↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/107

第106話 残された世界

 ハイルセンに戻った。

 廃墟だった。俺が知っているハイルセンとは、もう別の場所だった。通りが瓦礫になっていた。建物の輪郭だけが残っていた。焼け跡があった。

 それでも、人の気配があった。

 終わったはずなのに、まだ現実感がない。ウインザーは死んだ。世界は静かになった。それが事実だと頭では分かっているのに、体がまだ追いついていなかった。

 声がした。

「タカオ君か……!」

 ハミルトンだった。

「無事だったか!」

 グルックだった。

 俺は立ち止まった。2人の顔を見て、初めて少しだけ、息ができた気がした。


「……被害は大きい。だがな」

 ハミルトンが瓦礫を見渡しながら言った。

「生きている人間がいる限り、やり直せる」

「資材を集めて、少しずつだが復興を始めている」

 グルックが言った。

 ハイルセンの外れに、木材が積み上げられていた。人が動いていた。指示を出している者がいた。水を運んでいる者がいた。瓦礫を片付けている者がいた。

 人は強いな、と思った。

 俺だったら、ここまで壊されたら立ち止まるかもしれない。でも残った人たちは、もう動き始めていた。


「各地からも似たような話が来ている」

 ハミルトンが続けた。

「国はもうないが……人は残っている。それぞれの場所で、同じように始めようとしている者たちがいる」

 世界は終わらなかった。

 あいつが繋いだ。

 その言葉が頭に浮かんで、俺は少し目を伏せた。


「だが問題もある」

 グルックが言った。声が少し低くなった。

「ドラゴンだ」

「ウインザーの支配は消えた」

 ハミルトンが引き継いだ。

「だが……今後どう付き合うかは分からん。ウインザーに従っていたドラゴンたちが散らばっている。友好的な者もいるだろうが、そうでない者もいる。人間との関係を、どう作っていくかが問題だ」

 俺は黙っていた。

 確かにそうだった。ウインザーが消えても、ドラゴンという存在がいなくなったわけじゃない。これから人間とドラゴンがどう共存するか、あるいはしないかは、まだ何も決まっていない。

「タカオ君、ドラス殿とは深い関係なのだろう?」

 ハミルトンが訊いた。

「はい」

「もし"リザレクション"が可能なら……」

 ハミルトンが少し間を置いた。

「彼が間に立てるかもしれない」

 俺は考えた。

 ドラス。500年生きてきたドラゴンで、人間との共存を選んだ。ハイルセンで守護者として受け入れられていた。ウインザーとの戦いで死んだ。

 もし戻れるなら——。


「……やってみます」

 静かな場所を選んだ。瓦礫の少ない、開けた場所だった。

「リザレクション」

 光が広がった。

 今度は、消えなかった。

 光が形を取った。大きな形だった。ドラゴンの形だった。

 ドラスが現れた。

「……ここは……」

 ドラスが周囲を見た。廃墟を見た。空を見た。俺を見た。

「戻ってきましたよ」


 蘇生を繰り返す中で、俺は1つのことを理解していた。

「死体がない場合のリザレクションは……」

 俺は言った。

「魂が存在し、術者と深い関係がある者しか復活できないようです」

「……なるほど」

 ハミルトンが静かに言った。

 だから、サークは戻らない。

 魂がない。バーニングソウルが魂ごと燃やし尽くした。呼び戻す魂が、どこにもない。

 それは言わなかった。言葉にしなかった。でも頭の中で、もう一度確認した。

 それと——ウィンディオも戻らなかった。ドラスとは深い関係があったが、俺とウィンディオの間には、それほどの縁がなかった。リザレクションはその縁の深さで届く範囲が変わるらしかった。

 どちらも、言葉にはしなかった。


「……そうか」

 ドラスが静かに言った。

 俺から話を聞いて、ウインザーのことを、世界がどうなったかを、全部聞いて、ドラスはしばらく黙っていた。

「ならば、我が動くべきだな」

「人と竜、その橋渡しをしよう」

 ドラスの声は静かだった。5100年生きてきた重さのある、静かな声だった。

 これで少しは未来が繋がる。そう思った。


 場面が変わった。

 ハイルセンの外れ、崩れかけた壁の傍でエレーナが俺を呼んだ。

「ねえ、タカオ」

「何ですか」

「ラフルの町、復興に戻るつもりなんだけど」

 エレーナが少し間を置いた。

「一緒に来ない?」

「……どうして俺を?」

「……一緒に暮らせたらって思って」

 俺は少し固まった。

「ちょっと心の準備が……」

「年上はダメ?」

「多少なら……」

「……ひょっとして分かってる?」

「何が?」

「私、前世では80歳のお婆さんだったのよ」

 俺は黙った。

 間があった。

「それは気にしないです」

 俺は言った。本当にそう思った。エレーナは前世で長く生きてきた。その分だけ、言葉に重さがある。判断に迷いがない。俺にはない部分を持っている。年齢の数字より、そっちのほうが大事だと思った。

「あとね」

 エレーナが続けた。少しだけ、言いにくそうな顔をした。

「できれば——」

「グレイシャとサークの子供、一緒に育ててほしいの」

「……は?」

 俺は聞き返した。

「子供……?」

「ウインザー倒すまで準備してたでしょ?」

 エレーナが静かに言った。

「その間にできてたのよ」

 俺は頭の中で、時間を遡った。

 2週間の準備期間。グレイシャとサークが、ずっと近くにいた。あの張り合いが、いつの間にか別の何かになっていたのか。

 ……そういうことか。


「……分かりました」

 俺は言った。

「本当?」

「行きます」

 サークの子供、という言葉が頭の中で響いていた。打算がなかったと言えば嘘になる。サークが残したものが、そこにあるなら——俺がいるべき場所は、そこだと思った。

 守るものがあるなら——まだ動ける。


 終わったはずの物語は、まだ続いていく。

 廃墟の中で人が動いていた。瓦礫を片付ける音がしていた。ドラスが空へ向かっていった。エレーナが俺の隣で空を見ていた。

 サークはいない。

 でも、残されたものがある。

 俺はラフルへ向かうことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。