第28話 ウィンストン男爵
王都を出て3日で、ハイルセンが見えてきた。
徒歩なら20日近くかかる距離だ。それを3日で来た。ニアの飛行がなければ不可能な移動速度だ。
道中の食料はニアが狩りで確保した。シカや野兎を見つけるたびに降りて仕留めた。ニアの遠距離視認が役に立った。食費はほぼかからなかった。
バークホルムの滞在費として竜舎代や雑費が5ゴールドかかった程度で、出発から帰還まで大した支出がなかった。
「飛行移動というのは、本当に規格が違うな」俺は言った。
「問題は維持費だけですね」サークが言った。「解決できればニアの価値は相当高い」
「それをハイルセンで考える」
ハイルセンの城壁が近づいてきた。ニアが高度を下げた。
ハイルセンの城門前でニアを着地させると、すぐに騒ぎになった。
衛兵が5人出てきた。馬が怯えて暴れた。周囲にいた旅人が距離を取った。
「止まれ」衛兵の1人が言った。「そのドラゴンは何だ」
「俺の相棒だ。敵意はない」
「ドラゴンの入場許可は通常の手続きでは出せない。特例対応が必要になる」
衛兵が困っていた。手続きの問題ではなく、前例がないのだろう。
しばらくやり取りが続いた後、衛兵の1人が言った。
「この町でドラゴン絡みの対応ができるのは、ウィンストン男爵の館だけです。まずそちらに行っていただけますか」
「ウィンストン男爵?」
「詳しくは館でお聞きください。案内を付けます」
衛兵の案内で、町の北側にある館に向かった。
ニアを連れての移動は周囲の視線を集めた。人混みを避けながら、広めの道を選んで進んだ。
館は石造りで、町の建物の中では大きめだった。庭が広く取られていて、木が何本も植えられていた。門の前で案内の衛兵が声をかけると、使用人が出てきた。
庭に案内された。
そこに、もう1頭のドラゴンがいた。
灰色の鱗をした、ニアより一回り小さいドラゴンだ。庭の隅で日向ぼっこをしていた。
「ゾマやないか」
ニアが言った。
灰色のドラゴンが頭を上げた。
「ニアこそ、なんでここに?」
2頭がしばらく話した。俺とサークはその横で聞いていた。
ゾマも守護竜選定の候補だったという。17頭のうちの1頭だ。
「早々に予選で負けた」ゾマが言った。「それで処分対象になりかけた」
「処分ってなんや?」
「王国にとって、選定で負けた竜は管理コストだけかかる不要な存在なんだって」ゾマが静かに言った。「全員が協力的な立場に回れるわけじゃない。戦力にならないと判断されたり、扱いにくい竜は里親に出されるんだって。里親が見つからなかったら処分されるって男爵が言っていた。」
ニアが黙っていた。珍しかった。何か考えているようだった。
使用人が庭に戻ってきた。後ろに男が1人いた。
50代くらいの、中肉中背の男だった。貴族らしい服装をしていたが、飾り気が少なかった。動きが落ち着いていた。
「私がウィンストンだ」男が言った。「ニアも無事でよかった」
「川口孝雄です。成り行きで引き取ることになりました」
「成り行きでも引き取っていただいて感謝します。そうでなければ処分されていたでしょうから」
「押し付けられた、という方が正確です」
「正直ですね。それでもニアを救っていただき感謝します。」男爵が庭の椅子に座った。俺も勧められて座った。「王国は竜を加護と呼ぶ。守護する存在として扱う。だが実際には、戦力として使える竜しか必要としていない。使えなくなれば処分する」
俺は男爵を見た。
「王国の貴族がそれを言うのか、と思っています」
「王国の貴族が王国の批判をするのはあまりいい事ではないな。」男爵が続けた。「だが、間違ったことをしていると思っていることについて黙っているわけにはいかない。」
否定はできなかった。王国がニアを押し付けてきた時、最悪の場合は処分してもいいという言葉があった。事実として、そういう扱いをする。
ただ、この男爵が何を考えているのかはまだわからなかった。価値観として共感できる部分があっても、それがすべてだとは限らない。
男爵の話を聞きながら、俺は少し引っかかっていた。
貴族がここまで平然と王国批判に近いことを言う。それ自体は珍しくないかもしれない。
地方の貴族が王都の方針に不満を持つことはある。
でも、ドラゴンを保護することへの熱量が、普通の不満とは少し違う気がした。
頭の隅に残しておいた。
「1つ提案がある」男爵が言った。
「聞きます」
「ニアをここに預けないか。食費は私が出す。その代わり、この町にいる間はここを拠点として使ってもらえればいい」
俺はしばらく考えた。
ニアの維持費が最大の課題だった。採取依頼で稼ぎながら回してきたが、安定した解決にはなっていなかった。男爵が食費を負担してくれるなら、その問題がなくなる。ゾマもいるから、ニアが1人にならない。
「ゾマもいるから孤独ではないですね」サークが静かに言った。
「ニアが納得するなら」俺は言った。
ニアに向いた。
「ここに残ることになるかもしれない。どうだ」
「ゾマがおるなら……まあええか」ニアが言った。「タカオ様は来てくれるやろ?」
「来る。ここが拠点になる」
「ならええで」
男爵と条件を確認した。
食費は男爵が負担する。ニアはこの館を拠点とする。俺たちがハイルセンに来た時は館を利用できる。依頼で遠出する時はニアを連れていける。
「互いにメリットがある話だな」俺は言った。
「そのつもりだ」男爵が言った。「ゾマだけでは退屈していたようだったから」
ゾマが「退屈はしていないよ」と言った。
男爵が「それならいいんだが」と言った。
ニアの居場所が決まった。
館を出て、宿に向かいながらサークが言った。
「引き取らなければ処分されていた可能性がありましたね。ニアは」
「そうなっていたかもしれない」
「ゾマも同じ状況だった」サークが続けた。「俺も似た経験をしています。群れの中でいらない存在だった」
俺は何も言わなかった。
「ニアは無邪気だ」サークが言った。「でも、処分されるかもしれなかった、ということは知らなかったと思います」
「今日知ってしまったんだろうな。」俺は言った。「仲間と一緒に過ごして心の整理をする時間も必要だろう」
サークが少し黙った。
「タカオ様は昔、ロックという犬を助けたと言っていましたね」
「ああ」
「それと同じことをしているんだと思います。毎回」
俺は空を見た。
そうなのかもしれない。放っておけないから拾ってしまう。それが俺の性質なのだとすれば、変えるつもりもなかった。
「お前もそうだっただろ」
「はい」サークが言った。「だから俺はここにいます」
金羊亭を訪ねた。以前バルドとリアンと泊まった宿だ。
部屋が空いていた。2人分を確保した。
荷物を置いてから、サークと向き合った。
「明日、ギルドで依頼と情報を確認する」
「不老不死の件と高波の件、どちらを先に動きますか」
「依頼の状況を見てから決める。情報を集めてから方針を立てる」
それだけ言った。
今日は休む。ニアの拠点も決まった。明日から動ける状態が整った。
窓の外でハイルセンの夜が広がっていた。港の方から潮の匂いがした。
前回来た時とは空気が違った気がした。何かが動いている。それだけはわかった。




