住民説明会を開催せよ
大聖女ネヴィアが聖メーリスフロンス建国を宣言した日より、人類種の世界は二つに割れた。
レス・プブリカ共和国のように魔女的ディストピア社会を拒む国も少なくなかった。だが、その尽くが滅ぼされ、かつてオレが言ったようにレガリスレクス王国は最後の砦となってしまったのだ。
この分割はグローバルな組織にも当てはまる。
神殿や商工連盟、それと魔道士結社が我らの側につき、ネヴィアの側には教会と冒険者組合がついた。
これらの情報は、ネヴィアの支配から逃れてきた者たちの証言を元にしている。
その多くはエルフやドワーフ、ホビット、ノームなどの亜人種。別のカテゴリーで見ると、夫婦や子連れが目立つ。
前者の理由は属する組織の影響。
後者の理由は家族を保つため。聖メーリスフロンスの統治にいて婚姻は認められず、子供も親元から離されるからだ。
かつてオレが中間管理職のオッサンだったころは、人手不足・少子高齢化・限界集落などをよく耳にしていたが、レガリスレクス王国では真逆のことが起きている。
若い世代の大規模な人口流入が止まらない。
最初は多くの他国民を受け入れることに不安を覚えていたが、よくよく考えたら似たような文化圏、なので生活様式においての軋轢は少ない。
雑な捉え方をしてしまえば、県を跨ぐ引越しくらいの感覚が近いか。
かねてより進めていた住民管理もあって、逃れてきた者たちは短期間でレガリスレクスでの生活に順応してくれた。
ただ問題がないわけでもないんだ。
「陛下、役人の手が足りません」
「だよなぁ……」
「やはり新規流入者のなかから」
「——ダメだ。まだお里意識があるうちは、利益誘導の懸念が残る」
「たしかに同郷の者を優遇する可能性はありますな」
へベス大臣もダメ元で言ってみただけのようで、すぐに意見を引っ込めた。
ちなみにスパイの心配はしていない。
もちろん警戒を緩めたわけではなくて、聖メーリスフロンスの大聖女として君臨するネヴィアに、ちまちまと情報を集めるメリットが少ないと判断した。
なにより首都が魔王領と接していては、争いに忙しく、こちらに手を出すよ余裕がないはず。よって、何年もかかる間諜を忍ばせる手間などかけないだろうと見ている。
これらも流入者から得られた情報を元にした推測だ。
「ある程度の自治をさせるべきか……」
「反対です。それではレガリスレクス王国内に別の国を作ることにもなりかねません」
地方自治なんて観念を共有できるわけがないな。
それに、へベス大臣が懸念するとおり国内分断にも繋がりかねないのも確か。
せっかく時間をかけて王国内から大きな勢力の影響を削いだのに、元の木阿弥だ。
「では、こういうのはどうだろう?」
と、オレは叩き台となる思いつきを述べた。
はじめは目を剥いたへベス大臣も、言葉を重ねていくと次第に耳を傾け——
「それいいじゃーん。ヘーカへーカ、あたしからも一個ていあ〜ん」
話に割り込んできたプエルラーレの腹黒アイディアも混ぜられて、だいぶ元の構想から変わってしまったが、それなりの案にまとまった。
もっと細かいところまで煮詰めて、それから住民説明会を開催しよう。
ここで重要となるのは、彼らが『どこの住人か』だ。
◇
謁見の間——
そういえば『ここからオレの王様クエストははじまったんだな……』と感慨に耽るもしばし。
目の前に居並ぶ面々は跪き、首を垂れている。
皆、王の言葉を待っているんだ。
「表をあげよ。これより住民説明会を開催する」
玉座に腰掛けるオレの左右にはエリテマソーラ第一王妃とマギアレフィカ第二王妃がいて、一段下にへべス大臣がいる。
こんな大上段からの説明会なんて、それこそ冗談みたいな話だが、ここを訪れた代表者たちは真剣も真剣。礼儀作法を修めていない者まで、丁寧な所作を心掛けているようだ。
だったらオレも、王様として粛々とセレモニーを進めなくてはならない。
「神殿代表、サケルドス大神官」
「はい陛下」
「商工連盟代表、クベルナート総裁」
「ここに」
「魔道士結社代表、マグス・ドゥ・クス主席導師」
「はい」
「エルフ代表、フミリス」
「はーい」
「ドワーフ代表、鍛治師職人頭ファブリコ」
「おう! ……いや、はい」
「ホビット代表、革細工師職人頭リアリア」
「はい!」
「ノーム代表、冶金師職人頭ルルギア」
「はっ」
流入した人類種のほとんどは神殿が面倒を見ているので、これが王国に集まった勢力のすべて。
亜人種の代表のほとんどが王国民となったのは、双方の立場を理解できるからという理由で、その選出にオレは関与していない。
「まずは大方針を伝える。心して聞け」
それぞれの立場による温度差はあれど、向けられた眼差しはどれもが緊張感を帯びていた。
「レガリスレクス王国は今後一年の準備期間を経て、五年以内に聖メーリスフロンスを滅ぼす」
オレを見つめる多くの瞳に『その尖兵をさせられるのでは?』や『そもそもできるのか?』といった不安の色が浮かぶ。
「改めての説明は不要であろう。諸君らも見聞きしているとおりだ。五年もすればネヴィアの統治で育てられた子供たちが物心つき、やがて成人する。そうなってからでは遅い。世界に大きな禍根を残す。これが五年以内とした根拠だ」
ここまでの話に彼らの処遇は含まれていない。
オレの主張は理解できても、聞きたいことではないのだろう。
その不満へ、プエルラーレが付け足した悪知恵を差し込む。
「さて、聖メーリスフロンスを除いたあとの土地は誰のものか?」
この話を振る時点で、ほとんどの者が失地回復を想像しただろう。
だが違う。ネヴィアのディストピアに対抗して王国が提示するのは、ユートピアだ。
わざわざ住民説明会とした意図はここにある。彼ら彼女らを、どこの住民としたのかがミソ。
「そもそも、こうもあっさりと諸君らの国が征服されたのはなぜか? それぞれがバラバラに存ったからではないか。もし仮に、危機に瀕して他国と協力さえできていれば、ネヴィアの野望も潰えていたに違いない。だが現実は、教会の口車に乗せられて『脅威は魔王のみ』だと信じ込み、勇者制度を頼った。不和と無防備が滅びの原因であろう」
わざわざ長い前提を置いた。
そのどれもが彼ら彼女らを失望させるような響きだったに違いない。だからこそ、なおのこと希望を欲しがり、微かでも光が見えたら飛びつく。
「では前置きはここまでとして、住民説明会の本題へ移る」
「「「——ッ⁉︎」」」
よしよし、これまでないリアクションだ。
オレ自身、かなり大それた話をする自覚はある。
今からそれを大真面目に語り、できることと信じてもらわなくてはならない。ここまではその伏線。
「さきほどの問いの答えは『諸君らのもの』だ。しかし断っておくが、オレはそれぞれの統治を望まない。互いに手を携えて共同体を築いてもらいたい。大聖女に奪われた土地を取り返し、諸君らの望む理想の世界へと塗り替えるのだ」
オレの大言壮語に溜まりかねて、サケルドス大神官が口を開く。
「王国の領土とはしないのですか?」
「ああ。ただ、各々に土地の権利を主張されては、線引きにより諍いが絶えなくなるからな。せっかく為政者も国境も消えたのだから、そのまま一つの国家とすればいい」
「あまりに理想論では……」
つづいてクベルナート総裁が苦言を呈す。が、莫大な儲けの誘惑に駆られてしまったのは、目のギラつきからもバレバレ。
「なにも諸君らに偏在しろとは言っていないぞ。望むのなら元いた土地に家族や仲間と住めばいい。オレただ、取り戻した世界を諸君らの合議で動かせと言ったのだ」
「もしそうなったとき、レガリスレクス王国はどうされるのですか?」
マグス・ドゥ・クス主席導師が核心を突く。政治に興味などなさそうなくせして、勘が鋭いな。
「もちろん喜んで参加させてもらう」
「……そういうことですか」
ああそういうことだ。戦後、レガリスレクス王国は最大の発言力を有したまま巨大コミュニティに加わる。これがオレの描いた落とし所だ。
利己的なのは認める。だが、少なくともネヴィアを除いたあとの領土争いは防げるだろう。
一致団結する動機は提示した。どう勝つかではなく、どう終わらせるかの話をした。
つづいて、
「諸君らには、のちの予行演習を行なってもらいたい。手始めに王国内で亡命政府の樹立を——」
具体的なロードマップを語ろうとしたとき、
「ほほう。面白い話をしておるではないか。我も交ぜよ」
招かざる客が現れた。
これが珍客も珍客。突然の登場に誰もが身構える。いいや、その圧倒的な存在感に硬直させられた。
「ま、魔王……」
「「「————まッ⁉︎」」」
というわけで謁見の間で開催中の住民説明会に、魔王が参加を求めてきたのだ。
嗚呼、なんたるカオスか……。




