レガリスレクス王国軍を派兵せよ
将軍たちの意見は割れた。
まずルアーナス総監は、
「すぐにでも軍を出すべきです!」
積極的な防衛を主張した。どちらにせよ魔獣を押し留めるならば、王国外の方がいいという理由で。
かなり現実的な発想だ。
それにリットラル総監は、
「気持ちはわかるが、他国に出向いて兵站をどう維持する?」
補給線という切実な対案をぶつけた。
「そもそも我らは王国の盾。ならば動くのは、間近まで危機が迫ってからでよいではないか」
と、つけ添えて。
珍しく総監二人の意見が対立した。
これらを受けてペデモント将軍が、
「両総監の意見は、いつどこでの違いはあれど、救援要請には応えるべきではないという点で一致している」
王国軍の意見をまとめにかかった。かと思いきや、
「自分は介入するべきと考えます」
「将軍、それは蛮勇です!」
「そうですよ。多少なりとも王国軍は強くなりました。だからといって今回の騒動、レガリスレクス王国一国の軍でどうこうできる規模ではありません」
さらなる対立軸を。
だが言いたいことはわかる。要するに、
「義を見て為ざるは勇無きなり、か」
軍人らしい発想だな。困っている人がいて手を差し伸べないのは、己の力が及ぶかどうか以前の問題だと言いたいのだろう。
だが、オレは王様だ。個人の正義感を振りかざすことなど許されるわけがない。
やはり防衛について方針を練るべき、とオレが結論を出しかけたとき——
「陛下。御裁可の前に、それぞれの利点と被害を比べてみましょう」
へべス大臣が視点を変える提案をした。
おそらく、あえて数字をもとにした基準を提示したのだ。
しかしそれは、どれもが目を覆うような被害だった……。
一番マシなのはルアーナス総監の積極的防衛案。それだって引き際次第で、のちの非難や対処を加えると、利点を打ち消してしまう。
ペデモント将軍の介入案は魔獣鎮圧後を考えた場合に、利点が他を大きく上回る。が、事の終わりは見えず、おそらく王国のキャパに収まりそうにない。
そしてリットラル総監の専守防衛案は、損害は国土まで及び、かつ事後の利点はほぼなし。
へべス大臣らしい楽観も悲観もない現実的な分析だった。
「現時点で判明している事態からの試算なので、状況が変われば成り立たなくなります」
どうやらオレは大前提を間違えていたようだ。
改めよう。軍を動かさざるを得ない事態そのものが、決定的な大損失。
そして今は、未然に防ぐためにどう立ち回るかを論じる時点をとっくに過ぎている。
だからオレは、王国軍を動かす決断をした。
それを口にしようとしたとき——ふと頭をよぎる。
『強大な魔獣によって王国軍はなすすべなく壊滅。そして多くの村々も王都もめちゃくちゃに。その危機に、勇者と冒険者たちが立ち上がり、魔獣の魔の手から民を救う。これは叙事詩の再現ですわ』
これは、かつて海岸の塔ダンジョンで起こされたスタンピードの際に聞かされたセリフで、元勇者パーティーの男が語ったネヴィアの目的だ。
これがすべてなんて確証はないし、嘘を吹き込まれた可能性だってある。
ただ、無視はできない。
規模こそ違えど、状況は酷似しているんだから。
やはり本格的な介入は却下しよう。線引きは引き返せるギリギリまで。できる範囲だけ、できることだけをする。
歴史に名を残すような為政者なら、ここで果断したんだろうけどな……。
「軍を出すのは、現在無事とされているラインまでとする」
「——しかし陛下! 逃げきれずにいる人たちもいるのですよ」
もしかしたらペデモント将軍は、中間管理職としてのオレの気持ちを代弁してくれているのかもしれない。そう聞こえた。
おかげでオレは王様として、淡々と応えられる。
「手に余る。大陸端にある我が国は、場合によっては人類最後の砦ともなろう。もし救援に軍を出して全滅したから守れませんなんてオチになってみろ、それこそ残った民らに誰が救いの手を差し伸べるのだ?」
「ですが……」
「複数箇所で同時にダンジョンから魔獣が溢れた。これを鑑みれば、単独ではない。ネヴィアの手はそうとう広いと見る視点も残すべきだ」
リットラル総監は兵站をきにしたが、そこは商工連盟と神殿に汗をかいてもらおう。
現在無事なラインまでなら、のちの領土争いは無関心の立場を保てる。引き際を考えたら、ここが限界だ。
だが、それ以上にオレが危惧しているのは、ここにいる全員に国外派兵の経験がないこと。
「将軍が思っているより、ずっと難しいぞ。自国内のダンジョン攻略とはわけが違う」
「士気は維持できます」
「もちろんそこは心配していない。ただ……」
どう伝えたらいいものやらで、つづきが宙を彷徨ってしまう。やってもいない悪事を例に挙げつらうのは、彼らの尊厳を傷つけかねない。
しばし言葉を選んでいると、
「陛下が仰りたいのは素行の問題ですか?」
ルアーナス総監が口を開いた。
「遠い他国で身体を張っていれば、ふとした拍子に傲慢になってしまうこともあるかと思いまして」
「たしかに。ダンジョンでの魔獣狩りとは違う危険と隣り合わせな日々のなかでは、そういう意識が芽生えることもあるかもしれませんね」
「——冗談ではない! 我らの後ろには弱い立場の者が大勢いるのだぞ」
オレが案じた紀律のは乱れ。それを代弁してくれた両総監を、ペデモント将軍は一喝した。
ホントいい奴だな。王国軍兵士をバカにされたと怒ったのだろう。
たぶん、そうなるようにルアーナス総監は大袈裟に言い、リットラル総監も話を合わせた。直接オレから告げては角が立つからだ。
「将軍。オレは兵士たちが日々懸命に努力していることを知っている。真面目なのことも。だとしても事に絶対はない」
「陛下も、我ら王国軍兵士が救援に出向いた先で狼藉を働くと仰るのですか?」
「将軍はそろそろ人の良さが誤ちを招くことを学ぶべきだ。オブルスがやったことを忘れるな」
「…………」
「あれはオレとペデモント——当時兵士長の監督不行き届き。ちゃんと見ていないからああいうことが起こる」
「自分に兵士らを疑えと?」
「疑ってかかれと言っているのではなく、信じて、常々から紀律の利点を説けと言っている。逆に、たった一人の失態が全体の印象を悪くすることだってあるんだ」
むしろ、他国への派兵でオレが一番危惧してるのはこれ。
助けに行ったのに嫌われてしまうこと。そうなれば兵士らは使命感も存在意義も失い、悪循環がはじまる。
「はじめはオレも同行する。他国を通過するのにその方が話が早いだろうし、避難民をどうするのかを協調しないといけないからな。ただ、ずっとはいられない。そのときに兵士たちの気持ちを保つのは、ペデモント将軍、キミの役目だ」
口煩いことは自分らが言うのでご心配なく、とばかりに総監二人は頷きを見せた。
「目的は被害を食い止めること、逃げてきた者に安全な場所を用意すること、まずはここからだ。でなければ救える者も救えなくなってしまうぞ」
「……はい。改めます」
どうやら正しく意図は伝わったようだ。
このあと具体的な話を詰めた。
人員の規模、補給線にはじまり、想定される魔獣への対処方法など細大漏らさず。
そして翌日には編成がはじまり、翌週には先遣隊がレガリスレクス王国を出立した。




