だとしてもだよ
エリテマソーラと馬車に揺られること、しばし。
オレらは王宮に戻った。
それを待っていたかのようにプエルラーレがお出迎え——
「エリテマソーラお姉さま!」
と同時に戯れつくのだ。
醜聞などの話を耳にしたあとなのもあってか、素直に良好な関係だと思えない。この、エリテマソーラに対する甘えっぷりにも裏の意図があったりするのか?
ズバリとなんでも言ってのけるようでいて、プエルラーレはへベス大臣似の腹黒なところもある。
となると悩むだけムダだ。彼女はそうやすやすと本音を悟らせたりなどしない。
「いちおうオレもいるんだが」
「陛下、ゔ、おえぇ……。ムリ、気持ち悪っ」
——ななな、なんでなんでなんで〜ッ!
プエルラーレはオレを見るなり、えずいて立ち去ってしまったぞ。
「えっと……、オレなんかしたか」
「ふふっ。わたくしからはなにも申せません。プエルラーレ本人に聞いてみては?」
いやいや、とても話しかけられる雰囲気じゃなかったろ。
もしかしてオレ、嫌われちゃった⁇
「いずれわかりますよ」
「お、おう」
またエリテマソーラにはぐらかされ、オレはモヤモヤした気分を抱えたまま、マギアレフィカと話すために練兵場へ向かった。
◇
練兵場の近くに兵士たちの休憩室があった。あったと過去形なのは、いまは違うから。
「ちょっといいか?」
ここは現在、王国兵に限らず、一般ダンジョン入場者まで含めた多くのデータを集積、解析に勤しむ研究施設と化しているのだ。
そしてマギアレフィカ第二王妃は、一日の大半をここで過ごすようになっていた。
「陛下。まだ散布図にとりかかったところでして」
「それはいいけど、大丈夫か?」
点を打ちすぎてオレがドット絵に見えてないか心配になるほどの没頭ぶりが窺えた。
魔道士結社から人材を送ってもらってるだし、頼ればいいのに。
「……計測と記録に人手を割かれるので」
なるほど。だから増えた作業は自分でこなすと。
研究者の興味本位が動機なのはわかるが、よくない零細企業の社長みたいな考え方でもあるな。
「適度に休むように」
「はい。して、今日はどのような?」
どうやらマギアレフィカは作業の手を止めたくないようだ。
僅かでも邪険にされるのは、さっきプエルラーレから与えられたダメージもあって、こたえる。
「すまん。手短に済ませる。単刀直入に、木の二属性魔法を使いたい」
「それならばエリテマソーラ第一王妃に頼めばよいのでは? いちおう私も使えますが」
ほう。魔法の第一人者からしても、エリテマソーラの木属性魔法は先に名前を挙げるほどだったか。
「いや、実はさっき見せてもらったばかりだ。で、そのうち炭の不足が起こるだろうから、そのとき『異常繁殖魔法』を利用できないものかと思ってな」
「そういうことですか。つまり荊棘魔法の習得者を集めて、二属性魔法の発動させようとお考えなのですね」
「話が早くて助かる。で、どんなもんだ? やっぱり希少なのか?」
正直そこまで多くはないと思っている。
だから、それなりの賃金を払う必要があるんだろうなと考えていた。のだが——
「農業従事者の半数近く、狩猟と林業の従事者はそのほとんどが習得しておりますよ」
予想外の回答に驚くことに。
「これも大規模な記録から判明したことです。これまでも経験則から『おそらくは』と思われていたことですが、植物に造詣が深い被験者ほど、木属性の習得率が高いという結果になりました」
「となると、レンガ職人は土属性に適性がありそうだな」
「いまのところ職人の参加は少ないので」
被験者側の属性に偏りあり、か。
だとしても、そこそこ精度の高い推論が成り立つ。
「………」
おっとと、作業の手を止めさせていたんだった。
この話はまたこんどにしよう。わざわざマギアレフィカの手を借りなくても、木属性の使い手は集めるられそうだしな。
「いいことを聞けた。二属性魔法の発動が上手くいかなったら、また相談させてくれ」
「はい」
それじゃあお邪魔しました、と立ち去ろうとしたところへ、
「……あの、陛下」
マギアレフィカから呼び止められた。
「プエルラーレ第三王妃は、……どうでしたか?」
らしくない。奥歯に物が詰まったような聞き方だ。
「どうもこうもオレを見るなりえずいていたぞ」
「それは——」
のあとに言葉はつづかず。
彼女が『ご愁傷様でした』なんて言うわけがないし……、ホントなんなんだ?
「では私は作業に戻りますので」
「ああ、いろいろ教えてくれてありがとう」
それだけ告げて、オレはマギアレフィカの研究室をあとにした。すっごくモヤったまま。
このモヤつきの答えをくれたのは、意外なことにへベス大臣だった。
オレが執務室に戻るなり、
「おお陛下ではありませんか。ご機嫌うるわしゅう」
いきなりこれだ。どこをどう見たらオレの機嫌がよく見える。むしろそっちこそご機嫌……ん?
「オレがプエルラーレに避けられたのがそんなに嬉しいのか。いくら親バカでもそりゃあないだろ」
「はて? まだあの娘は話していないのですか?」
話していない⁇
なにを……——ハッ‼︎
ここでオレのなかで点と点が繋がった。
と同時に、かつて中間管理職のオッサンだったころの大ポカの記憶が呼び覚まされる。
兆候はあった、なのに会社内でオレだけが本人から診断書を提出されるまで気づかなかった。そういう失敗談。
「ご、ご懐妊か」
「おめでとうございます、陛下」
「ありがとう。大臣も、おめでとう」
「ありがとうございます」
とのやり取りにつづいて、へべス大臣は深刻な表情をみせた。
「どうした、なにか問題でもあるのか?」
「いえ、そうではなく、私の口から聞いたというのはくれぐれもご内密に願えますと……」
ははーん。プエルラーレが自分で言いたかったのに、父親が先に言ってしまったわけか。なるほど、これは『パパ嫌い』案件となり得るな。
「くふふっ。どうしよっかな〜」
「——へ、陛下!」
このあとしばしへベス大臣とお戯れ。
そこへ、プエルラーレが執務室に入ってきた。
「ホーント仲いいよねー、ヘーカとパパってー」
後生ですからと涙目のへべス大臣に、オレはニヤリと笑みを返して口火を切る。
「プエルラーレ。さっきの態度はなんだ」
「えっとぉ……、ごめーん。でもそういうんじゃなくって〜、なんていうか〜」
うんうん頷いてつづきを促す。と、
「エリテマソーラお姉さまもマギアレフィカお姉さまも気にしないって言ってけど、やっぱり王妃の序列って重要じゃーん。だから、どうしたらいいのかな〜って……」
想定してなかった悩みを吐露された。
だからオレは——
「生まれてくる子には関係ない。大事に育てればいいじゃないか」
うっかり誘導尋問に引っかかってしまった。
みるみるプエルラーレの目が座り、鋭い視線がへべス大臣に向けられたのだ。
「……ねぇパパぁ。あたし、まだヘーカに言ってないんだけどー」
「ち、違うのだプエルラーレ。言ってはおらん、私はなにも言っておらんぞ。陛下がお前の様子を気にされて、それで!」
どうやらオレらの態度で丸わかりだったらしい。
プエルラーレは、口を滑らせた父親をポカポカ制裁する。
しばし平和な光景を眺め、彼女の気が済むのを見計らって、オレは「ありがとう」と「おめでとう」を言った。
「まだそれ言うの早いってばー」
「だとしてもだよ」
「正式な発表は折をみて、ここぞという時分にいたしましょう」
口を挟んだへべス大臣はキリッとした顔を維持できず。二種類の喜びでフニャフニャに崩れた。




