第25話 空路採取とドラゴン運用開始
朝1番でギルドへ向かった。
北の山岳地帯の採取依頼を全部まとめて受注した。紙が11枚あった。薬草の種類が3種類7件、鉱物が2種類2件、あとは特定の鳥の羽根と特定の昆虫の標本だ。
職員が確認しながら言った。
「まとめて受注ですか。これは複数の依頼人が別々に出した案件で、それぞれ難易度が高いため長く未消化になっていました」
「全部やる」
「……正直、助かります」職員が少し表情を和らいだ。「こちらも処理できていなかった案件ですので」
メモに採取対象の特徴、数量、状態の条件を書き写した。薬草の1つは根ごと採取が必要で、形を崩してはいけない。鉱物は特定の層にしか出ない。羽根は傷のないものが条件だ。
細かいが、植物知識と地域知識があれば現地で判断できる。
全件完了すれば軽く200ゴールドを超える。
ニアの飛行なら1週間以内に全依頼を処理できる見込みだ。徒歩なら片道だけで1週間かかる距離を、上空から1日で飛べる。
ただし、リスクの確認を職員に求めた。
「この山域の危険情報を教えてほしい」
「ロック鳥とグリフォンの縄張りがあります。縄張りに入ると攻撃されます」職員が言った。「依頼自体はDランクですが、本来Cランク推奨の地域です。単独での移動は難しい」
「飛行手段がある場合は」
「高度次第ですが、縄張りを高空から避けることはできます。ただし、ロック鳥は高空の生き物なので注意が必要です」
成立する。でも安全ではない。それがわかれば10分だ。
竜舎に向かう前に市場に寄った。
肉を60キロ確保した。今日1日分だ。明日以降は現地で調達する方針にした。
竜舎に着いてニアに荷物を見せると、ニアの鼻がぴくりと動いた。
「肉の匂いがする」
「今は食べるな。これは移動後の分だ」
「でも匂いが……」
「今朝の分は竜舎で食べただろう」
「食べた。でも少なかった」
「1日分は確保した。移動中は我慢しろ」
ニアがしょんぼりと翼を少し縮めた。サークが無言でニアを見た。ニアがさらに縮んだ。
竜舎の係員が声をかけてきた。
「鞍はお使いになりますか。5ゴールドでお売りできます」
「使う」俺は即断した。
鞍は竜の背に合わせた形のものだった。固定用のベルトが何本もあって、乗り手が落ちないように紐を体に繋ぐ仕組みもついていた。
係員の補助でニアに装着した。ニアが少し不満そうに身を揺らしたが、大人しくしていた。
「落ちることは基本的にないとは思いますが」係員が言った。「急な方向転換や速度変化がある場合は紐を使ってください」
「わかった」
乗り方を確認した。
俺が後方に乗った。手綱に相当する紐を持って、方向の指示を出す役割だ。サークが前方に乗って、低く伏せた姿勢で安定を取った。重心を下げて、バランスが崩れにくい配置だ。
「ニア、まず低空でゆっくり動いてくれ。感覚を掴む」
「わかった、タカオ様」
ニアがゆっくりと翼を広げた。
離陸した瞬間、爆音がした。
翼が大気を叩く音が腹の底まで響いた。地面が1気に遠くなった。体が後方に引っ張られた。紐を握る手に力が入った。
「速い」
それだけ言えた。
ニアが加速した。風が顔に叩きつけてきた。目を細めないと何も見えない。鞍にしがみついて、紐を離さないことだけに集中した。
数秒後、速度が安定した。
滑空の状態になると、揺れが落ち着いた。翼を広げたまま気流に乗っている。ジェットコースターが頂上を超えた後の感覚に似ていた。
地上が遠くなっていた。王都の建物が小さく見えた。
サークが前方で低く伏せたまま、鼻を動かしていた。
「大丈夫か」
「大丈夫です」サークが風の中で言った。「景色が、普段と全然違います」
1時間ほど飛んだところで、ニアが言った。
「少し降りてええか。羽根を休めたいんや」
「限界があるのか」
「連続で長時間は無理や。1時間飛んで少し休むのが普通やで」
広い草地に降りた。ニアが翼を畳んで横になった。こちらが拍子抜けするほど素直に休んだ。
「疲れるんだな」
「あたり前や」ニアが言った。「体が大きい分だけ、飛ぶのにも力がいる」
「どのくらい休めばいい」
「30分もあれば十分やで」
俺とサークも地面に降りた。サークが周囲の確認をして、問題ないと言った。
それを繰り返した。
夕方、前方に山脈の稜線が見えてきた。
地平線に岩の壁が連なっていた。徒歩なら1週間以上かかる距離を、1日で来た。
「目的地はあの辺りか」俺は地図を確認して言った。
「うん。見える」ニアが言った。「あそこの崖の上のあたり、薬草みたいなのが生えとるで」
「遠目でわかるのか」
「見えとるわい」
俺は少し驚いた。遠距離の視認能力が高い。それは採取以外にも使える。
山脈の手前の開けた場所に野営地を設けた。
食事の準備を始めると、ニアが近寄ってきた。
「タカオはん、はよう肉くれ」
サークの前脚がニアを叩いた。
「タカオ様」
「……タカオ様、腹減った」
「わかった。今準備する」
60キロの肉を広げた。ニアが飛びついた。食べ終わるまで10分もかからなかった。
「足りたか」
「まあ。明日は現地で取ればええか」
「そうだ。山にシカはいるか」
「おった。結構多い」
「よし、明日は昼に採取して、夕方に狩りだ」
「わかったで」
ニアが珍しく素直に答えた。サークが横でそれを聞いていた。
「ニア、どのくらい遠くまで見える」
「どのくらいと言われても……あの稜線の向こうに何かおったら見えるくらいか」
「かなり遠いな」
「竜は基本的に視力がええで。タカオ様みたいに近くを歩く生き物とは違う」
採取対象の植物や鉱物も、上空から見つけられるかもしれない。採取作業の効率が上がる可能性があった。
「明日、飛びながら採取場所を探してくれ。見つけたら降りる」
「わかったで」
明日の段取りを確認した。
午前から昼にかけて採取を進める。夕方はニアに狩りをしてもらって、現地での食料を確保する。採取が終わった案件から荷物にまとめて、数日以内に王都へ戻る予定だ。
「問題ないな」
「タカオ様は先に休んでください」サークが言った。「俺が最初の見張りをします」
「ニアに任せてもいいかもしれない」俺は言った。「夜の警戒が得意か」
ニアに聞いた。
「夜でも見える。気配も感じとる。何かあったら起こすで
ただ、近づいてくる気配は分かるけど、隠れとるやつは苦手や」
「分かった。ただし判断が難しければ迷わず起こせ。自分で対処しようとするな」
「わかった、タカオ様」
俺が先に横になった。サークも少し後から休んだ。ニアが360度を見渡せる場所に伏せた。
何事もなかった。
朝日が山を照らしていた。鳥の声が聞こえた。ニアが俺の顔を覗き込んでいた。
「起きてるか、タカオ様」
「起きてる」
「何もなかったで」
「よくやった」
ニアが少し嬉しそうに翼を動かした。サークがそれを見て、小さく頷いた。
朝食を済ませてから、採取を始めた。
ニアが上空から薬草の群生地を見つけた。崖の中腹にあった場所で、徒歩では近づきにくい。ニアに崖の横まで連れて行ってもらって、俺が崖に降りて採取した。
植物知識が活きた。根を傷つけないように慎重に掘り出した。状態の条件も満たせた。
次の採取ポイントも同様にニアが発見した。
1日目で3件の採取依頼を完了できる見通しが立った。
昼過ぎに、ニアが急に頭を上げた。
「タカオはん、何か近づいてくるで」
サークが即座に前脚でニアを叩いた。
「タカオ様」
「タカオ様、何か近づいてくる」
「方向は」
「北東。かなり速い。上空や」
俺は空を見た。




