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第102話 切り札

 サークが一拍置いた。

 俺はその間を待った。サークが言葉を選ぶときは、内容が重い。それをこの旅でずっと学んできた。

「9レベルの炎魔法に、もう1つあります」

「……何だ」

「バーニングソウル」

 焚き火の音だけがした。

「……聞いたことはある」

「術者の命を爆発させて、周囲に極大ダメージを与える魔法です」

 沈黙が落ちた。

 エレーナが動かなかった。ニアが固まった。グレイシャが目を細めた。


「却下だ」

 俺は即答した。

「それは作戦じゃない。ただの自爆だ」

「……そうね」

 エレーナが静かに言った。

「何言うとるんやサークはん……」

 ニアの声が小さかった。


「ウインザーの鱗は絶対的な防御力があります」

 サークは感情を変えずに続けた。

「ですが、鱗があるから防げるだけです」

「だからアシッドスプラッシュで穴を開けてるんだろ」

「その程度では足りません」

 サークが俺を見た。

「体内に入ります」

 一瞬、全員が言葉を失った。

 焚き火が揺れた。

「……どうやってだ」

「グレイシャに確認しました。水魔法9レベル魔法」

 グレイシャが静かに口を開いた。

「……タイムストップ、使えるわ」

「ウインザーが口を開く瞬間にタイムストップをかける」

 サークが続けた。

「その間に、口から侵入します」

「ちょっと待ちなさいよ……」

 エレーナが声を上げた。珍しく、整理する前に言葉が出た。


「タイムストップ中、対象に触れなければ攻撃判定になりません」

「牙や舌に触れなければ……理屈上は可能ね」

 グレイシャが続けた。自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと。

「ウインザーのサイズなら、侵入自体は難しくありません」

「……その後は?」

「体内でバーニングソウルを発動します」

 静寂があった。

 誰も何も言わなかった。言葉が出なかった。


「成功する保証は?」

 俺は声を絞り出した。

「ありません」

「失敗したら?」

「その時は、その時です」

「ふざけるな!」

 声が出た。怒声だった。俺がサークに怒鳴ったのは、これが初めてかもしれなかった。

「お前が死んで終わりだろうが!」

「今のままでも終わりです」

 即答だった。

 俺は言葉が出なかった。

「削りは通らない」

 サークが続けた。

「レスキューは封じられた。回復量も上回れない。このまま戦えば、いずれ全滅します」

「……否定できないわね」

 エレーナが静かに言った。

「せやけど、それでも……」

 ニアが言いかけて、止まった。言葉の続きが見つからないような顔をしていた。


「俺はな……」

 俺は少し間を置いた。

「お前を死なせるためにここまで来たんじゃない」

 火が揺れた。

 空気が変わった気がした。サークが俺を見た。その目が、いつもと少し違った。

「俺は、最初から命を預けています」

 サークが言った。

「タカオ様に拾われた時から」

 俺は何も言えなかった。

「使うべき時に使わないなら、この命に意味はありません」


 俺は考えた。

 削りは不可能だと、俺も分かっていた。レスキューが封じられたことも分かっていた。ウインザーとの戦力差が、俺たちの努力の範囲では埋まらないことも、頭では理解していた。

 それでも。

「……成功率はどれくらいだ」

「分かりません」

「……」

 分からない。それが正直な答えだ。試したことがない。誰もやったことがない。成功すれば世界が変わる。失敗すれば、サークが消える。

 俺は決断した。


「分かった」

 全員が顔を上げた。

「だが、そのままやらせる気はない」

 サークが俺を見た。

「条件がある」

「……」

「まず、タイムストップの検証をする。侵入が本当に可能か、実際に確かめる。机上の計算じゃなく、確実にする」

「……やるわ」

 グレイシャが言った。

「次に」

 俺は一息置いた。

「俺は加護魔法8レベル、リザレクションを習得する」

「死体がなくても蘇生できる魔法ね……」

 エレーナが静かに言った。

「万が一の保険だ」

 それだけ言った。それ以上は言わなかった。

「そして最後だ」

 俺はサークを真っすぐ見た。

「これは、生きて帰る作戦として組み直す」

「……」

「死ぬ前提の作戦は認めない。それが条件だ」


 サークが一瞬だけ、視線を逸らした。

 一瞬だけだった。すぐに俺を見た。

「……分かりました」

 俺はその一瞬が気になった。気になったが、追及しなかった。サークが了解したなら、それでいい。今は前に進む。


「タイムストップは攻撃で解除される」

 グレイシャが補足した。

「でも、触れなければ問題ない。ウインザーの体内に入った後、サークが何かに触れれば解除されるかもしれない。そこは慎重に動く必要がある。理屈上は……ね」

「綱渡りどころじゃないわね……」

 エレーナが息を吐いた。


 少し後、グレイシャがサークの隣に来た。

 俺には聞こえるか聞こえないかの声だった。

「本気なの?」

「当然だろ」

「……帰ってくる気、あるの?」

「あるに決まってる」

 一瞬の間があった。

「勝てばな」

 グレイシャは何も言わなかった。

 サークも、それ以上は言わなかった。


「まずは検証だ」

 俺は言った。

「その上で、作戦を組み直す。やれることを全部やってから動く」

「……やるしかないんやな」

 ニアが言った。諦めでも、覚悟でもない声だった。ただ前を見ている、そういう声だった。

「ええ。ここが正念場ね」

 エレーナが静かに続けた。

「時間はあまりないわよ」

 グレイシャが言った。

「準備を始めましょう」

 サークが立ち上がった。


 俺は火を見ていた。

 炎が揺れていた。

 リザレクション。死体がなくても蘇生できる魔法。体内で爆発が起きれば、遺体は残らないかもしれない。だからその魔法を習得する。それがあれば、サークが帰ってこられる。


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