そんな理由でかよ
パッと見は人と区別がつかない。
だが、よくよく観察すれば、青みを帯びた肌や縦長の瞳孔などの瑣末な違いは見つけられる。
けっこうな差を瑣末としたのは、その存在感があまりにも魔王だったからだ。
ハッキリと感じた、コイツは上位九頭竜粘土像より遥かに強いと。
おかげでオレは相対する席につけずに、背中を冷や汗でびっしゃりにしていた。きっと大臣も同じ。
「いつまで我を見下ろしておる。レガリスレクスの国王よ」
まず声の圧からして違うよ。怖っ。
おかげでニクロムっぽい合金元素を見つけたかもと浮かれていた気分は、どこかへ吹き飛んでしまった。
「まさか自らお出ましとは」
心と腰を落ち着けつつ、会話のジャブから。
「我らは汝らとは違う。衣と冠の権威による統治にあらず」
魔王は『個人の戦闘力で支配した』と、そう言いたいわけか。
一言二言話しただけの印象だが、あまり持って回った話し方を好みそうにないな。
遠く離れたゲヌ・フマノイデス首長国連邦から王国まで、魔王自らやってきた性急さからも窺える。
「して、用件は?」
「我と組め。世界の半分、ヒトの世界のすべてをくれてやろう」
おおっと、そうきたか……。
裏で手を組めば不可能ではない。だが、その手順より問題となるのは、二つの大国が残ったあとだ。最悪だと思うぞ。
多少の揉めごとはあっても、世界はざまざまな利害のバランスのうえに成り立った方がマシだとオレは考えている。
よって答えは『いいえ』だ。
ただ、答える前に、もう少し魔王の底を知りたくなった。
「アナタは世界を闇で覆いつくすという話を聞いたが、なぜやらない?」
「知れたこと。そんなことをすれば、我が配下らも飢えてしまうであろう」
ご尤もだ。
というか、できないとは言わないんだな……。
「見たところ、戦に疲れたという様子でもないようだ。ならばどうして我が王国に交渉を持ちかけた?」
「邪神の手先を追い払った王がいると聞いたのでな。……ふむ、汝はなかなか見どころのある人間のようだ。我が配下に加わらぬか?」
「おい、さっきより条件が落ちてるぞ」
「であるな。しからば、やはり世界の半分で手を打とうではないか」
強引な人なのか? コイツは人じゃなくて魔王だけど。
……いや待て。敵対種とヒトで生物学的な違いはあるのか?
気にはなるが、いま考えることではないな。
「仲間割れを狙った罠だとしたら、直に話をもってくるのはあまりに下策。なにかワケがあるのでは?」
「世界を割る以外に落とし所はあるまい。相容れぬ以上、互いに干渉せぬのが唯一の解決策。それとも、汝はどちらかが滅びるまでを望むか?」
意外なことに、驚くほど理性的な動機だった。
戦は煩わしいが相手に倒れてもらっては困る。おそらくこんなところだろう。
とどのつまりは——
「共通の敵を言い訳にまとまらないと身内同士の争いが絶えないのは、そっちも同じなのだな」
「フンッ。抜け目ない。だが勘違いをするな。我にとっては跳ねっ返りの処分に都合のよい小競り合いだ」
なるほど、そういう見方をしているのか。
「レガリスレクスの国王よ、用心するがよい。すぐには問題にならぬかもしれぬ。だが、どちらにも与せぬ者どもは数を増しておるぞ」
すぐには理解できなかった。
ただ、一進一退の戦地があれば、戦後に問題となるのは決まって……。
「戦災孤児か」
「然り。汝らと我らの血が混じったな。ときには我らの側を装い、ときには汝らの側を装い、生き汚く食い繋いでおる。儚くもある、が、それだけに生き残った者らは厄介となろうな」
——そんな言い方!
いいや、非難はできない。積極的な解決に動けていない時点でオレも加担しているのと同然だ。
長くつづく紛争によって、どの勢力も庇わらない混血児が日増しに。生きるために暴力ばかりを覚えて……。
ふと、悪い想像をしてしまった。
思い浮かんだのは、魔女ネヴィアの顔だ。いまはもう知らない別人になっているが。
「即答は求めておらぬ」
おい、さっきと言ってること変わってるぞ。もしや魔王ジョークのつもりか?
「だったらわざわざなんで……」
「決まっておろう。変わり者と噂される王がどんな人物なのか見にきたのだ」
そんな理由でかよ。
違うな、しっかり忠告までしてくれたんだ。いざ和平交渉となった際の窓口くらいの期待はしたのかもしれない。
話は終わりだと魔王は席を立つ。その帰り際に、
「いかに降りかかる火の粉とはいえ、我としても幼き勇者を屠るのは忍びない」
魔王はこんな言葉を残したんだ。
それを共有できただけでも有意義な会談だった。
誰の目にもつかないよう裏口から帰ってもらった。目立つので見送りはなし。
魔王相手に不用心だと咎められそうだが、あちらは小細工せずとも王都を壊滅できるレベルなので、警戒をするだけムダ。気持ちよく帰ってもらった方がマシ。こんな判断でだ。
あくまで肌感でだけど、そう大きく測り間違えてはいないはず。
ここまでして、ようやくホッと一息つける。
「結局、大臣はなんにも喋らなかったな」
と話を振ると、へべス大臣はカハカハと息が危うい感じでソファーに手をついた。
「へ、陛下こそ、よく正面に座って談笑ができますな」
「笑いなんて一つもなかったろ。二回ほど鼻で笑われたか」
「そういう意味ではありません。……恐ろしくはなかったのですか?」
「そりゃあ怖かったさ。いまだって手の震えが止まらなくて、着替えが欲しいくらい服が背中に張りついているぞ」
たとえ魔王だとしても話しをしにきた相手。だったら話すべきだ。
「なんにせよ、言葉が通じるようでよかった。互いの認識が近いとよりいいんだけどな」
たとえば『平和のために』という一言を取り上げても、つづく文脈も異なれば、意味するところがまるで違うこともある。
ホモ・サピエンスしかいない現代の地球だってそうなのだ。近縁亜種が複数いるこの世界だったら、表面上は成立したかに見える会話だって、真逆の解釈をしていても不思議ではない。
「で、大臣。友好国にお知らせしておくか否かだけど——」
「ダメに決まっています! 絶対に口外なさらぬように。王妃たちにもですぞ」
まぁそうなるよな。
でも、とてつもない存在感だったし、気づいてるヤツは気づいてると思うぞ。とくにエリテマソーラ第一王妃とかマギアレフィカ第二王妃とか。
にしても、魔王に接触した王様……か。いまさらだけど、背信者なんて言葉じゃあ済まないな。
でも魔王ってば急にくるんだもん。どうしようもないじゃないか。




