第103話 止まった時間の中で
荒野を選んだのは、人がいないからだった。
廃墟なら建物の残骸がある。森なら木がある。タイムストップの検証には、邪魔なものが少ない場所のほうがいい。結果を正確に見たかった。
俺たちは何もない草原の真ん中に立った。
「いくわよ」
グレイシャが前に出た。
「タイムストップ」
世界が止まった。
風が止まった。草が止まった。俺の呼吸だけが動いていた。タイムストップの効果範囲内にいる俺たちだけが、動ける。
サークが前に進んだ。慎重に、1歩ずつ。
「……これでどうだ」
小石を蹴った。
時間が戻った。草が揺れた。風の音が戻った。
「接触した瞬間に解除ね」
グレイシャが言った。
「"自分以外に触れたら終了"か……」
俺は記録した。止まった世界の中でも、何かに触れれば即座に解除される。サークが体内に入った後、壁や床に触れれば終わる。それは問題だ。
「次だ」
グレイシャが再度タイムストップをかけた。
今度はサークがエレーナの剣に軽く触れた。
即座に解除された。
「装備もダメね」
エレーナが静かに言った。
「完全に"単独行動限定"か」
持ち込めるものは自分の体だけだ。武器も、装備も、何も持てない。サークが体内に入るとき、触れられるのは空気だけになる。
「次は魔法の発動だ」
グレイシャが3度目のタイムストップをかけた。
サークが詠唱に入ろうとした。
時間が戻った。
「……ダメですね」
「攻撃意思で即解除されるみたい」
グレイシャが言った。
「発動は時間が戻ってから、か」
つまり、バーニングソウルはタイムストップが終わってから使う。体内に入り、時間が動き出した瞬間に発動する。その間、サークはウインザーの体内に単独でいることになる。
「最後だ。フライトで試す」
俺はサークにフライト付与をかけた。
グレイシャがタイムストップをかけた。
サークが飛んだ。止まった世界の中を、高速で直線移動した。俺は距離を目で追った。かなり進んだ。建物1棟分どころではない。
時間が戻った。
「これなら……いけます」
サークが言った。声に感情はなかったが、確信がある声だった。
「ウインザーのサイズなら、口の中まで余裕で届くな」
「時間内に侵入は可能」
グレイシャが言った。
「まとめるぞ」
俺は全員を見た。
「接触で終了。魔法発動の意思で終了。フライトでの侵入は可能。つまり、"触れずに侵入して、時間再開後に発動"が条件だ」
「問題ありません」
サークが答えた。
これが成立する。少なくとも、机上ではなく実証できた。
それから2週間が経った。
ニアとエレーナが転生者の探索に出ていた。俺はラフルで準備を進めながら、2人の帰りを待った。
戻ってきた2人の顔を見て、答えは分かった。
「……いないわね」
エレーナが静かに言った。
「どこにも気配あらへんで」
ニアが言った。
「これで本当に最後かもしれないわね……」
エレーナの声に、珍しく重さがあった。長く生きてきた人間でも、これは堪えるのだろうと思った。
他の転生者は、もう残っていない。それが現実だった。
「……これで決まりだな」
俺は全員を見渡した。
「転生者の協力は望めない。削り戦は限界が来た。レスキューは封じられた」
2週間の準備期間に、俺は加護魔法8レベルのリザレクションを習得した。書物から独力で読み解いた。死体がなくても蘇生できる魔法だ。サークの蘇生のために、これが必要だった。
それと、フライトも習得した。俺自身が飛べるようになっておく必要があった。作戦の中で、俺が動ける範囲を広げておきたかった。
「これで最低限の準備は整った」
「問題は"口を開く瞬間"だ」
俺は言った。
「タイムストップは、ウインザーが口を開いた瞬間にかける。だが、どうやってその瞬間を作る」
「前回、魔法を使う時に開きました」
サークが言った。
「テレポートシールか」
俺は頭の中で再現した。戦闘開始時にウインザーが魔法を発動させた。あの時、口が開いていた。
「キャンセレーションで妨害する」
俺は言った。
「魔法を発動しようとしたところにキャンセレーションをぶつければ、発動を止められる。レベル差はない。成功率は5分だ」
「失敗したら?」
エレーナが訊いた。
「もう一度かけ直すはずだ。1回で諦める理由がない」
「その"2回目"がチャンスです」
サークが続けた。
「1回目を止められた直後、ウインザーは再び詠唱に入る。その瞬間に口が開く。そこにグレイシャがタイムストップをかける」
俺は流れを頭に描いた。
キャンセレーションで1回目を妨害する。ウインザーが再詠唱するために口を開く。その瞬間にタイムストップ。止まった時間の中でサークが飛び込む。時間が再開した瞬間に、バーニングソウルを発動する。
「ただし問題があります」
サークが言った。
「8レベル魔法、ディスペルガード」
「解除無効……」
エレーナが静かに言った。
「これを使われたら、キャンセレーションは通りません。ウインザーが最初からディスペルガードをかけていれば、1回目の妨害が不可能になる」
「つまり……」
「ウインザーが魔法を2回使った時点で、脱出不能です」
沈黙があった。
ディスペルガードを使われれば、その後キャンセレーションは効かない。テレポートシールも維持される。逃げ場がなくなる。
「逆に言えば」
サークが続けた。
「2回魔法を使うなら、突入チャンスでもあります。1回目の魔法で距離を詰めて、2回目のタイミングで侵入できる」
「……失敗する可能性は?」
俺は訊いた。
「あります」
「その場合は?」
「リザレクションがあります」
サークが答えた。
「死体がなくても復活可能です」
「……」
俺は頷こうとした。
だが、何かが引っかかった。
何だろう。サークの言葉は正しい。リザレクションは死体がなくても蘇生できる。それが保険だ。なのに、なぜ俺は違和感を覚えているのか。言語化できなかった。考えようとしたが、形にならなかった。
「サーク、お前にしては言い切るな」
俺は言った。
「他に現実的な手がありません」
サークが答えた。
確かにそうだ。俺も分かっている。この作戦以外に、ウインザーを倒せる可能性がある手段が思い浮かばない。
「ウインザーは?」
「ハイルセン周辺で掃討中」
グレイシャが答えた。
俺は地図を頭に広げた。ハイルセン。かつて俺たちの拠点があった場所だ。ハミルトンがいた場所だ。ドラスとウィンディオが守ろうとした場所だ。もう廃墟だが。
ラフルからそれほど遠くない。
「……近いな」
夜になった。
焚き火の前で、俺はサークの隣に座った。
全員が準備を終えていた。作戦の骨格は固まった。後は実行するだけだ。
それでも、俺は言わずにいられなかった。
「……大丈夫なんだよな」
小さな声だった。自分でも情けないと思った。
「死なないよな?」
一瞬の間があった。
「大丈夫です」
サークが答えた。
その瞬間、サークの視線がわずかに外れた。一瞬だけ。すぐに俺を見た。
「ウインザーは倒せます」
俺はその一瞬を見た。見たが、追及しなかった。
俺は何を信じているんだ。
作戦か。
それとも。
こいつの覚悟か。
焚き火が揺れた。サークは動かなかった。俺も動かなかった。
止まった時間の中で、全てを終わらせる準備が整った。




