荷に火をかけよ
オレらを見下ろすのは、おそらく勇者だ。
そのそばにパーティーメンバーらしき少年たちが近寄った。
「勇者様、段取りを違えています!」
「魔獣に襲わせたあとに危ないところを助けるんだろ」
「ですから、介入が早すぎると言ったんです」
仲違いか⁇
「うるさいよ、お前」
言うなり勇者は苦言を呈した少年を殴りつけた。九頭竜を余裕で屠る膂力でだ。
受けたのがオレなら即死級の一撃だったに違いない。しかし殴られた少年は、よろけて膝をつくに留まった。
誰もが息を呑むなか、こちらを無視した会話はまだつづく。
「ネヴィア様のご指示に叛くと?」
「そ、そんなこと言ってないだろ。ええと、魔獣に襲わせてから助けるんだったよな。……チッ。そういや二匹とも倒しちまったか。おいお前、近くのダンジョンまで行って魔獣を引っ張ってこい」
別の少年に勇者は命じた。
「勇者様。いまの話を聞かれてしまっては、もう助ける意味はありません」
「どういうこと⁇」
「口封じをしなければならないということです」
そうくるだろうな。ネヴィアの仕掛けたマッチポンプのあらましを聞かせてしまったのだから。
年齢の割に勇者は頭が弱いようだが、残念なことに理不尽なまでの強さについてはさきほど目の当たりしたばかり。
「助けろって言ったり殺せって言ったり、いちいち面倒くさいなぁ」
「面倒、ですって?」
「違うぞ。お前らが面倒くさいだけで、ネヴィア様の言うことをそんなふうには思ってないからな」
薄っすらと関係性も窺えた。
そんななか、オレが一番衝撃を覚えたのは、
「つうか口煩くしやがって。魔族混じりくせに生意気なんだよ」
こう勇者に蔑まれた付き添いたちの容姿だ。
それぞれに牛のような角が生えていたり、尾や羽がある。しかし、それらの特徴以外は人類種と違わない。
おそらくはかつて魔王が語った『どちらにも与せぬ者ども』であり、戦地が生んだ混血児。その成長した姿なのだろう。
オレの予想は最悪の的中をしたわけだ。口ぶりからして、コイツらはネヴィアの下についた。
「ボクらは大聖女ネヴィア様のお導きにより女神様を信仰する賢き者——賢者となったのです。仮に身体を流れる血に邪悪が混じっていても、それは女神様への祈りによって打ち消されます」
「ハ? なに言ってるかさっぱりだ。まぁどうでもいいや、あれをぜんぶやればいいんだったな」
「一人残らずですので、遊びすぎないように」
「デカいのをサクッとやるのは得意なんだけど、雑魚をチマチマ潰すのは面倒——っとと、大変だなって話だ。いちいち睨むなよ。それ、イラッとしてぶっ殺したくなる」
ここまでオレらは身じろぎできずにいた。
ようやく成人くらいの若者が警戒感なく話していたのも原因。
だがそれより、ヒドラとヘカトンケイルを一蹴した勇者の実力を目の当たりにして、どう足掻いても勝てないと悟ったからだ。
誰もが言葉を失うなか、執政官は怒りを露わにした。
オレに告げらたのは一言だけ。
「急ぎ撤退を」
それは淡々とした怒気と強い覚悟を帯びた声音だった。
共和国の者にとっては、ここまでの辛苦の元凶が目の前に現れたのだ。我慢できるわけがない。敵わないとわかっていても。
相手が言葉の通じぬ魔獣ならば違ったのだろう。
だが、相手は人だった。だから余計に許せない。むざむざ殺されてなるものかと怒る。それはわかるが、でもここで立ち向かっては無駄死だ。
オレが待てと言う前に——
「共和国軍、突撃ッ‼︎」
「「「応ッ‼︎」」」
怒号が静寂を打ち破った。
「陛下、撤退を」
「マギアレフィカまでなにを⁉︎」
「この機を逃せば、私たちも避難民も皆殺しです。共和国軍の犠牲を無為にされるおつもりですか!」
「犠牲だと! レス・プブリカ共和国は避難民の盾となった。そういう美談に変えろととでも言うのか!」
「私は、なにがあっても陛下をお守りするために、ここにいます。もし聞き入れていただけないのなら」
「実力行使をするとでも?」
「ええ。少なくとも、陛下が守ろうとしたものは見捨てることになります」
勇者らは、ネヴィアの圧政から逃げてきた人たちに容赦しないだろう。
「今ここで撤退しないなら、避難民を時間稼ぎに残すことになる……か」
「今ならば、レス・プブリカ共和国の非戦闘員も共に連れて行けます。そして、陛下が迷えば全滅です」
マギアレフィカは強い口調で、オレの葛藤をキッパリと切り捨てた。
「わかった。先触れと避難民を先に行かせてくれ。王国軍は最後だ」
「はい」
「持ちきれない荷には火をかけよ」
出すべき指示をすべて出し、オレは奮闘する共和国軍へ目を向けた。
たった数名に対して軍が殺到する光景。これではどこに勇者がいるかは不明。
ときおり魔法の閃光はあがるので、そこに勇者パーティーの誰かがいるとわかる程度。
しかしなぜ強力な広範囲魔法を使わない?
当然の疑問が沸いたわけだが、彼らが勇者パーティーと考えれば自ずと答えは出る。
はじめは同士討ちを避けているのかと思ったけど、違う。アイツらは集団戦を想定したレベリングをしていないんだ。
つまり、いくら一撃が強かろうと少人数ずつしか倒せない。強大な個を制す能力と軍団に対処する能力は別。
生き物なのだから、勇者だって疲労もすれば腹もへる。
となると数で当たるのは有効かもしれない。
もっと言うなら、人数イコール稼げる時間となる……か。
とてもじゃないが、好材料と手放しには喜べないな。
「避難民の誘導を開始しました」
「そうか」
報告に来たペデモント将軍は、共和国軍の突撃を『撤退に際しての殿』と割り切っているようだ。避難民を逃すためと。
とても立派で高潔や職業倫理だ。神殿での猛勉強の成果なのだろう。
では王様が考えるべきは……。逃げて、逃げた先で勇者をどうするかだ。




