余計なフラグを立てるなよ
月を跨ぎ、出征の日——
壮行にはエリテマソーラ第一王妃とプエルラーレ第三王妃が顔を見せていた。
赤ん坊のオクリアーレは怖がるだろうからと大臣が面倒をみている。
で、マギアレフィカ第二王妃はというと、オレと同行するので彼女も送り出される側だ。
「エリテマソーラ、留守のあいだをよろしくな」
「ヘーカぁ、あたしには〜?」
「プエルラーレも、頼んだ。とくに忙しいであろう大臣を困らせないように。あと」
「平気へいきっ。ていうか、お出迎えのときはオクリアーレも抱っこして連れてくるから〜」
「いまから帰りが楽しみだ」
軽く言葉を交わし、心配ごとを二つ三つ口にしたところで——
「陛下、あまり皆さんを待たせてはなりませんよ。王国軍の多くが不在のあいだもダンジョン管理局のもと魔獣の駆除はつづけますし、神殿の協力も間違いなく取りつけましてので」
エリテマソーラが出立を急かした。
家族とのしばしの別れを、少しくらい名残惜しんでもいいだろうに。
それでも、
「マギアレフィカ、陛下のことを頼みましたよ」
「承りました。どのような事態となっても、陛下の身は私が守ります」
これでもかとオレの身は案じてくれているらしい。
どれほどのものかといえば、元筆頭導師をそばに置くだけに飽き足らず、研究に駆り出していた魔道士たちもまとめてセットで護衛につける徹底ぶり。
さらに、さっきも言っていた神殿の手厚い協力。
商工連盟から預かった物資を保管、そして王国軍到着のあかつきには、各地から選りすぐりの神官や巫女が従軍してくれる手筈になっているのだ。
尽くせるだけの手を尽くして、オレら王国軍は、多くの国民に見送られるなか国境を越えた。
◇
お隣のヴィキヌス王国へ入ったレガリスレクス王国軍は、まずは初日の目的地である神殿を目指した。
立地が街外れなので、軍を休ませるにはもってこい。ここで物資の受け取りも済ませてしまう予定でいる。
事前に当事国には通告はしてあり、了承もされているので通行に問題はない。
先日の言いづらいこと言った甲斐もあってか、ペデモント将軍の引き締めにより、兵士たちの紀律もバッチリのようだ。
ビシッと列を乱さずに進む王国軍を見ていると、隣からマギアレフィカが話しかけてきた。
「本当に、見違えるようですね」
「そう言ってくれるならオレも安心だ」
将軍たちが率いる王国軍とは別にマギアレフィカが直轄する魔道士たちがいて、さらにこのあと、神殿からの助力である神官たちも加わる。
そちらの指揮をオレが取ることになったのは『けっして前に出るな』というエリテマソーラからの念押しなんだろうか。
「陛下、神官殿が出迎えに参られました」
「そうか。通してくれ」
と、馬車から降りて待つことしばし。
やってきた神官は、なぜかものすごく恐縮していた。
挨拶もそこそこに、
「実は……」
と、神官は嫌な切り出し方をする。
なかなか要領を得ない。
「つまり予定にないヴィキヌス王国国王との面会が増えたと。現在は当地の大神官が対応中、であっているか?」
「……はい。お疲れのところ申し訳ありません」
「構わない」
まだ協調派兵の返事をもらっていない。
おおかたバツが悪くて直に詫びにきたんだろう。
のちのちの保険の意味があるのも、苦渋の決断だったのもオレにはよくわかる。王様あるあるだ。
なぁんてホイホイ案内されたら、
「……。レガリスレクスの田舎者が、いまさら派兵とはな」
ずいぶんなご挨拶をされた。
「ヴィキヌス王国は動くつもりはないという回答と受け取っても?」
「なぜ兵を出さねばなんのだ。勇者を送ればよいであろう」
「その勇者たちが音信不通となっているのを存じていない?」
「フンッ。わかったような口を聞くではないか。妃を連れてノコノコと、呑気なものだな」
……こういう言い方はあまり好かないけど、小物臭がハンパないな。異世界ファンタジーのお約束パターンだと真っ先に破滅するタイプだぞ。
それがすぐ隣の国の国王でなければ、オレも悩まずに済んだのだが。
「で、どのような用向きで?」
「ここは余の国であるぞ。どこにいようと余の勝手であろう」
そちらの嫌味は聞いてあげたから帰ってね、という込められた意図は読み取ってくれたらしい。
しかし、よくもまぁ迫りくる危機に際して隣国との関係を悪化させるようなマネができるものだ。呆れた。
「聞けば、レガリスレクスでは兵士が魔獣の駆除を行なっているそうではないか」
侮辱するつもり満々な口調に、ついこちらの口調も乱れそうになる。
でも我慢だ。もしヴィキヌス王国が背後を断とうなんて邪な考えを抱いたら、エグい展開になってしまう。
ここは中間管理職スキルをフル動員して、事なかれを貫くのみ。
「ええ、まあ」
否定も肯定もしない無関心の応対こそ、いま求められる。
本音を言えば『おたくは野放しらしいじゃないですか』と返してやりたいところだが。
無為なラリーをしばらくつづけた結果、
「フンッ、つまらん。滞在を許可したのは神殿の周辺だけだ。くれぐれも略奪などしてくれるなよ」
ヴィキヌス国王はとびきりの捨て台詞を残して帰っていった。
そのでっぷりした姿が見えなくなったころ、隣で黙っていたマギアレフィカが、ポツリと。
「侮辱されたままでよいのですか?」
震えた声で。
へえ、怒ることがあるんだな。相変わらずの無表情だけど。
「これからドゥカート公国やプリンキパート諸侯国やレス・プブリカ共和国と、いくつもの国を越えて行かなきゃならないんだ。いきなり揉めごとなんて面倒は避けたい」
それにな、とオレはヴィキヌス国王の意図を説明した。
要するにあれは『一言言ってやった』をしにきただけだ。
「他国の軍を通すとなれば沽券にも関わる大事。それがどれほどの大義名分を掲げていてもな。だからああやって、相手が頭を下げたから通してやるんだと見せつける必要があったんだろう」
「……。それだけでしょうか?」
おいおい、余計なフラグを立てるなよ。
「土壇場でやらかす可能性もあるか。よし、大臣に一報を入れておく」
「なにごともなければよいのですが」
だからさぁ……、そういう悪い予感は往々にして的中するものなんだぞ。まったく。




