そういう話をするなよ
プリンキパート諸侯国、ドゥカート公国と撤退の道中、経由した各国から苦情が殺到した。
元より予想はされていたこと。大量の避難民を連れてなのだから当然と言えば当然のリアクションだ。
しかし退去を促す役人が訪れるたび、避難民たちの虚ろな目が平和ボケを射抜く。それに肝を冷やした役人は、言うだけ言ってすごすごと帰っていくのだ。
「聖リーメスフロンスについては聞いているだろう。ここに事の顛末を認めてある」
ただ追い返すのではなく、それぞれの為政者に向けた手紙を持たせた。
今は少しでも味方を増やすため、気に入らない相手でも尽くせる礼は尽くしておく。
そうやって、レガリスレクス王国の手前であり隣国の、ヴィキヌス王国まで辿りついた。のだが——
「そこまでだ。これより先に踏み入った場合、我らへの敵対行為と見做す」
ご丁寧に多くの兵士を連れて、ヴィキヌス国王自ら通せんぼときたか。
ノコノコと声が届くところまでやってくる時点で、嘗めきっている。いったいコイツはどこまで現実が見えていないんだ。
元より友好的な関係を築けるとは思っていない。下手をすればネヴィアの手の勇者たちはここまで追ってくる可能性だってあるのだから、コイツの相手をしてモタつくのは避けたいところ。
それに、今この時は、レス・プブリカ共和国軍が身を呈して捻出してくれた貴重な時間なんだ。
「こちらには蹴散らす選択肢もあるんだが」
「——なっ⁉︎ ず、ずいぶんと強気ではないか。敗軍の分際で」
「だったらその敗軍の実力、試してみるか?」
「……ぐぬッ。まぁよい」
往路でオレがみせた対応との差によりヴィキヌス国王は尻込みしたらしい。
よかった、引いてくれる。かと思いきや、
「民は置いていけ」
耳を疑うセリフがつづいた。
「通してやるのはレガリスレクス王国軍だけだと言ったのだ」
なにを目的に……——まさかコイツ⁉︎
「ここは聖リーメスフロンスの領土であるぞ。その民を連れていかれるのを黙って見過ごすわけがなかろう」
「なるほど。ヴィキヌスはとっくに地方都市の一つに成り下がっていたわけか」
「黙れ! 映えある聖リーメスフロンスの一部となったのだ」
建国と属国化の時系列がおかしい。ということは、ネヴィアが行動を起こす前から話がついていた。おそらくそんなところか。
どおりでスタンピード対策に向かうオレらの邪魔をしたわけだ。
「外道め。自分たちだけは魔獣の被害を免れたいからと、他国を売ったんだな」
「んん? なんの話だね? 言いがかりはやめてもらおうか」
もうコイツと話す意味すらない。明確な敵だ。
「ペデモント将軍、突破しろ!」
「ハッ!」
「——ま、待て待て、待つのだ! 連れておるのは他国の民であろう。置いていけばいいだけの話ではないか!」
レガリスレクス王国軍が動く気配をみせると、ヴィキヌス元国王は喚く。
しかしペデモント将軍は聞く耳も持たず、
「ここにいるのは既にレガリスレクス王国の民である。彼ら彼女らを守るのは我ら王国軍が務め! 総員、メイスを掲げよ! ヴィキヌスの兵を蹴散らせぇえええーいッ‼︎」
躊躇なく軍を進めた。
初手が魔法攻撃でないところは、彼の情けか甘さか。
しかしベコベコに歪んだメイスを振り上げる集団が与えるインパクトは、かなりの恐怖だったようで、
「「「——ひ、ひぇえええ〜‼︎」」」
ヴィキヌスの兵士たちは蜘蛛の子を散らす。
咄嗟に押し留めようと声を張るヴィキヌス元国王だったが、
「待て貴様ら! 敵前逃亡など認めぬ——ぷげッ」
逃げ惑う兵士に押し倒され、呆気ない最後を迎えることに。その断末魔は雑踏に潰された。
あとには無惨な亡き骸が残されたのみで、前に立ち塞がる者はいない。
「戦闘経験のない兵など、一喝で充分です」
「だから魔法攻撃をしなかったと」
さっきは甘さだと思ったが、対人戦としては大正解を選んだわけか。
立場が人を育てるというけど、ペデモント将軍の成長ぶりはそれ以上だ。
ヴィキヌス元国王はあのざまだ。以降ここで、なにかを仕掛けられることはないだろう。
◇
オレらは日のあるうちに進めるだけ進み、足を止めた。
しかし、人数が増える比例して移動の速度も落ちる。
雑に休むと後々に響くので、しっかりと暖をとり、食事も取らなければならない。
こうしているあいだにも勇者パーティーが追ってくる心配は尽きない。だがそれでも、疲弊して動けなくなるよりは遅い歩みの方がマシ。
大勢をまとめる立場としては非常にストレスなはずなのに、ペデモント将軍は上手く兵を動かしていた。
「こういう運用も神殿で学んだのか?」
「陛下のご下命の賜物です」
なんだっけと首を傾げると、
「規律を重んじるように仰られたのは陛下ではありませんか」
当然のように返される。だが異常だよ。こんな不安つづきの急展開のなかでも軍を保てているなんて。
「それに、我らは弱いので」
「いや、日々レベルアップしてるじゃないか。少なくとも三年前よりは強くなっている」
ダンジョンを攻略して、盗賊ギルドだって潰した。今回の遠征でだってドラゴンの群れを蹴散らした。それが弱いなんてことはないだろ。
「ですが、最前線——リーメスフロンスの勇者は別格でした」
「それはまぁ、戦い方の違いってやつだ」
若干ムリがある慰めだが、王国軍将兵の努力をオレは知っている。王様としてここで口をつぐむわけにはいかない。
「ハッハッハ。陛下に気を使われていては我々もまだまだですね」
ペデモント将軍は快活に笑った、かと思えば急に真剣な顔をみせるんだ。
「自分たちも、数年前まではヴィキヌスの兵士と変わりませんでした。陛下が『ダンジョンを封鎖せよ』とお命じくださらなければ、今もお飾りの王国軍だったでしょう」
おいやめろ、そういう話をするなよ。
とくにシチュエーションがよくない。これからも頼りにしたいんだから妙なフラグを立ててくれるな。
「明日にはレガリスレクス王国に到着します。装備を整え、次こそ勇者を撃退してご覧にいれましょう」
だからやめろっての。
「気を抜くのはまだ早いぞ」
ペデモント将軍が変なこと言うから、ついオレも余計なことを口走ってしまった。
そして、このフラグは現実となる。
ようやく国境越えというタイミングで——
「申し上げます! ヴィキヌスのダンジョンより数多の魔獣が溢れたとの報告が!」
追いつかれた。王国軍が引くに引けない状況を作られてしまった。
誰の犯行かは自白済み。ネヴィアの手の勇者パーティーだ。
そしてアイツらは、恭順を誓った土地でも容赦なく魔獣を嗾けてマッチポンプを起こしたんだ。




