ひどいマッチポンプだよ
ローエルフのフミリスから話を聞いたあと、オレは天幕で一人、考えに耽っていた。
あまりに非現実的な展開だと、オレのなかの常識が理解を拒む。
そうとう頭を柔らかくして事態の推移を受け入れないと……。
真っ先にツッコミを入れたくなったのは、この世界観での侵攻速度だ。
ネヴィアが逃亡してから二年ほど。これを準備期間としても、事を起こしてから建国まで半年足らずというのは、さすがに信じがたい。
だが、似た例を知らないわけじゃない。十六世紀の南米侵略などを引き合いに出せば、極めて短期間での征服について理解しやすいだろう。
社会構造と疫病、そして武器の差が大きな要因だが、今回の件に置き換えられなくもない。
教会というグローバルな組織が統治の受け皿となる前提。
想定していた脅威は魔王のみで、結果、長きにわたり勇者制度に依存してしまった国家としての脆弱性。
そして征服者側は、一騎当千の勇者たちを制圧に当てた。戦力一つとっても圧倒的であり、かつ展開力は少数パーティーなのだから軍とは桁違いに早い。政治面では魔獣から救うという大義名分も立つ……か。
「ひどいマッチポンプだよ」
とはいえ疑問も残る。
まず、これほど大それたことをしでかした主犯が、レガリスレクス王国内の教会、それも大司教の下で聖女という立場に甘んじていた点が挙げられるだろう。
ネヴィアの逃亡が事の起こりだとすると、突発的すぎるのも気になる。
そもそも、多少の制限はあったとしても他人の身体へ乗り移るというチートがあるんだ。なぜ今になってと不思議にも思う。
「大陸の端にある古い国から世界を眺めていただけ……」
こんな筋道が立てられないな。すべては推測未満だ。
◇
翌日以降も魔獣の勢いは衰える一方だった。
しかし逆に、ネヴィアの圧政を逃れてきた避難民は増えていく。
そのぶんだけ装備は後回しとなる。
このままレス・プブリカ共和国にいては、養いきれない手前まで難民キャンプは膨れていた。
……限界は近い。
というわけでオレは、執政官にレガリスレクス王国軍の撤収を告げた。
「あれだけの避難民を連れてとなると移動だけでも大変でしょう」
「道中の国々がなんと言ってくるか。そちらの方が頭が痛い」
もちろん物資や野営地などの問題も山積み。それでも留まっていては解決にならない。
「厄介なものですな」
「魔女ネヴィアのことか」
「はい。なぜ共和国に滞在中に始末しなかったのかと、後悔が尽きません」
「それを言うなら王国も捕縛に失敗している」
現状と、いずれ来る脅威についても共有した。
ここは少し離れた土地だが、レガリスレクス王国にとってはじめての同盟相手となる。
「レス・プブリカ共和国には聖リーメスフロンスとの防波堤として、なんとしてでも存続してもらいたい」
「ハッキリと仰る」
「援助は惜しまないさ。帰国後、すぐに軍備を整えて防衛と復興の支援をさせてもらう」
最後に握手をして話はおしまい——となるべきシーンだったのだが、
「お話中、失礼します!」
「なにごとか!」
共和国兵が会談場所へ飛び込んできた。
「ドラゴンと巨人です。数は合わせて二体」
それを聞いてホッとした。が、それも束の間。
「九つの首を持つ竜と、無数の頭と腕を持つ巨人です」
「——九頭竜」
オレは息を呑む。
ここにきて上層の魔獣が二体同時とはな……。
さっそく迎撃に出向く。
かつてより王国兵は強くなった。ただ、装備の面では心許ない。
「マギアレフィカ、九頭竜はどれほどの脅威と想定すればいい?」
「かつて陛下が倒した上位九頭竜粘土像とは、まったく異なる魔獣だと認識してください。また、巨人はおそらく百手巨人です」
らしくもない。ぜんぜん答えになっていないぞ。
……つまりは測りかねるってことか。
災害クラスの魔獣が接近していて、誰もが、今か今かと迎撃のタイミングに神経を研ぎ澄ませている。
そんななか、やはり挙動が気になった。
「どう見ても振り返ってるよな?」
「前にも仰っていましたね」
「どっちも頭が多い魔獣だからどこを向いていても不思議ではないけど、それにしたって後ろを気にしているようには……——あっ」
説明している間にヘカトンケイルが足をもつれさせ、つんのめり、土煙を立てて転んだ。
ヒドラはそれを置き去りにこちらへ迫る。
「到着がややズレます。手前のヒドラにばかり気を取られないように!」
マギアレフィカが魔道士たちに指示を下す。
それと同時か、若干あとか、ヘカトンケイルが巻き起こした土煙のなかに人影が見えた。
それは身の丈を越す大剣を振りかぶり、一閃。いくつもある首を刎ね飛ばした⁇
それ以降は、ヒドラが陣地に接近したので確認できない。
「いまの見たか?」
「なんのことでしょうか?」
「いや、なんでもない」
オレの見間違いかもしれない。
余計なことに拘わせてはダメだな。目の前の対処に集中してもらうべきだ。
「水と冷、魔法よーい。放てッ‼︎」
「「「〝水弾魔法〟」」」
「「「〝氷結魔法〟」」」
初手から、ドラゴンに効果が高かった体温を奪う魔法を一斉射。
冷属性が多めなので、二属性の大氷柱魔法や氷河洞魔法がポンポン発動した。
凍てつく地面に足裏が張りつき、さらに氷柱が足を縫いつける。
突進の勢いを削いだところへ第二射、第三射とつづいた。
確実に王国兵は強くなった。
二年にわたるダンジョン攻略も原因だが、ここ数か月の防衛戦で大幅にレベルが跳ね上がったのが大きい。
「放て放て放てぇええええーいッ‼︎」
一気に畳みかけよとペデモント将軍は叫ぶ。
ヒドラが冷気のモヤに覆われると、
「総員メイス用意。一撃離脱だ! かかれぇえええーッ‼︎」
真っ先に飛び出す。
兵士らもあとへつづく。
盾兵が運用できないので戦法はこう変わった。
動きを鈍らせたところを殴り、魔法兵の回復までの時間を稼ぐ。
入れ替わり立ち替わり打撃を加えるので、魔獣も反撃対象を絞れず。思い切りのいい攻めの割にこちらの損害は少ないのだ。
この攻撃には共和国兵も混じり、
「総員やめッ! 魔法兵、攻撃再開!」
号令一つでサッと引く。
このままつづけていけば、削り切れる流れだ。
しかし、そうはならなかった。
魔法による冷気渦をものともせず、ヒドラに接近する人影が。
冷気のモヤのなか、ソイツは大剣を携えて——
「〝聖光魔法〟‼︎」
特別な魔法を剣に帯させた。
刀身が光った同時に、九つの首が落ちる。
「「「——ッ」」」
ズシンッと力なく沈む巨体。
その上には、
「ハハッ。魔獣一匹片付けるのにずいぶんと大袈裟だな」
少年の面影を残す若者が立っていた。
さっきの魔法といいバカげた強さといい、間違いない。コイツは勇者だ。




