そりゃあそういう反応にもなるよ
#77 そりゃあそういう反応にもなるよ
「「「ま、魔王……⁉︎」」」
そもそもこの集いは住民説明会の体を為していなかったが、魔王の登場により、場の意味合いは大きく変わった。
三つに割れた世界のうち二つがここに揃ったのだから……。
「どうした。つづけぬのか?」
「いちおうオレらは敵同士ということになっているんだが」
「うむ。その認識で構わん」
「……。魔獣はどうした? そちらにも被害は及んだはずだぞ」
「勇者に始末できるものを魔王が始末できぬ道理はあるまい」
魔王の口から道理なんて言葉がでるとはな。
いや、具体的にこいつがどんな悪事を働いたのかをオレは知らない。というより、他の者は知っているのか?
「異なる物が居合わせれば争いが生まれは必然。戦において汝らが欲する大義名分など、我らには無用。敵ゆえ殺す、のみだ」
こちらを見透かしたように言ってくれるけどな、あまりに言葉足らずだぞ。皆が怯えてるじゃないか。
エリテマソーラは済ました顔を保っているが、あのマギアレフィカまで無表情が真っ青だ。
ほかの面々も身じろぎ一つ取れず、蛇に睨まれたカエル状態。
「その話、裏を返せば棲み分ければいいという話だろ」
「然り」
ニヤリと威厳ある笑みを浮かべやがって。コイツわざとだろ。
「どうのように聖メーリスフロンスの勇者たちに対抗するのかは、秘密だ」
「聞いたところで我らにマネはできまいて」
だろうな。蜥蜴人や牛巨人などの凶暴な亜人が、規律正しくダンジョンでレベル上げなんてできるわけがない。
「わざわざ魔王自ら出向いた理由は?」
「決まっておろう。変わり者と噂される王がどんな人物なのか見にきたのだ」
前にまったく同じセリフを聞かされた。だが、今回のは本音じゃない。
「さすがの魔王でも勇者軍団は手に余るか」
痛いところを突いたつもりだったのに、魔王は喉で笑う。
「では今は平気だとしても、十年後はどうだろう? 二十年後は?」
聞き流されたので挑発っぽくつづけると、背景と化していた面々から『どうしてそういう言い方しちゃうかな!』という非難めいた視線がオレに向けられた。
「メーリスフロンスは勇者の死屍で埋め尽くされるであろう」
「つまり魔王は、それほどの数の勇者をネヴィアが揃えてくると見ているわけだ」
「事実、あの女狐は勇者をネズミの如く増やそうとしておる」
なんとなくそうことをするんだろうなと想像していたが、改めて聞かされるとショックは大きい。
「…………。前回は保留とした問いに、いまこそ答えよう」
オレは、以前に魔王との接触があったことを明かした。もうここには騒ぎ立てそうな教会の連中はいない。変な隠し事は不和の基になる。
「提案どおり世界の半分をもらう」
「ほぉう」
「具体的にはメーリスフロンスより我らの側すべてだ」
「我らに、かの地を滅ぼせと?」
「好きにしたらいい。というより魔王は、全面攻撃を仕掛けるにあたってオレらにネヴィアの背後を脅かしてほしいのだろ」
それ以外にこのタイミングで魔王が顔を見せる理由がない。
「クックックッ。やはり侮れぬ奴よ」
「オレらが動くのは一年後だ。それまでは防衛に徹して戦力を蓄える」
そのあいだ『できたら勇者たちの気を引いておいてね』と、言外に。
「ふむ。跳ねっ返りどもを使い潰すのにはちょうどよい期間か……。よかろう。一年、せいぜい邪神の信徒を調子づかせてやろうではないか」
おっかないことを言うなぁ。ま、あちらの話だ。
なんにせよ了承してもらえて助かった。
「そういえば前から気になっていたんだけど、魔王の言う『邪神』っていうのは教会が崇める女神のことか?」
「当然であろう。我らと汝らを争わせ、信仰を集めようと画策してきたではないか。すべては私利私欲、遍く精霊神霊を廃すために」
ということは、ネヴィアは地上における執行者みたいな立ち位置なのかな?
……待て。いまの話が本当だとすると、根本的な争いの根拠が怪しくなる。
「もしかして最初に仕掛けたのは教会側から?」
「正しくは、教会に唆された何代も前のメーリスフロンス女王だ。あまりに目障りだったゆえ、我自ら都を滅ぼしてやったわ」
「そしたら生き残りに魔王が脅威だと言いふらされた、と」
「どこまでを意図してかは我にもわからぬがな」
たしかにわざとなのか生存戦略なのか判別つかない。ただ、効率的に世界を巻き込む方法として考えた場合、かなり筋が通る……か。
「では条約どおり一年後、我らに呼応せよ」
「報せは寄越してくれるんだろうな? まさか魔王不在で総攻撃とはいかないだろうし」
「我が手元に縁ある男がおる。其奴を遣わそう」
それだけじゃわからないだろ。勿体つけてくれちゃって。
「手紙くらい持たせてくれよ」
「クックックッ……」
応えはなく、重低音の忍び笑いを残して魔王は去っていった。たぶんまた、城の裏口から。
こうしてレガリスレクス王国は、魔王と軍事同盟的な密約を結んだ。
「「「…………………………」」」
長い長い沈黙のあと、
「あれは本当に魔王なのですね」
マギアレフィカがポツリと掠れた声で。
「青みを帯びた肌とか縦長の瞳孔とか、見るからに魔王だったろ。頭の横の角は本物なのか冠の飾りなのかはわからないけど」
「——外見などよりも!」
強く言葉を遮られた。
たぶんマギアレフィカは、一個としての恐ろしさを語りたいんだ。だがどれだけ言葉を尽くしても適切な表現が見当たらない。だいたいこんなところだろう。
「皆も、魔王の強大さはわかったと思う」
「「「…………」」」
「それと、あちらに争う気がないこともな。さんざん野蛮なことを言ってはいたが、結局、魔王は共闘を望んだ。心強いじゃないか」
オレからしたら、ネヴィアや勇者なんかよりよっぽど話がしやすい。
「というわけで、一年後に備えた計画を伝えていく。諸君らにも可能な限り協力を……ん? どうした大臣」
「いったん休憩を挟みましょう。皆、心ここに在らずですので」
言われてみれば、たしかにみんな気分が悪そうだ。
たっぷり時間を置いて全員が落ち着きを取り戻したころ、住民説明会を再開した。
休憩のあいだに頭と心の整理ができたからか、集った面々には、二つの大きな変化があった。
一つは、勇者より強い存在を見たことによる相対的な楽観。これは非常によいことだ。
もう一つは、魔王と対等な会話をしていたオレへの畏怖と敬意。そこに『単独で勇者を倒した』と話も盛られてしまう。
提案がとおりやすくなったのは喜ばしいが、
「わたし第四王妃に立候補しちゃおっかな」
などとローエルフのフミリスが言い出す始末。
もちろんエリテマソーラに睨まれてすぐに引っ込めたが。
なんにせよ魔王の電撃訪問は、王様の株暴騰の起爆剤となった。




