その程度で台無しにしたつもりかよ
やることは非常にシンプル。
国境を越えた先に陣地を作り、聖メーリスフロンスを迎え討つ。これだけだ。
ヴィキヌスは国王亡きあと教会が牛耳る土地となり、また、ネヴィアの圧政から逃れようとした人々の檻ともなった。
逃げて逃げてようやく辿り着いたレガリスレクスの手前で捕まり、収容される。その絶望感は途轍もないだろう。
逃亡者に与えられる再教育は苛烈を極めるとのこと。
侵攻作戦から話がそれたが、つまりは魔王領と接する本拠地のメーリスフロンスと、ここヴィキヌスに主な敵戦力は集中している。その一方を叩く。
損害を抑えて初戦を乗り越えられれば、短期間での勝利を考える道筋もあり得るだろう。
こういう見通しを立てられるのも、
「陛下、予定地に到着しました。さっそくノーム工兵団を中心に陣地設営に移ります」
有利な地形に敵より早く立てるのも、忍者軍団による諜報のおかげだ。
「ペデモント将軍、設営中も警戒を怠るな」
「ハッ。相手は一騎でも突撃を仕掛けられる勇者なので、抜かりはありません」
すでにホビット斥候団を周辺の索敵に当たらせているとのこと。
ここは敵地だというのに、活気ある声が飛び交う。
木と木の二属性魔法による防壁で囲い、出入り口には木材を用いた柵を設置。
その内側では荷が下され、魔法で火を起こし水を沸かし、煮炊きがはじまる。一方では寝床となる天幕を設営。
守りだけでなく、大所帯を賄う備えも怠りなく。
それぞれの技能を活かして。
墨俣の一夜城ではないが、オレらは堅牢かつ広大な陣地をその日のうちに建てた。
「大変見事な指揮ですね」
「ハッ。恐縮であります!」
エリテマソーラが褒めると、ペデモント将軍は畏まる。
しかし、かつて見せたような怯えはなく、キビキビと丁寧に対応しただけ。
オレに対するより気を使ってるのは少し引っかかるが、それでも彼は立場と共に成長した。
「エリテマソーラ様ぁ、本営の支度できたってー」
報告にやってきたのはローエルフ巫女のフミリス。
どうやら彼女はかなりエリテマソーラを慕っているようで、二人は歳の離れた姉妹のようにも見える。
これは他のエルフ種たちも同様だ。
やはり彼女らにとって、ハイエルフとダークエルフのハーフというのは特別なのだろうか? それともエリテマソーラ個人の魅力によるものか。
そんな素朴な疑問は、
「陛下。さっそく本営に移り、軍議を」
ペデモント将軍の生真面目な声により打ち切られた。
◇
将軍と総監二人を召集した軍議。
いちおうエリテマソーラも同席しているが、オレのそばにいるという以上の意味はなく、ほぼ発言はない。
真っ先に議題に挙がったのは、敵の動向予測。事前の諜報活動で得た情報を踏まえて、それを割り出した。
「ヴィキヌスには教会による支配があり、暴力装置として個々の敵勇者や賢者もいる。となると考えられる可能性は大きく三つに絞れるな」
「はい陛下」
「直接我らを討ちにくる。またはなにもしない」
「あとは、ダンジョンから魔獣の群れを引っ張ってきてぶつけるくらいですか」
おそらく最後にルアーナス総監の言ったのが、可能性濃厚。
この結論に待ったをかけるように、ペデモント将軍は口を開く。
「忍者軍団により確認されている勇者は十六名。いずれも若年とのことで、随伴する賢者は各五名前後との報告です」
「勇者パーティーが総勢百名、か」
一年前は、その一割未満にも苦戦させられた。
だが——
「我らは一年前とは違います」
「敵勇者は、光の戦士団が相手をします」
「それに、光の勇者ユエニスもおります」
彼らの言ったとおり、オレらは強くなった。
かつて冗談混じりに言った『レベル九九のオッサン軍団』ではないが、心強い仲間が大勢いるんだ。
「残る問題は、いつ亡命者の収容所を解放するかだが」
「敵勇者を討つ方を優先するべきでしょう」
すぐ助けるべき論を主張しないとは、ペデモント将軍らしからぬ発言。
キッパリしすぎているところに気負いを感じられなくもないが、失敗が許されない立場を自覚したうえで、厳しい決断をしたのだろう。
「守りながらの戦いは、非常に困難ですので」
「もし解放したところを襲われたら、我々の得意とする集団戦を掻き乱されてしまいます」
「やはり陣地を構えて迎え討つのが上策でしょう」
ペデモント将軍、リットラル総監、ルイーナス総監、幹部三名の意見が揃った。
「ではオレはオレで、教会を焚きつけるような手紙でも書くとするか」
「よろしいかと」
「陛下の煽りは厳しいですからね」
「うんうん。陛下は相手を怒らせる術に長けておられるので、すぐに司教らを釣れるでしょう」
……コイツら揃いも揃って。
たしかにオレはいろんなヤツを怒らせてきたがな、と文句を言おうとしたところで、ずっと黙っていたエリテマソーラが口を開いた。
「手痛い正論を素直に告げた結果ではなくて」
「第一王妃殿下の仰ることもわかります。しかし、盗賊ギルド検挙のときなど……」
ペデモント将軍は、今では懐かしくも感じる四年前の話をはじめた。
そこから軍議は思い出話へと逸れていく。
ちょっとした雑談くらいで目くじら立てたりはしない。常に緊張感が絶えない戦場でなら、いい気分転換だとも思う。
内容がオレへのイジリでなければな。
なんとなく、中間管理職のオッサンだったころを思い出した。
けっして嫌な記憶ではない。ただ、彼らとの距離がオレにとって心地のよいものだと感じたんだ。
◇
そして、書状を送りつけてから数日後——
軍議での敵の行動予測は外れた。
敵勇者パーティー百名が攻めてくるでも、魔獣を嗾けてくるでも、とりあえずの放置でもなかった。
「レガリスレクスの異端に対し、我ら教会は聖戦を宣言する!」
ヴィキヌスの地を治める大司教らしき人物が、声高らかに言い放つ。
その手勢は、その日のうちに掻き集められたのだろう一般市民たち。
数は多いが彼ら彼女らにロクな装備などなし。震える手に、取り急ぎで持ってきた棒やら鎌やらがあるだけ。
チッ、教会め。極めつけにやりづらい相手を寄越してきたな。その程度でこちらの準備を台無しにしたつもりかよ。
「陛下。ご下命を」
ペデモント将軍は覚悟したようだ。たとえ相手が誰でもあっても戦うと。
最悪の初戦となる雲行きのなか、オレに迷いはなかった。




