第29話 ハイルセンの異変と次の一手
朝一番でギルドへ向かった。
掲示板を確認した。不老不死に関連した依頼が、前回来た時より数は減っていたが、まだ残っていた。
ただし、依頼人の格が落ちていた。
以前は商会名が入っているものや、貴族の名前がついているものが目立っていた。今残っているのは小貴族や中規模の商人のものが中心だ。大きな資本が撤退しつつある。
「騒ぎがおさまりかけているな」俺は言った。
「否定の声が増えているからだと思います」サークが掲示板の端を見ながら言った。「デマだという話も同じくらい出ています」
確かにそうだった。不老不死になった者がいるという噂と、それはデマだという否定が、両方流れている状態だ。情報が錯綜していて、何を信じればいいかわからない状況になっている。
これを意図した者がいるとしたら、噂を流して、それが広がりきって、今は収束に向かっている。そういう段階に見えた。噂で動かせる人間は動いた。残っているのは慎重派か、余裕のない小口の依頼人だ。
不老不死の件は、もう少し情報が揃ってから動く。今日のところは保留にした。
別の掲示板に目を移すと、海坊主討伐の依頼があった。
内容を確認した。最近頻発している異常高波の原因として、海坊主という魔物が有力視されている。討伐依頼として出ていて、報酬は50ゴールドだ。Dランク指定だった。
職員に追加情報を聞いた。
「漁に被害が出ていますが、今のところ死者はいません」職員が言った。「波が来る時間帯が不規則で、漁師が出るに出られない状態が続いています。緊急性はまだ低い、という判断です」
「証拠品の形式か」
「はい。海坊主であれば、体の1部を持ち帰ってください。確認が取れれば報酬をお支払いします」
早い者勝ちの形式だ。今すぐ受注しておいても損はない。
「受注する」
手続きをして、依頼書を受け取った。本格的に動くのは後でいい。まず手を確保しておくことが大事だ。
ギルドを出てから、俺はサークと話した。
「すぐ海に向かうか」
「準備が不十分だと思います」サークが言った。「海坊主の情報が少ない。現地を確認してから対策を立てた方がいい」
「同意見だ。ただ、稼ぎも止めたくない」
採取依頼の状況も確認した。遠方案件が点在しているが、前回のように北の山岳に大量にまとまっているわけではない。徒歩でも行ける場所に散らばっていて、1件あたりの報酬は悪くないが効率はやや落ちる。
「何か一纏めにできる案件はないか」
掲示板を改めて見ていると、南方の島に関する採取依頼が複数あった。
南の海岸沿いの絶壁や、沖合の小島にしか生えない薬草の採取だ。報酬は高い。まとめて受ければ相当な収入になる。
ただし問題があった。
「ニアを船に乗せる手段がありません」サークが言った。
その通りだった。ニアの体格で乗れる船がない。仮に船があったとしても、港への出入りで問題が起きる。南の島への採取はニアを活かせない案件だ。
「南は保留だ」
別の方向を考えた。
掲示板をもう1周した。
ハイルセンからシルバムへの荷物配送依頼があった。報酬は30ゴールドだ。通常なら護衛込みで数日かかる移動だが、ニアで飛べば大幅に短縮できる。
「シルバムへ行くついでに、北の山岳採取も入れる」俺は言った。「前回やった動き方だ」
「往復と採取を合わせて約6日、ということですか」
「そうだ。採取依頼をいくつか受けて、組み合わせる。シルバムの山岳なら前回の経験がある。効率よく動ける」
「ガルバンの工房にも顔を出せますね」
「そうだな」
サークと相談して、実行することにした。
翌朝、ニアに乗ってハイルセンを出た。
荷物をニアの背に括り付けて、シルバムへ向かった。前回同様、飛行と休憩を繰り返しながら移動した。シルバムには翌日の午後に着いた。
荷物を届けて、30ゴールドを受け取った。
少しだけガルバンの所に顔を出して挨拶だけし、すぐに北の山岳に向かった。前回採取した場所の記憶と、地域知識を組み合わせて効率よく動いた。ニアが上空から植物の群生地を見つけて、俺が下りて採取する。植物知識が活きた。
野宿はニアが夜間警戒を担当した。狩りで食料を確保した。食費はほぼかからなかった。
3日で採取を終えて、ハイルセンに戻った。
採取の報酬が20ゴールド。配送と合わせて50ゴールドの収入だ。
所持金を確認した。出発前の403ゴールドに50を足して、竜舎代わりとして使用した薬草や雑費の分を引くと、451ゴールドになった。
「完全に黒字だな」俺は言った。
「ニア込みで採算が取れた、ということです」サークが言った。「飛行移動の価値が数字になりましたね」
「宿に泊まればもう少し減っていたが、それでも黒字だ」
バルドとリアンがハイルセンに到着するまで、まだ10日近くある。
その間に、高波の実態を確認しておくことにした。
「現地を見ておく」俺は言った。「敵の情報がなければ対策が立てられない」
「上空から観測するということですか」
「そうだ。ニアで海域に出て、状況を確認する」
翌朝、ニアに乗って高波が頻発している海域へ向かった。
ハイルセンの港から沖合に出ると、海の色が変わる場所があった。浅瀬と深海の境目だ。
ニアが高度を保ちながら、その海域を旋回した。
しばらくして、波が来た。
突発的だった。穏やかだった海面が、突然盛り上がった。船なら確実に転覆する規模の波だ。隣接する海域には影響が少ない。局所的な高波だった。
「陸地にいれば逃げられる。でも海上では無理だな」
「漁師が出られない理由がわかりました」サークが言った。
波が収まった後、また穏やかな海面が戻った。規則性がない。いつ来るかわからないから、漁に出られない。
「タカオ様」
ニアが言った。
「何だ」
「水面に人がおる」
「人?」
「黒いのを着た人間みたいなやつ。海の上に顔を出しとる」
俺は目を凝らした。ニアほどの視力がないから、遠くの海面はほぼ点にしか見えない。
「どこだ」
「もう少し北やで。あそこ」
ニアの指した方向に視線を向けた。何かがいる。でも距離がありすぎて判別できない。
「何をしている」
「右手に何か持って、海に向けとる。そのたびに波が出たで」
俺はニアの言葉を整理した。
黒ローブを着た何者かが、右手に持ったものを海に向けるたびに波が発生している。
「少なくとも、俺が想像していた海坊主とは違う」
「次の瞬間には?」
「海に潜って消えたで。」
海中に潜った。そのまま消えた。
陸に戻ってから、俺は頭を整理した。
海坊主という魔物説が有力だったが、今日見たのは黒ローブを着た人物だ。武器か魔法の品を使って海流を操作していた。そして水中に消えた。
「海坊主ではなく、人間の可能性が高い」
「水中に潜れる人間、ということですね」サークが言った。「通常の人間には不可能です。何らかの手段を使っている」
「人間じゃない可能性もあるな」
追おうとしても、今の俺たちには水中に入る手段がない。ニアは空を飛べるが海には潜れない。サークも同様だ。俺は言うまでもない。
「水中対応ができないと追えない」
「その通りです」サークが言った。
課題が明確になった。
1つ目は水中行動の手段だ。潜れなければ相手を追えない。対水戦闘の準備も必要になる。
2つ目はサークの火力強化だ。炎がレベル9になっている。3レベル魔法が使えるようになったのだ。ファイアーボールが使えるようになれば、水中から出てきた相手への対応幅が広がる。
「ファイアーボール以外の魔法の習得も考えないとな。」俺は言った。
「準備を進めながら、バルドたちが来るのを待つということですか」
「そうだ。今すぐ海に飛び込める状態じゃない。整えてから動く」
ニアを館に戻した。
庭でゾマが横になっていた。ニアが近づいていって、何か話し始めた。
男爵が出てきた。
「今日はどちらへ」
「高波の海域を上から確認してきました」
「何かわかりましたか」
「少し。ただ、水中が追えない」
「そうですか」男爵がニアを見た。「ニアはどうでしたか」
ニアのことを聞いてきた。
俺は少し間を置いてから答えた。
「飛行するだけでなく、目もいいのでとても役に立ちます」
「それはよかった。」
男爵が満足そうに頷いた。
俺はサークと目を合わせた。サークは何も言わなかった。
館を出て、宿に向かった。
「魔法の習得を進める。バルドたちが来たら、次の動きを決める」
「はい」
潮の匂いが夕風に乗っていた。
黒ローブの正体はまだわからない。でも人為的な事件だという確信は持った。次に動く前に、準備が必要だ。
宿への道を歩きながら、俺は次のことを考えていた。




