第22話 王都到着と竜王選定の気配
アールストンを出て4日でハイルセンに着いた。
今回は護衛依頼を受けての移動ではなく、自腹で動く旅だ。グルックの馬車もない。4人で街道を歩いた。
迂回はしなかった。
山道を直進した。遭遇はなかった。ゴブリンの姿も見なかった。前回の山岳調査以降、この周辺は落ち着いたままだった。
「静かになったな」
「異変が収まっています」サークが言った。「匂いの層が変わっています。以前より生き物の気配が戻ってきている」
「普通の山に戻りつつある、ということか」
「そう思います」
バルドが前を歩きながら言った。「依頼が減るのは困るが、平和な方がいいな」
「そうだな」俺は言った。
リアンが空を見上げた。「王都に行けば仕事はあります。守護竜の選定があれば、人が集まる分だけ依頼も増える」
ハイルセンの城壁が見えた時、空気が変わった気がした。山の空気から、人の多い場所の空気に。
ハイルセンではまず、依頼の飲食店の店長に依頼の品を届けた。これで40ゴールドだ。
つづいて達成報告のため、ハイルセンのギルドに立ち寄った。
そのまま次の依頼をさがして掲示板を確認すると、護衛依頼が減っていた。山道が安全になったことで、危険な経路の護衛需要が下がったのだろう。
代わりに、別の種類の依頼が目についた。
不老不死の薬に関する探索依頼だった。
最初の1枚だけなら個人の変わった依頼だと思って流せた。でも同じような内容の紙が複数枚あった。個人名のものだけでなく、商会の名前がついているものもあった。
「なんだこれは」俺は思わず声に出した。
「不老不死の薬ですね」リアンが横から覗き込んだ。「最近増えているらしいですね、この種類の依頼が」
「本当にそんなものがあるのか」
「通常の薬草や錬金術の範囲では無理ですね」リアンが少し考えてから言った。「可能性があるとすれば、古代魔法か禁術の領域になります」
「禁術」
「シルバムで使われたマジックジャーも禁術でした。同じ括りです」リアンが続けた。「王都の動きと関係があるかもしれませんし、ないかもしれない。今の段階ではわかりませんが」
俺は依頼の紙を改めて見た。報酬が高かった。依頼主の名前が複数あった。個人の気まぐれというより、何か需要が生まれている、という感じがした。
でも今は深掘りする手段がない。頭の隅に入れておいた。それだけにした。
「行くか」
ハイルセンを出て、王都バークホルムへ向かった。
海岸沿いのルートを取った。ハイルセンの南側は港になっていて、そこから西へ延びる街道が王都に繋がっている。海の匂いが風に混じっていた。
道中、人が多かった。
旅人、商人、冒険者。馬車の数も普段より多い。みんなが同じ方向を向いて歩いていた。
「守護竜の選定があると、これほど人が集まるのか」
「500年ぶりですから」バルドが言った。「今の王都には、国中から人が集まっています。生きているうちに見られるのは、今の人間では最初で最後の経験になる」
「俺も見たいです」サークが言った。「竜というのが、どんな存在なのか」
「お前が珍しいな、そういうことに興味を持つのが」
「俺はダイアウルフです」サークが言った。「竜も、普通じゃない存在だと思います。同じ括りとは思いませんが、気になります」
それは面白い観点だった。俺は何も言わなかったが、サークの言い方が少し頭に残った。
アールストンを出発してから、約1か月が経った。
午後、城壁が見えてきた。
でかかった。
ハイルセンの城壁を初めて見た時も規模に驚いたが、それとは段違いだった。厚みがある。高さがある。城壁の上に塔が何本も並んでいて、旗が風に揺れていた。
入門の列が長かった。選定が近いせいで通常より審査が厳しくなっているとバルドが説明してくれた。1人1人の確認が丁寧で、時間がかかる。
それでも問題なく通過できた。
城門をくぐった瞬間、音が変わった。
人の声、馬車の音、商人の呼び声。それが一度に押し寄せてきた。道幅がハイルセンより広い。建物が高い。人の密度が違う。
「でかいな」
また同じ感想を口にしていた。
「ハイルセンの3倍以上はあります」リアンが言った。「王都ですから」
サークが俺の隣でゆっくりと歩いた。耳が動いて、鼻が動いた。情報が多すぎて処理しきれていないのかもしれない。
「大丈夫か」
「大丈夫です。ただ、匂いが多い」サークが言った。「いろんなものが積み重なっている」
バルドとリアンが知っている宿に向かった。
宿の名前は《緑灯亭》といった。王都の中では中規模の宿で、冒険者がよく使う場所らしい。到着してみると、すでに混んでいたが、バルドがあらかじめ予約を取ってあったようで、部屋を確保できた。
「先に手を打っていたのか」
「500年に一度のイベントとなれば宿が埋まると予想した」バルドが言った。「だから、ハイルセンを出る前に、連絡を入れておいた」
「用意がいいな」
部屋は2部屋を取った。俺とサーク用と、バルドとリアン用だ。
荷物を置いて、一息ついた。ここが当面の拠点になる。
夕食を4人で食べながら、守護竜の話を詳しく聞いた。
リアンが整理して話してくれた。
「バークホルム王国の守護竜というのは、建国からの制度です。初代国王の相棒だったドラゴンが、王国の守護竜として契約を結んだのが始まりです」
「初代の守護竜は?」
「ヘトブリプスといいます。すでに亡くなっています。建国期のドラゴンですから、ドラゴンは長命とはいえ限界がありました」
「今は2代目か」
「そうです。2代目の守護竜は竜王ゼルギオスです。今でも存命ですが、高齢になってきたので、後継者を決める必要が出てきました」
「3代目の候補は何頭いるんだ」
「確認されているだけで17頭だな」バルドが言った。「ヘトブリプスの孫世代が中心です。竜の1世代は人間とスケールが違うので、孫といっても気が遠くなる年数になりますが」
「有力候補は?」
「2頭が特に注目されていますね」リアンが続けた。「1頭はウィンディオ、ゼルギオスの息子です。もう1頭はバルモスで、甥にあたります。どちらも有力とされていますが、選定の基準は人間には完全にはわからない部分があります」
「竜が決めることなのか」
「守護竜の選定は、王国と竜の両方が認めて初めて成立するそうだ。ゼルギオスが後継として認め、なおかつ王国側も認める候補が選ばれる」バルドが言った。「ただ、17頭もいれば当然、派閥みたいなものも生まれます。人間の政治と絡んでくることも多い」
「ずいぶん複雑な話になるんだな」
「500年ぶりの選定ですから」リアンが言った。「関わっている人間の数も、利害も、全部規模が違います」
サークが静かに聞いていた。
「竜たちは、どこにいるんですか」
「王都の北側に、竜の庭と呼ばれる区画がある」バルドが答えた。「候補の竜が集まっている場所だ。一般人も決まった時間に見学できるらしい」
「見てみたいですね」サークが言った。
「明日、行ってみましょうか」リアンが提案した。「候補の竜が集まっている場所を見ておけば、選定についての理解も深まります」
「異論ない」俺は言った。
食事を終えて部屋に戻った。
窓の外に王都の夜景が広がっていた。灯りの数がアールストンやハイルセンとは比べ物にならない。どこまでも続いていた。
「タカオ様」サークが言った。
「ん」
「竜というのは、どんな存在だと思いますか」
「わからない」俺は正直に言った。「前世のロールプレイングのゲームに出てくる竜のイメージしかない。でもこの世界の竜は、守護竜として国と契約していて、後継者の選定がある。俺が知っている竜とは全然違う気がする」
「俺もわからないです」サークが言った。「でも、ダイアウルフも魔物として扱われながら、言葉を話して魔法を使う。普通の狼とは別の存在です。竜にも、そういう層があるんだと思います」
「層?」
「見た目の話ではなく、内側の話です」サークが少し言葉を選んだ。「強さとか大きさとか、そういうことではなく、どういう存在として生きているか、ということです」
俺はサークを見た。
「深いな」
「考えすぎですか」
「そんなことはない」
窓から視線を戻して、天井を見た。
守護竜の選定。不老不死の薬の依頼。シルバムの廃坑と山岳の洞窟で逃げた術者たち。ハイルセンで見た違和感のある依頼の束。
王都にはそれらと繋がる何かがあるかもしれない。あるいはないかもしれない。
明日、竜の庭に行ってみる。
それからだ。




