第107話 善行を積む者たち――相棒と紡ぐ選択の物語(最終話)
ニアが来たのは、ラフルに落ち着いて1週間ほど経った頃だった。
「わい、決めたで」
ニアが言った。
「ドラスさんのところに行くわ。ゾマも一緒やいうし。バルドはん、リアンはんも一緒やいうで」
「……そうか」
俺は少し間を置いた。
「それがいいな」
引き止めなかった。引き止める理由がなかった。ドラスが人とドラゴンの橋渡しをしようとしている。その傍にニアがいることは、正しいと思った。ニアはウィンディーと戦い、ドラゴンと人間の間で何かを感じてきた。その経験が、そこで生きる。
バルドとリアンも一緒に行くという。第2パーティとして各地の手下ドラゴンを削ってきた2人だ。ゾマもいる。あの編成なら、どこへ行っても戦える。
「元気でな、ニア」
ニアが振り返った。
「タカオ様も」
それだけだった。
ニアが空へ上がった。大きな翼が風を打った。銀白色の体が、青い空に溶けていった。
俺はしばらく、空を見ていた。
ラフルは少しずつ戻ってきていた。
崩れた建物が建て直されていた。新しい木の匂いがした。市場が再開していた。子供が走っていた。笑い声がした。
全部が元通りというわけじゃない。傷跡はまだあった。いなくなった人たちの分の空白は、埋まらない。でも人は動いていた。前を向いていた。
「こうして見ると、ちゃんと戻ってきたわね」
エレーナが町を眺めながら言った。
「ああ……本当に」
俺は言った。
エレーナはラフルの復興に最初から関わっていた。住民との信頼があった。俺はその手伝いをした。スクロールを作った。体調を崩した人にトリートメントをかけた。建材の運搬を手伝った。地味な仕事ばかりだったが、それが今の俺にはちょうどよかった。
グレイシャの子供たちが生まれたのは、ラフルに来て半年ほど後のことだった。
3匹だった。
長男は銀色だった。生まれた時からしっかりした体格で、目に力があった。グレイシャに似ていた。
長女は茶色だった。穏やかな目をしていた。じっとしていることが多く、周りをよく見ていた。
末弟は灰色だった。
体が小さかった。兄と姉より一回り小さかった。でも目が、金色だった。
俺はその目を見て、しばらく動けなかった。
こいつは、サークみたいだな。
灰色の体。金色の目。体は小さいが、じっとこちらを見ていた。臆することなく、真っすぐ見ていた。
サークが残したものが、ここにある。確かにある。
俺は息を吐いた。
ある夕方、エレーナと並んで座っていた。
「そういえば」
エレーナが言った。
「バルドさんとリアンさん、結婚したそうよ」
「そうか……」
驚きはなかった。2人は長い時間を共に戦ってきた。バルドが前衛の限界を認めて、リアンが合理的な理由でついていくと言った、あの場面を俺は覚えている。ずっと一緒にいた2人だ。
「私達もどう?」
エレーナが言った。
「……もう少し考えさせてください」
俺は答えた。
エレーナが少し笑った。責めるような笑いではなかった。
俺は前を見たまま、頭の中でその言葉を転がした。
でも——。
多くのものを失った。
バークホルム王国が消えた。グリムント王国が消えた。南部都市連合が消えた。バングル王国が消えた。ハイルセンが焼けた。ハミルトンの屋敷が崩れた。ドラスが死んで、戻ってきた。ウィンディオは戻らなかった。
それでも、守れたものもある。
エレーナがいる。グレイシャがいる。3匹の子供がいる。ドラスが動いている。ニアが空を飛んでいる。バルドとリアンとゾマが、誰かのために戦っている。
サークが残したものは、確かにここにある。
灰色の末弟が、俺の足元でよたよたと歩いていた。小さな体で、1生懸命歩いていた。転びそうになって、踏ん張った。
そして——。
ここが、俺の居場所のような気がする。
* * *
ー別の場所の話ー
少女が子犬を抱いていた。灰色の、目の大きな子犬だった。
「この子、"サーク"って名前にする!」
少女が言った。
母親が手を止めた。
「その名前は駄目よ」
「なんで?」
母親がしゃがんで、少女の目線に合わせた。
「昔ね、世界が滅びかけたことがあったの。ウインザーっていうドラゴンにね」
「ウインザー……」
「それを倒した英雄の名前が、サーク」
少女が目を丸くした。
「英雄!」
「でもその人は、自分の命と引き換えに世界を救ったの」
母親の声が少し静かになった。
「だから……この子に、そんな名前を背負わせるのは、かわいそうでしょ」
少女はしばらく子犬を見つめた。子犬は少女の顔を見上げて、短い尻尾を振った。
「……そっか。じゃあ別の名前にする」
少女が子犬をぎゅっと抱いた。子犬が小さく鳴いた。
縁側に夕陽が差し込んだ。
2人の影が、長く伸びた。
「善行を積む者たち――相棒と紡ぐ選択の物語」 (完)




