第105話 残された意味
何も起きなかった。
光だけが広がって、消えた。それだけだった。
そんなはずはない。条件は満たしている。死体がなくてもいい。それがリザレクションだ。俺はそのために習得した。
「……もう一度だ」
「リザレクション」
光が広がった。
何も起きなかった。
「リザレクション!!」
光が広がった。
何も起きなかった。
「タカオ……もう……」
エレーナが言いかけた。
「まだだ!!」
俺は叫んだ。
もう一度詠唱した。光が出た。消えた。また詠唱した。光が出た。消えた。
何も起きなかった。
失敗するはずがない。
術者と深い関係にある人物限定という条件はある。
だが、俺とサーク以上の関係などない。
条件は満たしている。
それに、死体がなくてもいい。魂さえあれば…
「……魂が……ない?」
声に出した瞬間、理解が追いつかなかった。
バーニングソウル。
その名前の意味を、俺はこの瞬間初めて本当に理解した。
命を爆発させる魔法。
命だけじゃない。
魂ごと、爆発させる魔法だったのか。
誰も何も言えなかった。
ウインザーは確かに死んでいた。巨体が廃墟の中に横たわっていた。手下たちは散り散りになっていた。俺たちは勝った。
だが。
あいつは——どこに行った?
「……魂さえあれば……」
声が止まった。
自分で言って、気がついた。
「……ないのか?」
誰も答えなかった。
グレイシャが目を伏せた。
「……多分」
グレイシャの声が小さかった。
「そんな……」
ニアが言った。それ以上は続かなかった。
バーニングソウル。
その名前の意味を、俺はこの瞬間初めて本当に理解した。
術者の命を燃やして極大ダメージを与える魔法。
命だけじゃない。魂ごと燃やし尽くす魔法だった。
だからリザレクションが発動しない。呼び戻す魂が、どこにもない。
「……あいつは知っていた」
声に出た。小さかった。
知っていた。バーニングソウルが魂ごと消滅する魔法だと、知っていた。だからリザレクションでは戻れない。その事実を、知っていた。
それでも。
「……嘘ついたな」
直前の会話が頭に戻ってきた。
俺が訊いた。失敗した場合はどうするんだと。
サークが答えた。リザレクションがあります、と。死体がなくても復活可能です、と。
全部分かっていて、言ったのか。
「ふざけるな……」
拳を握った。
「勝手に決めるなよ……」
怒りが来た。確かに来た。
だが続かなかった。
違う。
あいつは——。
俺が止めると分かっていた。だから言わなかった。魂が消えることを言えば、俺は絶対に止めた。そうなれば、ウインザーを倒す手がなくなる。全員が死ぬ可能性があった。
だからサークは言わなかった。俺に選ばせなかった。
それでも、やった。
「……サークは、最初から……」
エレーナが言いかけた。言葉が途切れた。
「覚悟してたのね……」
グレイシャが静かに言った。目を伏せたままだった。
「……あほやで……ほんま……」
ニアの声が震えていた。
あいつは逃げなかった。
誰よりも現実を見ていた。削りは通らない、レスキューは封じられた、回復量も上回れない、このまま戦えば全滅する。あいつはその事実を最初から最後まで直視していた。
俺が目を背けたかった部分を、サークは冷静に見ていた。
そして——。
「……勝ったんだよな」
声に出した。
「ええ……」
エレーナが静かに答えた。
ウインザーの巨体が廃墟に横たわっていた。動かなかった。
手下たちは消えた。眷属化が解けて、散り散りになった。
空が静かだった。ドラゴンの影がなかった。
世界が、静かになっていた。
全部終わった。
あいつが終わらせた。
言葉が出なかった。
出そうとした。何か言うべきだと思った。でも何も出なかった。
ニアが俺の隣に来た。何も言わなかった。ただそこにいた。
エレーナが空を見上げていた。グレイシャが地面を見ていた。
静かだった。
静かすぎた。
「……無駄にはしない」
俺は言った。
「タカオ様……」
ニアが俺を見た。
「絶対にだ」
他に言える言葉がなかった。これしかなかった。
あいつが最後まで最適解を選んだ。俺には出来なかった選択だ。俺が選んでいたら、止めていた。止めて、別の手を探した。そしておそらく、見つからないまま全員が死んでいた。
サークはそれを分かっていた。だから俺に選ばせなかった。
「……帰るぞ」
俺は言った。
「どこに?」
エレーナが訊いた。
「決めないといけないことがある」
世界は救われた。ウインザーは死んだ。手下は散った。
でも世界は廃墟のままだ。グリムント王国も、南部都市連合も、バングル王国も、ハイルセンも、シルバムも、壊れたままだ。生き残った人たちがいる。これからどう生きるかを決めないといけない人たちがいる。
俺にはまだ、やれることがある。
あいつが命を懸けて残したもの。
それをどう使うかは——。
全部、俺に託された。




