第104話 静止の代償
ハイルセンの跡地は、俺が記憶していた場所とは別の場所になっていた。
かつて商店が並んでいた通りは瓦礫になっていた。ハミルトンの屋敷があった場所が、焦げた地面になっていた。ウィンストン館の石造りの壁が、半分崩れて傾いていた。
その廃墟の中で、ウインザーはまだ掃討を続けていた。
瓦礫を1つずつ引き剥がしていた。生存者を探しているのだろう。あるいは、確認しているのか。どちらにしても、時間はない。
「いたわ」
グレイシャが言った。
「間違いないで」
ニアが低く言った。
「行くぞ」
ニアが速度を上げた。
地面が流れた。風が顔を叩いた。1気に距離を詰める。ここで迷えば終わる。迷いは速度を殺す。速度を殺せば、ウインザーに対応する時間を与える。今この瞬間、俺たちが持っているのは速度と奇襲だけだ。
廃墟が近くなった。
ウインザーの巨体が見えた。
ウインザーがこちらを見た。
目が合った。あの金色の目が、俺たちを捉えた。それだけで全身の血が冷えるような感覚があった。
「来るぞ!」
ウインザーが口を開いた。
「テレポートシール」
声が響いた。低く、空気を揺らすような声だった。
魔法が展開された。転移封じが範囲内に広がるのを、気配で感じた。
「想定通りだ、詰めろ!」
ニアが加速した。
これは計算通りだ。テレポートシールを使えば、口が開く。侵入のための条件が整う。1回目はこれで確認する。問題は2回目だ。
ウインザーが再び詠唱に入った。
「……来る」
サークが静かに言った。
「ディスペルガード」
ウインザーが発動した。
解除無効。これでキャンセレーションは通らなくなった。テレポートシールも維持される。逃げ場がなくなった。
だが、口が開いた。
2回目の詠唱のために、口が開いた。
「今だ!!」
「タイムストップ!」
グレイシャの声が聞こえた。
世界が止まった。
音が消えた。風が止まった。ニアの翼が止まった。廃墟から舞い上がっていた塵が、空中で止まった。
俺も止まっていた。
動けるのは、サークだけのはずだ。
世界が戻った。
俺はサークを見た。
いなかった。
「……サーク?」
返事がなかった。
ニアの背にいたはずだった。出発前も、接近中も、隣にいた。今、いない。
止まった世界の中で、サークだけが動いていたからだ。
一瞬だった。
音が戻った。風が戻った。廃墟の塵が再び舞った。
ウインザーが1歩踏み出した。
その足が、止まった。
ドスン、という音がした。
地面が揺れた。
ウインザーが崩れ落ちた。
「……は?」
ニアの声だった。
「……え?」
エレーナが言った。
「……倒れた……?」
グレイシャの声が、信じられないという色をしていた。
俺も、何が起きたか分からなかった。
ウインザーが倒れていた。巨体が地面に横たわっていた。動かなかった。
「……倒したのか?」
声に出したのは、確認のためだった。
ウインザーは動かなかった。
おかしかった。
爆発音がなかった。バーニングソウルが発動すれば、体内から爆発が起きるはずだ。音が聞こえるはずだ。振動が伝わるはずだ。
外傷がなかった。ウインザーの体の表面に、新しい傷が見えなかった。
それでも、死んでいる。動かない。息をしていない。
何かがずれていた。俺の理解の中で、何かが合わなかった。
ドラゴンたちが苦しみ始めた。
手下たちが、一斉に体勢を崩した。
「眷属化が解けてる!」
グレイシャが言った。
「小さくなっとる……!」
ニアが声を上げた。
手下のドラゴンたちが、次第に小さくなっていった。眷属化という強制的な従属が解けて、本来の姿に戻っているのだろう。彼らは方向を定めず、バラバラに飛び去っていった。
「……やったわ」
グレイシャが言った。
「やったで……!」
ニアの声に喜びがあった。本物の喜びだった。
「……勝った……のよね?」
エレーナが言った。確認するような声だった。
「……サークは?」
俺は言った。
沈黙があった。
全員が俺を見た。それから、周囲を見た。
いない。
「移動する。すぐに蘇生する」
俺は言った。
体内でバーニングソウルを使えば、原形は残らないかもしれない。それは分かっていた。だからリザレクションを習得した。死体がなくても、魂さえあれば蘇生できる。準備はしてあった。
廃墟から少し離れた場所に降りた。
俺は詠唱した。
「リザレクション」
光が広がった。
何も起きなかった。
「……?」
もう一度詠唱した。
「リザレクション!」
光が広がった。
何も起きなかった。
「……どういうこと?」
エレーナが言った。
「そんな……」
グレイシャの声が、小さかった。
「サークは……どこや……?」
ニアが言った。
俺は頭の中を整理しようとした。
死体がないのは問題ない。リザレクションは死体がなくても使える。それが他の蘇生魔法と違う点だ。
魂さえあれば復活できる。条件は満たしているはずだ。
なのに。
なぜ、発動しない。




