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第20話 洞窟戦と逃亡する術者

 目を閉じた。

 瞼の裏が白くなった。目を閉じていても感じ取れるほどの光量だった。

 1秒ほど待って、目を開けた。

 アンデッドたちが止まっていた。全員ではない。ゾンビの数体は動き続けていた。でも多くが動きを乱していた。

 女魔術師は両手で目を押さえていた。確実に効いていた。


「サモンエレメンタル」サークが使う魔法のパスワードだ。

 今回は炎の精霊だった。リアンに教わった話を実践している。光の球体ではなく、炎をまとった蜥蜴型の精霊が現れた。サークが命令を出すと、精霊は1直線に女魔術師へ向かって走り出した。

 アンデッドは統制が取れていなかった。術者が目を押さえて動揺しているせいか、精霊が近くを通っても誰も止めに行かなかった。

 俺はアンデッドの間を縫って前進した。

 術者を抑えれば勝てる。それだけが頭にあった。アンデッドは今のサークとバルドがいれば片付けられる。先に術者を封じることが優先だ。


 リアンが腕を前に向けた。

 ファイアーボールが炸裂した。

 女魔術師の周辺、アンデッドが密集していた1帯が炎に包まれた。ゾンビが数体、炎の中で崩れた。グールも炎の範囲に巻き込まれて動きを止めた。

 炎の精霊は無傷だった。炎の中を当然のように進んでいた。

 女魔術師の周囲が一時的に開けた。

 俺は距離を詰めた。


 あと5メートルというところで、女魔術師の姿が消えた。

 音もなく、残像もなく、ただいなくなった。

 俺は立ち止まって周囲を見回した。洞窟の壁。岩の陰。天井。どこにも見えない。

「どこだ」

「反応なしです」リアンがすぐに言った。「ディテクトマジックを使っています。室内に魔力反応はありません」

「透明化じゃないのか」

「透明化なら魔力反応が残ります。ないということは……転移の可能性が高い」

 俺は悔しいという感情より先に、自分の手札を思い返していた。

 ディテクトマジックを持っていない。後回しにしたままだった。今この場で術者が透明化しているのか転移したのかを俺自身で確認する手段がない。リアンがいたから判断できたが、俺1人なら何もわからないままだった。

 必要だと頭ではわかっていた。後回しにしたままだった。その判断が今ここで結果として出た。


 追いかける手段がない。

 今やるべきことに集中した。

 バルドがリアンの近くで立ち回っていた。残ったアンデッドが向かってくるのを受け止めて、ホーリーウェポンをかけた剣で確実に処理していた。1体ずつ、着実に崩していく。

 サークが前衛として動いていた。マジックファングをかけた爪で、グールを相手にしていた。シルバムの廃坑と違って、今回は魔法武器の性質があるから再生が止まる。1体ずつ確実に仕留めていた。

 炎の精霊が術者のいた場所周辺で待機していた。俺は精霊の近くに位置取って、術者が戻ってくる可能性に備えた。

 しかし追撃はなかった。

 時間をかけて、全員で残りを片付けた。最後のゾンビが崩れると、洞窟が静かになった。


 戦闘後、バルドが倒れたアンデッドの1体を調べた。

「タカオさん」バルドが静かな声で言った。

 近づくと、バルドが指さした。アンデッドの装備だった。商人が使うような革の腰袋が残っていた。中を確認すると、錆びた硬貨と、折れた木製の印鑑が入っていた。

「行方不明者だ」俺は言った。

「そうだと思う」バルドが言った。「他の個体も確認した方がいい」

 4人で手分けして調べた。複数の個体から、元の人間を示す所持品が見つかった。冒険者証の欠片、商会の証明書の断片、女性のものと思われる装飾品。

「証拠品として全部回収する」

 リアンが黙って回収を手伝いながら言った。「人間を攫って、アンデッドにしていた、ということですよね」

「そうなる」

「目的がわからないのが1番気持ち悪いですね。実験なのか、何かのための素材なのか、それとも別の何かなのか」

 シルバムの廃坑でも「実験」という言葉があった。あの時も目的はわからなかった。今回も同じだ。やっていることだけがわかって、なぜそれをやるのかが見えない。


 アールストンに戻ったのは翌日だった。

 ギルドに直接向かって、職員に状況を説明した。洞窟の場所、アンデッドの構成、行方不明者の所持品、女魔術師の存在と消失。一通り話して、証拠品を渡した。

 職員が所持品を確認した。少し間を置いてから言った。

「行方不明者の件、真相が判明しました。回収部隊を派遣します」

「術者は逃げた」俺は言った。

「わかっています。目的はまだ不明ですが、今わかっていることをもとに調査を続けます」


「術者の消え方について、1つ確認したい」俺は聞いた。「転移魔法の可能性があると言われた。あれはどんな魔法なんだ」

 職員が少し考えてから答えた。

「魔力魔法のテレポートだと思われます。瞬時に別の場所へ移動できる魔法です。ただし習得にはレベル25以上が必要です」

 俺は黙った。

 レベル25以上。シルバムの廃坑でマジックジャーを使っていた魔術師も、同じレベル帯だとギルドに言われていた。

 別人だとしても、同じ水準の人間が2か所で別々の事件を起こしている。

 サークが静かに俺の隣で言った。「タカオ様も同じことを考えていますか」

「たぶん」俺は言った。「背後に何かある」

「1人や2人の話ではない、ということですか」

「可能性として。確証はない」

 職員が続けた。「ギルドとしても、複数の事件の関連性を調査しています。今回の報告は重要な情報です」


 依頼の結果判定が出た。

「行方不明事件の原因究明という観点から、依頼は解決扱いとします」職員が言った。

 報酬は150ゴールドだった。

 バルドとリアンと4人で分けると、俺たちの取り分は75ゴールドになった。

「おかしくないか」バルドが言った。「あなたたちの方が動いていましたよね」

「均等でいい」俺は言った。「連携があって解決できた。どちらが多く動いたかで分けても意味がない」

 バルドが少し間を置いた。

「次も一緒に動きたいですね」

「機会があれば」


 宿に戻ってから、俺はサークと2人で話した。

「アンデッドになっていたのは人間だった」俺は言った。「行方不明者だ」

「はい」

「誰かが意図的に人間を攫って、アンデッドにしていた。目的がわからない」

 サークが静かに言った。「シルバムの廃坑は討伐されたみたいですが、今回は術者が逃げています。どちらも同じレベル帯の魔術師です」

「個人の話ではないと思う」俺は言った。「1人の魔術師がシルバムと山岳の両方で別々に動くのは無理がある。別の人間が同じ方向に動いている」

「組織、ということですか」

「可能性だ」俺は繰り返した。「ただ、点が多くなってきた。最初はゴブリンが増えているという話だった。行方不明者が出て、山岳でアンデッドが発生して、廃坑でも実験が行われていた。全部が同じ方向を向いている気がする」

 神様の言葉がまた頭に来た。この世界、ちょっと歪み始めていてね。

 歪みの正体が、少しずつ形になってきている。でも全体像はまだ見えない。

「次に何をすべきかですね」サークが言った。

「わからない」俺は正直に答えた。「ただ、ディテクトマジックは取っておく。今日みたいな場面でまた必要になる」

「はい」

 窓の外でアールストンの夜が静かだった。

 山岳の行方不明者の件は解決と判定された。でも術者は逃げた。目的はわからない。黒幕には届いていない。

 終わった気がしなかった。

 むしろ、始まった気がした。


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