第106話 残された世界
ハイルセンに戻った。
廃墟だった。俺が知っているハイルセンとは、もう別の場所だった。通りが瓦礫になっていた。建物の輪郭だけが残っていた。焼け跡があった。
それでも、人の気配があった。
終わったはずなのに、まだ現実感がない。ウインザーは死んだ。世界は静かになった。それが事実だと頭では分かっているのに、体がまだ追いついていなかった。
声がした。
「タカオ君か……!」
ハミルトンだった。
「無事だったか!」
グルックだった。
俺は立ち止まった。2人の顔を見て、初めて少しだけ、息ができた気がした。
「……被害は大きい。だがな」
ハミルトンが瓦礫を見渡しながら言った。
「生きている人間がいる限り、やり直せる」
「資材を集めて、少しずつだが復興を始めている」
グルックが言った。
ハイルセンの外れに、木材が積み上げられていた。人が動いていた。指示を出している者がいた。水を運んでいる者がいた。瓦礫を片付けている者がいた。
人は強いな、と思った。
俺だったら、ここまで壊されたら立ち止まるかもしれない。でも残った人たちは、もう動き始めていた。
「各地からも似たような話が来ている」
ハミルトンが続けた。
「国はもうないが……人は残っている。それぞれの場所で、同じように始めようとしている者たちがいる」
世界は終わらなかった。
あいつが繋いだ。
その言葉が頭に浮かんで、俺は少し目を伏せた。
「だが問題もある」
グルックが言った。声が少し低くなった。
「ドラゴンだ」
「ウインザーの支配は消えた」
ハミルトンが引き継いだ。
「だが……今後どう付き合うかは分からん。ウインザーに従っていたドラゴンたちが散らばっている。友好的な者もいるだろうが、そうでない者もいる。人間との関係を、どう作っていくかが問題だ」
俺は黙っていた。
確かにそうだった。ウインザーが消えても、ドラゴンという存在がいなくなったわけじゃない。これから人間とドラゴンがどう共存するか、あるいはしないかは、まだ何も決まっていない。
「タカオ君、ドラス殿とは深い関係なのだろう?」
ハミルトンが訊いた。
「はい」
「もし"リザレクション"が可能なら……」
ハミルトンが少し間を置いた。
「彼が間に立てるかもしれない」
俺は考えた。
ドラス。500年生きてきたドラゴンで、人間との共存を選んだ。ハイルセンで守護者として受け入れられていた。ウインザーとの戦いで死んだ。
もし戻れるなら——。
「……やってみます」
静かな場所を選んだ。瓦礫の少ない、開けた場所だった。
「リザレクション」
光が広がった。
今度は、消えなかった。
光が形を取った。大きな形だった。ドラゴンの形だった。
ドラスが現れた。
「……ここは……」
ドラスが周囲を見た。廃墟を見た。空を見た。俺を見た。
「戻ってきましたよ」
蘇生を繰り返す中で、俺は1つのことを理解していた。
「死体がない場合のリザレクションは……」
俺は言った。
「魂が存在し、術者と深い関係がある者しか復活できないようです」
「……なるほど」
ハミルトンが静かに言った。
だから、サークは戻らない。
魂がない。バーニングソウルが魂ごと燃やし尽くした。呼び戻す魂が、どこにもない。
それは言わなかった。言葉にしなかった。でも頭の中で、もう一度確認した。
それと——ウィンディオも戻らなかった。ドラスとは深い関係があったが、俺とウィンディオの間には、それほどの縁がなかった。リザレクションはその縁の深さで届く範囲が変わるらしかった。
どちらも、言葉にはしなかった。
「……そうか」
ドラスが静かに言った。
俺から話を聞いて、ウインザーのことを、世界がどうなったかを、全部聞いて、ドラスはしばらく黙っていた。
「ならば、我が動くべきだな」
「人と竜、その橋渡しをしよう」
ドラスの声は静かだった。5100年生きてきた重さのある、静かな声だった。
これで少しは未来が繋がる。そう思った。
場面が変わった。
ハイルセンの外れ、崩れかけた壁の傍でエレーナが俺を呼んだ。
「ねえ、タカオ」
「何ですか」
「ラフルの町、復興に戻るつもりなんだけど」
エレーナが少し間を置いた。
「一緒に来ない?」
「……どうして俺を?」
「……一緒に暮らせたらって思って」
俺は少し固まった。
「ちょっと心の準備が……」
「年上はダメ?」
「多少なら……」
「……ひょっとして分かってる?」
「何が?」
「私、前世では80歳のお婆さんだったのよ」
俺は黙った。
間があった。
「それは気にしないです」
俺は言った。本当にそう思った。エレーナは前世で長く生きてきた。その分だけ、言葉に重さがある。判断に迷いがない。俺にはない部分を持っている。年齢の数字より、そっちのほうが大事だと思った。
「あとね」
エレーナが続けた。少しだけ、言いにくそうな顔をした。
「できれば——」
「グレイシャとサークの子供、一緒に育ててほしいの」
「……は?」
俺は聞き返した。
「子供……?」
「ウインザー倒すまで準備してたでしょ?」
エレーナが静かに言った。
「その間にできてたのよ」
俺は頭の中で、時間を遡った。
2週間の準備期間。グレイシャとサークが、ずっと近くにいた。あの張り合いが、いつの間にか別の何かになっていたのか。
……そういうことか。
「……分かりました」
俺は言った。
「本当?」
「行きます」
サークの子供、という言葉が頭の中で響いていた。打算がなかったと言えば嘘になる。サークが残したものが、そこにあるなら——俺がいるべき場所は、そこだと思った。
守るものがあるなら——まだ動ける。
終わったはずの物語は、まだ続いていく。
廃墟の中で人が動いていた。瓦礫を片付ける音がしていた。ドラスが空へ向かっていった。エレーナが俺の隣で空を見ていた。
サークはいない。
でも、残されたものがある。
俺はラフルへ向かうことにした。




