第11話 山岳路と未知の敵
翌朝、グルックの馬車でアールストンを出た。
今回の行程は六日だとグルックが言った。アールストンからハイルセンが五日だったから、それより一日長い。
街道を北へ向かいながら、グルックが話してくれた。
「シルバムはバークホルム王国で最大の鉱山都市です。国内の鉱物生産の約半分を、あそこ一か所で担っています」
「かなり重要な場所だな」
「王族直轄領なんです。普通の領主が治めているわけじゃない」グルックが続けた。「だから物流も独特でして。西ルートというのがあって、王族直轄の鉱物運搬や王族直轄の商人だけが使える安全な道があるんですが、山岳を通るせいで道が険しい。検問も厳しくて、一般の商人はほとんど使えません」
「だからハイルセン経由が主流になっているのか」
「そうです。一般のシルバムの物流は一度ハイルセンへ降りてきて、そこから各地に散っていく。遠回りに見えますが、そちらの方が現実的なんです」
なるほど、と思った。それまで鉱物輸送の護衛依頼を見かけなかった理由がわかった。直接ルートは使えない人間がほとんどで、実際の輸送はハイルセンを経由した別の依頼になっているということか。
「シルバムまでの道は危険か」
「ゴブリンが多い地域です」グルックがやや声のトーンを落とした。「ここからは警戒を強めてください。ただ、宿は村ごとにありますから、よほど行程が遅れない限り野宿の心配はないです」
俺はサークを見た。サークが小さく頷いた。
グルックの言葉通り、午前中のうちに早速ゴブリンが出た。
道の右側の草むらから五匹が飛び出してきた。アールストン周辺で見たのと同じくらいの、標準的な体格のゴブリンだ。
サークが動いた。
いつもならスリープから入るところだったが、今日は違った。低く構えて、ファイアボルトを一発撃った。火球が飛んで、先頭のゴブリンを直撃した。ゴブリンが弾き飛ばされて転がった。
続いてスリープ。残り四匹のうち三匹が崩れた。
最後の一匹は俺が対応した。剣を構えて前に出ると、ゴブリンは俺を見てから逃げ出した。追わなかった。
「ファイアボルト、うまく出たな」
「数が少ない時は積極的に使っています」サークが言った。「スリープと違って1体にしか効きませんが」
「続けて使っていこう」
炎属性のレベルを上げるには、使い続けるしかない。意識して使う場面を作っていく方針だ。
途中の村は、ハイルセン街道沿いの宿場村と同じ規模だった。旅人と商人を相手にした経済で成り立っていて、食事も宿も整っている。山へ向かう道の途中にある中継点として、長く機能してきた場所なのだろう。
二日目から四日目にかけて、ゴブリンとの遭遇が数回あった。
二日目は三匹。数が少ないのでファイアボルトを織り交ぜた。
三日目は七匹と少し多かったが、ファイアボルトで牽制だけして、スリープで半分眠らせて残りをサモンエレメンタルで片づけた。手こずる場面はなかった。
四日目は遭遇なしで終わった。
戦い方が安定してきていた。サークがファイアボルトを先制に使って、スリープで数を減らして、残りを近接で対処する。数が多ければ光の精霊も呼ぶ。俺はブレスをかけて後方で補助する。役割が体に染みついてきた感触がある。
「連戦が続いているが、サークは消耗してるか」
「エイドのおかげで、ポケットがすぐ回復するので、助かっています」
「それならよかった」
エイドを習得した判断は正しかった、と思った。
五日目の朝から、景色が変わった。
道が上り道に変わった。緩やかなようで、半日歩くと足元の感覚が違ってくる。馬車の荷台が少し前傾して、馬の息づかいが重くなった。
木の種類が変わった。背の低い針葉樹が増えて、空が広くなった。視界が開ける場所では、遠くに稜線が連なっているのが見えた。
サークの耳がよく動くようになった。
「匂いが変わりました」
「どう変わった」
「平地と違う。森の匂いじゃなくて……岩と風の匂いです。あとは」サークが少し間を置いた。「知らない匂いがします。何かいるとは思いますが、何かはわかりません」
「未知の匂いか」
「はい。今まで嗅いだことがないものです」
俺はグルックに声をかけた。
「この辺りは以前も通ったか」
「何度もあります。ただ、いつも特に何事もなく通り抜けていましたが」グルックが少し考えてから言った。「山に入ってからは何が出るかわかりません。注意してください」
昼を過ぎた頃だった。
サークが突然上を向いた。
「上です」
俺も空を見た。
大きかった。翼を広げた鳥型のモンスターが、高い位置から旋回しながら降りてきていた。翼の幅だけで馬車の荷台くらいはある。嘴が太くて、爪が大きく広がっていた。
旋回しながら降下している。偶然通りかかったわけじゃない。こちらに向かってきている。
「グルック、止めてくれ」
馬車が止まった。
「戦闘準備だ」
サークが低く構えた。俺は剣を抜いてから、状況を確認した。
空中の敵だ。俺の剣は届かない。サークの近接も届かない。遠距離で対応できるのはサークの魔法だけだ。
モンスターが急降下してきた。
サークがファイアボルトを撃った。火球がモンスターに当たった。
モンスターが一瞬、翼を畳んで傾いた。でもすぐに体勢を立て直して、旋回してまた高度を上げた。
「怯みましたが、効果は薄いです」サークが言った。
「体格が大きい分、ダメージが通りにくいか」
モンスターが再び降下してきた。今度は角度が鋭かった。馬が怯えて嘶いた。グルックが手綱を引いて押さえた。
俺は石を拾って投げた。当たったが、モンスターは止まらなかった。
空中の敵に対して、今の俺たちの手札が足りていない。それが明確にわかった。
「サモンエレメンタルを出してくれ」
「はい」
サークが魔力を集めた。光の球体が浮かんだ。
俺はブレスをサークにかけた。それから精霊にも向けてブレスを使った。前回の戦闘で、精霊へのブレスが有効だとわかっていた。
「迎撃させてくれ」
サークが命令を出した。精霊が上昇するように動き始めた。
モンスターが三度目の降下をしてきた。精霊が向かった。
敵の方が速かった。
精霊がサンダーを撃った。閃光がモンスターの翼をかすめた。モンスターが再び体勢を崩したが、それだけだった。旋回して高度を上げる。決定打にならない。
「速すぎる」俺は言った。「追いかけても届かない」
「こちらが動いても無駄です」サークが静かに言った。
「待ち構えるしかないな」
「はい。次に降下してきた瞬間を狙います」サークが精霊に命令を変えた。「精霊を待機させます。降下してきた瞬間に体当たりを入れます」
「タイミングが合えばかなり当たるな」
モンスターが旋回している。こちらを観察しているのか、ただ機会を待っているのかはわからない。
四度目の降下が来た。
今度は速度が速かった。直線的に突っ込んでくる。
精霊がその軌道上に動いた。
モンスターが精霊に気づいて翼を広げて減速しようとした瞬間、精霊が体当たりをかました。光の球体がモンスターの胴体に直撃した。
モンスターが大きく弾き飛ばされた。翼をばたつかせながら高度を失って、地面ギリギリで体勢を立て直した。
そのまま、山の方向へ飛んでいった。
戻ってこなかった。
精霊の時間が切れて、光が散った。
「撤退しましたね」サークが言った。
「危険と判断したんだろう」
グルックが馬車の陰から出てきた。顔が少し青かった。
「大丈夫でしたか」
「問題ない。グルック、あのモンスターは何か知っているか」
グルックが首を振った。
「見たことがありません。山岳地帯でモンスターに遭遇するのは稀ですが……あのような鳥型の大型は、私も初めてです」
「この辺りの街道を使っている商人で、遭遇したという話を聞いたことは?」
「ありません。ただ、それが問題で……遭遇した人間が、戻ってきていない可能性もあります」
山越えの行方不明者の話が頭をよぎった。
グルックも同じことを考えたのか、少し黙った。
「急ぎましょう」とグルックが言った。
その日の宿に着いてから、俺はサークと話した。
「正体がわからないまま戦うのは、まずいな」
「同感です。何かわかっていれば、もう少しうまく対処できたかもしれません」サークが言った。
「ブレスで精霊を強化したのが効きましたが、あれも試してみた結果です。最初から戦い方を決められていれば、もっと短く終わらせられた」
「タカオ様の各種知識ランクを使いませんか。
本に確認できるスキル一覧があったと思います。魔物に関する知識も、スキルとして取得できるものがあるかもしれません」
サークの提案を聞いて、俺は本を取り出した。
スキル一覧のページを開いた。
各種知識のカテゴリに、いくつかのスキルが並んでいた。地域知識、植物知識、鍛冶知識、言語知識。そして、魔物知識という項目があった。
消費ポイントは1。
「これだ」
サークが覗き込んだ。
「善行ポイントが1あれば取れます」
現在の俺のポイントは少し増えて6.82だ。1消費すれば5.82になる。惜しくはない。
「取る」
ページに手を当てた。
いつもの感覚が来た。何かが頭に流れ込んでくる。今回は少し違う感触で、知識というより索引みたいなものが増えた感じがした。名前を思い浮かべると、対応する情報が引き出せる、そういう仕組みだ。
さっきのモンスターの姿を思い浮かべた。
名前が出てきた。
サンダービーク。
「サンダービーク、というらしい」
「聞いたことがあります?」サークが聞いた。
「ない。でも知識として入ってきた」
続けて引き出した。山岳地帯に生息する大型の鳥型魔物。翼力が高く、急降下からの爪攻撃を主な狩りの手段とする。知性は低いが、危険と判断した相手からは撤退する習性がある。光属性の魔法を使用する個体も存在する。
「光属性を使う個体もいるのか」
「それは厄介ですね」サークが少し眉を上げた。「今日のはそういう個体ではなかったと思いますが、次も同じとは限らない」
「グルックも今日初めて見たと言っていた。以前この道を通った時はいなかった」
「山に入ったタイミングでいた、ということは……」
俺は少し考えた。
「この地域の異変と関係しているかもしれない。ゴブリンが増えていること、行方不明者が出ていること、そしてサンダービークが出るようになったこと」
「全部が繋がっている可能性がある、ということですね」
「可能性だけだ。確証はない」
ただ、神様が言っていた言葉が頭に浮かんだ。この世界、ちょっと歪み始めていてね。
ゴブリンの増加も、山道の行方不明者も、サンダービークの出現も。点が線になるかどうかはまだわからないが、無関係ではない気がした。
六日目は問題なく終わった。
サンダービークの再出現はなかった。ゴブリンが二匹出たが、サークがファイアボルトを一発ぶつけると、慌てて逃げていった。
午後になると、前方に山が大きくなった。
シルバムが見えてきた。
アールストンやハイルセンとは全然違う。城壁の代わりに岩肌が背景で、建物が山の斜面に沿って段々になっている。石造りの建物が多くて、重たい印象がある。空気が冷たくて、平地より風が強かった。
門で身分の確認を受けた。グルックが顔見知りらしく、手続きは短く済んだ。
俺は町並みを眺めた。
鉄と石と煤の匂いが混じっている。どこかで金属を打つ音が響いている。働いている人間の服が黒っぽい。全体的に実用一辺倒の、無駄のない空気がある。
「鉱山都市らしいな」
「ハイルセンとはまるで違いますね」サークが言った。
まるで違う。それがこの場所の正直な印象だった。
鍛冶屋に向かう前に、まず宿を確認する。グルックが先導してくれた。
シルバムでの仕事が始まる。




