから判断しろ」
「そうします」
サークが答えた。
ギルドに戻って、採取依頼を受けた。東の湿原地帯への採取が3件。まとめて受注した。
依頼の内容を確認しながら、湿原の注意点をリアンから聞いた。以前に湿原系のフィールドに入ったことがあるらしく、潜伏型の魔物の動き方を教えてくれた。
「水面下から来るタイプは音で察知する必要がある。草むら系は気配感知の反応が早ければ対処できる」
「サークの気配感知がレベル5ある。ニアの危険感知がレベル9だ」
「それなら対応できると思う。ただし油断は禁物よ」
「わかってる」
バルドが地図を広げて、明日の移動ルートを確認していた。俺もそれに加わって、今日中に決めておくべきことを整理した。
「明日は準備をしてから行く」
俺は言った。
今日はここまでだ。装備の確認、魔力の回復、湿原での行動方針の最終確認。全部明日の朝にやる。
バルドが地図を畳んだ。
「そうだな。急いで失敗する方が悪い」
「リアン、大地魔法についての文献があればギルドで借りておいてくれるか。サークが検討している」
「わかった。調べておく」
リアンが頷いた。
空が暗くなり始めていた。館に戻れば、ニアとゾマがいる。明日からは2チームに分かれて動く。
少しずつ形が変わっていく。それが悪いことだとは思わなかった。




