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第23話 竜候補ニア

 王都の北側に、竜の庭と呼ばれる区画があった。

 正確には庭という言葉が似合わない。広大な空き地で、周囲を低い石壁が囲んでいる。壁の外側に観覧用の段差が設けられていて、そこに人が集まっていた。

 かなりの人数だった。老若男女、冒険者風の格好から貴族らしい服装まで様々だ。見物人がひしめいていた。

 俺は1番前まで進んだ。

 竜が5頭いた。

 見えている範囲でその数だ。残りは庭の奥にいるか、別の場所にいるのだろう。17頭のうちの5頭だけでも、この広大な区画がそれなりに埋まって見えた。

 4頭は似たような体格だった。体長が4メートル前後だろうか。鱗の色がそれぞれ違って、緑、青、灰、赤茶と並んでいた。

 1頭だけ、違った。

 明らかに大きかった。5メートルは超えている。白に近い銀色の鱗が光を受けて、周囲の竜より一回り以上でかい体躯を際立たせていた。

 俺は少しの間、黙って見ていた。

 魔力の圧が漂ってきた。形のないものだが、確かに感じた。ここに来る前までに感じたことのない種類の圧だった。

「サーク、感じるか」

「はい」サークが静かに言った。「俺のスリープとかライトニングとか、そういうものとは根本的に違う魔力です。比べることが……難しい」


 しばらく見ていると、大きい1頭が翼を広げた。

 羽ばたきで地面に風が起きた。観覧エリアの人間が一斉に身をすくめた。

 その1頭が、観光地区の方へ向かって飛んできた。

 俺たちの前に降りた。

 地面が揺れた。衝撃が足の裏から伝わってきた。5メートルの体躯が目の前にいると、上を見上げないと全体が見えない。

 近くで見ると、体の各部の大きさが実感できた。足の太さが俺の腰より大きい。翼を畳んだだけで日が陰る。

 でも動きが荒かった。着地した時に左脚の着き方がわずかに遅れた。翼を畳む動作も少し流れていた。力はある。でも細かい部分が洗練されていない。


「人間がぎょうさんおるわ」

 その竜が口を開いた。声が低くて大きかった。「弱そうやな」

 観覧エリアの人間が静まり返った。

 竜の視線が動いた。俺の隣のサークで止まった。

「……お前は少しマシそうやな」

 次に俺を見た。

「そっちは外れやな」

 俺は竜を見返した。

 サークの方を横目で見た。サークは前を向いたまま、表情が読めなかった。ただ、耳が少し後ろに倒れていた。感情が出ていた。


 俺はその竜を改めて見た。

 さっきの着地の動作を思い出した。速い。翼の力が強い。体格による圧力も相当だ。ただ、軌道が直線的すぎる。飛んでくる経路も、着地の角度も、最短距離を無駄に突っ込んでいく感じだ。

 経験が少ない。体の力を持て余している。

 そういう印象だった。

「ニア、観光地区まで出ちゃいかん」

 声がした。

 飼育員らしき男が小走りで近づいてきた。困り顔をしていた。ニア、という名前が聞こえた。大きな竜の名前らしかった。

「わかっとるわ、わかっとる」

 ニアと呼ばれた竜が、不満そうに尻尾を1振りしてから、観光地区を離れた。庭の方へ戻っていく。

「申し訳ありません」飼育員の男が頭を下げた。「ニアは少し……落ち着きがなくて」

「問題ない」バルドが言った。

 飼育員が戻っていった。

「午後から予選が始まります」リアンが手元の紙を確認しながら言った。「候補の竜同士が戦って、評価される仕組みのようです」


 午後になると、観覧エリアに人がさらに集まった。

 予選が始まった。

 最初の試合は小柄な竜同士の対戦で、俺には細かい評価基準がよくわからなかったが、審判役らしき人間が旗を上げて判定を出していた。速度と魔法の精度で判断しているようだった。

 2試合目に、ニアが出てきた。


 相手は青みがかった鱗の竜で、ニアより体格が小さかった。

 序盤はニアが押した。体格の差をそのまま力に変えて、正面から圧力をかけた。相手が押し戻される場面が何度かあった。観覧エリアから声が上がった。

 中盤から流れが変わった。

 相手がニアの突進を横にずれて躱し始めた。ニアが向きを変えるたびに、相手はその逆に動いた。読まれていた。ニアの動きは速いが、軌道がわかりやすい。次にどこに来るかが、相手には見えているようだった。

 後半、ニアの動きが乱れた。苛立っているのがわかった。それが余計に動きを単調にした。相手が確実に対応して、判定を積み上げた。

 審判が旗を上げた。

 ニアの負けだった。

「そんなあほな……」

 ニアの声が聞こえた。

 観覧エリアで、リアンが静かに言った。「完全に経験負けですね。力はあるのに、使い方を知らない」

「初戦敗退で脱落か」バルドが言った。

「そのようですね」

 サークが俺の袖を引いた。

「少し来てください」

「次の試合が始まるぞ」

「少しだけでいいです」

 サークの声に妙な確固たるものがあった。バルドとリアンに「すぐ戻る」と言って、サークについて行った。


 観光地区の端に、ニアがいた。

 試合前に立っていた場所から離れて、石壁の近くで地面を見ていた。尻尾が地面を叩いていた。

 サークが近づいた。

 俺もついて行った。

「図体がでかい割に、完敗だったな」

 サークが言った。

 ニアが顔を上げた。サークを見て、俺を見た。

「うるさいわ。さっきのは本調子じゃなかっただけや」

「そうではない」サークが言った。「読まれていたぞ。動きが単純すぎるな」

「何も知らんくせに偉そうに言うな」


 ニアがサークを見て、それから俺を見た。

「お前はん、なんでそんな人間に従っとるんや」


 サークが止まった。

 一瞬、完全に静止した。

「タカオ様は」サークが言った。「俺の恩人だ」

 声が低かった。いつもと違う。

「馬鹿にする奴は許さん」

 宣言だった。

 次の瞬間、サークが踏み込んでいた。


 ニアが反応した。体格の差は圧倒的だ。1.5メートルもないサークに対して、5メートルのニアが向き合う。

 でもサークは止まらなかった。

 ニアの爪が来た。サークが横にずれた。次の一撃が来る前に、マジックファングをかけた爪でニアの脚に一撃を入れた。

「っ、なんや」

 ニアが向きを変えた。サークを追った。速かった。でも直線だった。

 サークが方向を変えた。ニアが追う。またサークが変えた。ニアが追う。

 俺にはサークが何をしているか、見ていてわかった。誘導していた。

 ニアが本気で追いかけ始めた。速度が上がった。直線的に、全力で突っ込んでいった。

 サークが直前で横に跳んだ。

 ニアが止まれなかった。

 石壁に激突した。

 地面が揺れた。煙が上がった。5メートルの竜が、壁に頭から突っ込んで動かなくなった。


 静かになった。

 ニアは倒れていた。完全に伸びていた。

 サークが普通の速度で歩いて俺の隣に戻ってきた。呼吸が少し上がっていたが、怪我はなさそうだった。

「……やりすぎじゃないのか」

「馬鹿にしたからです」

 返す言葉がなかった。


 飼育員と、それより上位らしい人間が数人、やってきた。

 ニアの状態を確認して、話し合っていた。俺には聞こえなかったが、表情から判断できた。困っていた。

 上位の人間が俺たちの方に向かってきた。

「先ほどの件ですが」

「はい」

「ニアは選定から外れることになります。判断力不足と制御不能という評価が確定しました」男が続けた。「それとは別に、お願いがあります」

「何でしょう」

「あなた方は先ほどの戦闘でニアを制圧しています」

 俺は男を見た。

「ニアをあなた方に任せたいのです」


「任せる、というのは」

「ニアは我々では制御が難しい状態です」男が少し言葉を選んでから続けた。「あなた方がニアを圧倒しているのは確認できました。あなた方の監督下に置けば、問題が起きないだろうと判断しました」

「俺たちは竜の管理をする立場じゃないんですが」

「わかっています」男が言った。「ただ、このままでは選定の進行に支障が出ます。また、ニアを放置すれば別の問題が起きる可能性もある」男が少し間を置いた。

「危険と判断した場合は処分も許可します」

「責任は王国が持ちます」

 俺は少し沈黙した。

「……面倒なのが増えたな」


 ニアがゆっくりと頭を上げた。

 石壁から離れて、まだふらついていたが、立ち上がった。俺たちを見た。

「わいが、こんな人間に?」

 ニアの声が聞こえた瞬間、サークが1歩踏み込んで前脚を一発入れた。

 乾いた音がした。

 ニアが一瞬止まった。

 間があった。

「タカオはん! 助けてえな!」

 ニアが俺の後ろに回り込んだ。

 体長5メートルの竜が、俺の背中に張り付いていた。俺の全身が余裕で隠れる体積だったが、ニアは確かに俺の後ろに隠れようとしていた。

 俺は前を向いたまま、サークを見た。

 サークが静かにニアを見ていた。

「はんじゃない」

 サークが言った。

「タカオ様と呼べ」

 ニアがうめいた。

「……タカオはん」

「様」

「……タカオさま」

 俺は空を見た。

 青かった。

 王都の空は広くて、高かった。竜の庭にいて、5メートルの竜が俺の後ろに隠れていて、灰色の狼が腕を組んで仁王立ちしていた。

 どこからこうなったのか、少し振り返りたかったが、振り返っても仕方なかった。

「ニア」俺は言った。

「な、なんや」

「今日から俺たちと一緒にいることになった。文句は言わない。約束できるか」

「……はいな」

「よし」

 サークが少しだけ、耳を戻した。


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