第40話 相棒の意味
ハイルセンに戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
船旅は穏やかだった。リアンの言葉通り、今度は何も起きなかった。波も風も普通で、俺は半分眠りながら甲板で過ごした。それだけで十分だった。
港から真っ直ぐ、ウィンストン男爵の館へ向かった。
館の中庭に入ると、ニアが首を伸ばして俺たちを出迎えた。体長5メートルの銀白色のドラゴンが首だけ動かすと、それだけで中庭の空気が変わる。
「おかえり」
ニアが言った。関西弁で。
「ただいま」
俺は答えた。無事で何よりだと思ったのは本当だ。
そこに、別の声が割り込んだ。
「タカオ」
ゾマだった。灰色のドラゴンが、庭の隅からこちらに向かってくる。ニアよりやや体格が小さい。
「僕も頼みがある」
「聞こう」
「ニアだけずるい」
ゾマが言った。
子供みたいな言い方だったが、ゾマ自身は至って真剣な顔をしていた。
「外に出たい。俺も冒険者と組んで動いてみたい」
俺がゾマの方を見る前に、ニアが即座に口を開いた。
「それはあかん」
「なぜだ」
「わいが困る」
「ニアが困る理由がわからない」
「わいが困るから困る」
ゾマが呆れた顔をした。俺も似たような顔になっていたと思う。
「ニア、それは理由になってない」
「タカオ様はわいのもんや。ゾマにあげるわけにはいかん」
場が、微妙に止まった。
バルドが後ろで小さく咳払いをした。リアンは何かを言いかけて止まった。サークが、静かにニアを観察していた。
その夜、俺とサークは中庭の端に座って話した。
月が出ていた。館の灯りが遠くで揺れている。ニアはすでに眠っていて、ゾマも物陰で丸くなっていた。
「タカオ様」
サークが言った。
「ニアは理解していません」
「何を」
「相棒とは何かを」
俺は少し考えた。
「俺もか」
「タカオ様も、まだ全部はわかっていないかもしれません」
否定できなかった。
サークが続けた。
「ニアは"タカオ様は自分のもの"と言いました。しかしそれは違います。相棒は所有ではない。選ぶことです。危険を知った上で、それでも隣に立つと選ぶこと。ニアはまだ、その重さを知らない」
「知らせないといけないな」
「はい」
俺は膝の上に肘をついて、空を見上げた。
「ニアを戦力として見ていた部分が、俺にはある」
口に出したら、改めてはっきりした。
採取依頼の効率化、空中戦の即戦力、維持費の問題を解決するための働き手。そういう目でニアを見ていた部分があった。
「でも、それだけじゃない」
「分かっています」
サークが言った。
「だから話すべきです。明日、正面から」
翌朝、俺はニアを呼んだ。
中庭の中央で、向き合う形で座った。ニアの目が、俺を見ていた。いつもの無邪気な目だ。
「ニア、聞きたいことがある」
「なんや」
「俺と戦うってどういう意味か、分かってるか」
ニアがすぐに口を開いた。
「一緒に飛んで、敵見つけて、ばーっとやっつけて……」
「違う」
俺は遮った。
ニアが口を閉じた。俺の声のトーンに気づいたんだと思う。
「もっと重い話だ」
俺は続けた。
「俺と戦うっていうのは、死ぬかもしれないってことだ」
空気が変わった。
ニアが俺を見ていた。さっきまでと違う目になっていた。何かを処理しようとしている、そういう目だ。
「南の島で、俺たちは族長の娘を倒した。マーフォークの族長に殺せと命令されて、全力で逃げた。それだけじゃない。これからも、似たような場面はある。もっと強い相手もいる。俺が死ぬかもしれない。サークが死ぬかもしれない。そしてニア、お前が死ぬかもしれない」
ニアは黙っていた。
「だから聞く。それでも来るか」
ニアが長い間、俺を見ていた。
いつもなら何かを喋っているか、首を動かしているか、落ち着きなく体を揺らしているかのどれかだ。それが今は、じっとしていた。
俺は待った。急かさなかった。
やがて、ニアが口を開いた。
「……それでも行く」
声が、いつもと少し違った。軽さが消えていた。
「わいは、タカオ様と一緒におりたい」
「理由を聞いていいか」
ニアが少し考えた。
「なんでやろな」
正直な答えだった。
「最初は、強そうやったから。守護竜に負けたわいを、負かしたから。それだけやったかもしれん」
「今は」
「今は……ちゃんとわいの話聞いてくれるから、かな。バカにしないで。うちが何言っても怒らんで」
俺は少し黙った。
「俺はお前を戦力として見てた部分がある」
正直に言った。
「採取依頼の効率が上がる、空を飛べる、維持費の問題が解決する。そういう計算をしてた。お前に言ったことはなかったけど」
ニアが目をぱちりとさせた。
「でも、それだけじゃない」
俺は続けた。
「お前が必要だ。戦力としてじゃなくて、仲間として」
ニアが、また黙った。今度は違う黙り方だった。照れているのか、困っているのか、判断がつかない。
「……なんや、急に」
「急じゃない。ずっとそうだったんだと思う。言葉にできてなかっただけで」
俺は善行ポイントの本を開いた。
19.75ポイント。ここから10ポイントを使う。
俺とニアの相棒契約。
ポイントが動く感覚があった。数字が変わった。19.75から9.75へ。
その瞬間、何かが変わった。
うまく説明できないが、感覚が広がったような気がした。遠くにいるニアの存在が、少しだけ近くなった。意識の端に、別の何かが触れている感覚。
ニアが首を上げた。
「……なんやこれ」
困惑した声だった。自分の体に何かが起きたことは感じ取っているようだが、何なのかわからない、という顔をしている。
「それが相棒だ」
サークが静かに言った。
善行ポイントの本が反応した。ニアが本に前脚をかざすことで、自分の状態が見えるようになった。
ニアに自分の能力を読んでもらった。
ニア現在ステータス
属性魔法(風) ランク13 レベル10
属性魔法(光) ランク63 レベル2
ポケット 7
習得魔法
レベル1:サンダー.ウィンドショット
レベル2:インパルス
レベル3:スカイウイング.ガストウィンド
近接戦闘 ランク45 レベル4
電撃ブレス レベル11
危険感知 レベル9
気配感知 レベル8
視認 レベル12
水泳 レベル1
善行ポイント 0
サークが数字を見て、わずかに沈黙した。
「光がランク63。近接がランク45」
静かな声だったが、その中に驚きが混じっていた。
「そのランクの数値は何や?」
「才能の塊かもしれん」
俺は答えた。
ランクは才能の指標だ。俺やサークのランクと比較すると、ニアの数値は桁が違う部分がある。光属性のランク63というのは、伸びしろという意味では天井が見えないレベルだ。
ニアは自分のステータスを見て、どこか他人事のような顔をしていた。
「すごいんか、わい」
「すごい」
「ほんまか」
「ほんまだ」
ニアがふんと鼻を鳴らした。悪い気はしていないようだった。
一段落してから、俺は言った。
「それじゃあ、明日から頼むぞ」
「はいな」
ニアがあっさり答えた。
「自分で考えるんだぞ」
サークが言った。
「わかってますがな」
「わかってるとは思えない場面が多々あった」
「……うっさい」
俺はニアに向かって続けた。
「いきなり全部やれとは言わないから、少しでも考える習慣をつけることが大事だ。気づいたことがあれば、恥ずかしがらずに何でも言ってくれ。変なことでも構わない」
「タカオ様、わいのことバカやと思っとる?」
「思ってない。ただ、考えてないことと、考えてることは違う。お前は考えれば分かるタイプだと思ってる」
ニアが少しの間、俺を見た。
「……わかったで」
いつもより真剣な声だった。
その様子を物陰から見ていたゾマが、近づいてきた。羨望、という言葉が顔に書いてあった。
「ゾマ」
俺が声をかけると、ゾマが少し身を縮めた。見られていたのを気にしているのかもしれない。
「明日、紹介する人を連れてくる」
「……紹介?」
「相棒候補だ。俺の仲間の冒険者だ。ちゃんと話してみてから、互いに決めればいい」
ゾマが目を細めた。期待と不安が混じったような顔だ。
俺はウィンストン男爵に話を通しておく必要があった。バルドとリアン。ゾマと合うかはまだわからない。だが、顔を合わせるところから始めなければ何も進まない。
今日中に男爵を捕まえて、話をしておこう。
中庭に夕方の光が差し込んでいた。ニアが欠伸をして、サークがその隣に静かに座った。ゾマが少し遠い位置から2体を眺めていた。
相棒というのは選ぶことだ、とサークが言っていた。
俺にはまだ、その全部がわかっているわけではないかもしれない。ただ、今日1日で少し近づいた気がした。
メモ
タカオ
加護魔法 ランク28 レベル15
ポケット 16+1
習得魔法
レベル1:ヒーリング・ブレス・エイド・ディテクトマジック
レベル2:ストレングス・ウィーク
レベル3:リジェネレーション・ディスペルマジック・エレメンタルガード・ウォーターブリーズ
各種知識 ランク16
魔物知識 レベル5
植物知識 レベル3
地域知識 レベル2
水泳 レベル4
善行ポイント 9.75
サーク
属性魔法(炎) ランク19 レベル9
属性魔法(光) ランク25 レベル13
ポケット 12+1
習得魔法
レベル1:スリープ・ファイアボルト・サンダー・ライト・ディテクトマジック
レベル2:サモンエレメンタルⅠ・ホーリーウェポン・フレイムボディー
レベル3:サモンエレメンタルⅡ・ライトニング・マジックファング・シャインフラッシュ・ファイアーボール・ミラージュフレイム
近接戦闘 ランク9 レベル5
鋭敏感覚 レベル7
気配感知 レベル5
水泳 レベル4
善行ポイント 16.46
ニア
属性魔法(風) ランク13 レベル10
属性魔法(光) ランク63 レベル2
ポケット 7
習得魔法
レベル1:サンダー.ウィンドショット
レベル2:インパルス
レベル3:スカイウイング.ガストウィンド
近接戦闘 ランク45 レベル4
電撃ブレス レベル11
危険感知 レベル9
気配感知 レベル8
視認 レベル12
水泳 レベル1
善行ポイント 0




