怒涛の月日だったよ……
王様の日々は駆け足で過ぎていく。
真っ先に手をつけたのは、上位九頭竜粘土像討伐における戦死者家族への慰問と年金の手配だ。
可能な限り手厚くと大臣に伝えたので、残された家族が食うに困ることはないだろう。
過払いを避けるため、年度ごとの更新とした。すごく言いづらかったけど必要なことなのでオレが言った。
同時に、各国や各組織へのお知らせだ。
要求すると——
一連の騒動で、最低でも二、三年は対魔王の戦力をおくれなくなりました。悪いのはなにもかも教会のです。
あと、ネヴィアは聖女ではなく『魔女』です。詳細は我が国の機密に触れるためご説明できませんが、魔女ネヴィアはたびたび姿を変え、人々を唆します。我が国もいろいろ大変でした。
目印は『合わせ貝に真珠が入った小物』を持っていので、もし接触の際はご注意を。
——こんな内容の手紙を方々へ。
ちなみに小物については、教会の神父らがよく知っていた。
ハマグリのなかに真珠が入っているみたいな、銀とも金とも見分けがつかない金属性のペンダントヘッドだとか。
ひきつづき国内も探させてはいるが、おそらくもう国境を越えているだろう。
そう想定して魔女ネヴィア追跡の任に当たるのは、先日解体された盗賊ギルドのギルド長——ラトロだ。
彼とは国外追放という司法取引をしていたので、これ幸いと話を持っていったら、引き受けてくれた。
期間は一年間。それを持って恩赦を出すという条件で。
「まさか手下まで用意してもらえるとは」
「勘違いをするな。元盗賊の王国兵だ。半年ごとに報告も兼ねて入れ替えるぞ」
「もう悪さなんかしませんって」
裏切ればへベス大臣のお手紙攻撃が待っている。彼だって、国際指名手配犯にはなりたくないだろう。
直ちに支度を済ませ、形式上は国外追放というテイで元盗賊ギルドギルド長ラトロを送り出した。
公開裁判で下した刑罰も執行した。
対象は強盗行為に加担した冒険者や盗賊たち。
元勇者パーティーは海岸の塔ダンジョンで全滅したので、書類上のみで処理。
あまり喜ぶ気にはなれないが、今回の極刑によって一つの謎が解けた。経験値についてだ。
どうやら人の経験値は少ないらしい。
気持ちのいい話ではないけど、機会をムダにしたくないので、未だダンジョンでの任に当たっていない兵に執行を任せた。
結果は、一つもレベルは上がらず。魔獣を軽々と蹴散らす冒険者たちの経験値を得たにも関わらずだ。
このことから導き出されるのは、人間はレベル以上に強い。装備や戦術を持っているのだから当然かとも思えた。
もしくは、同族だと獲得効率が悪い可能性も否めない。こうだとすると、ダンジョン内で魔獣が同士討ちしてもレベルが上がっていない点にも説明がつく。
そもそも魔獣が経験値を得られるという前提自体が間違っているかもしれないが。
とにかく、極刑は国民の知らないところで執行された。
他に、ダンジョン管理局も短い期間にも関わらず機能しはじめていて、現在、王国内三つのダンジョンの第三階層までを攻略済み。
それに伴い、商工連盟との直接取り引きと活発になった。
かつてより国庫は潤っていく。
へべス大臣は収支の説明のたびにホクホク顔を見せていた。
また、教会はガワだけ残したまま擁護施設を兼ねた学び舎となった。
他国の教会からの干渉はいまのところなし。だが、ほとぼりが冷めたころに来るとして備えておくべきだろう。
こちらもまだまだ手を加える余地があるけど、文字や簡単な算術を教えるくらいは以前からしていたので、しばらくはその延長だ。
付随して、高度な学問を扱う研究機関も設立予定。まずは魔道士結社の主席導師と約束した『魔法研究室』から手をつけた。
マギアレフィカ第二王妃はかなり乗り気なようなので、当面は丸投げ——もとい、自由にやってもらうことにした。
そして神殿。いまさら職業訓練と資格認定の件を交渉にきたのだ。
でも遅い。元盗賊にはもう働いてもらっている。
なので、代わりのお土産と言ってはなんだが、こちらの要望を連ねた書面を渡して、お帰り願った。
さすがに事後に訓練費と認定費を要求されても、応えるわけにはいかない。
ずっと渋い顔をしていた大神官だったけど、
「あら、神殿はなにもしていないのにお布施を求めるのですか? まあ、案もなくいらっしゃったとは驚きました」
というエリテマソーラ第一王妃の一言で、
「陛下の草案を持ち帰り、前向きな検討を重ねたうえで出直します」
結論を出せない会社員のような曖昧な発言のあと、すごすごと引き下がった。
上下関係のない組織のまとめ役も、苦労が多いのだと同情した。
……本当に、怒涛の月日だったよ。
血生臭い事件がなかったのが、唯一の救いか。
「もうそろそろ、魔女ネヴィア追跡人員の入れ替え時期だな」
「すでに手配は済ませておりますぞ。帰還次第、報告に参るよう伝えておきます」
このへべス大臣の様子から察するに、吉報はないようだ。
粗方の懸案事項を片付ける、または手をつけはじめたオレだけど、まだ三つ、手元に残したままの案件があった。
そのうち二つをこれから済ますわけだが……。
「ユエニスとオブルスが参りました」
「通してくれ」
謁見の間ではなく応接間で話すことにした。
オブルスが罪人というのもあるが、謁見の間だとユエニスくんが素直に話せなくなりそうだと心配したからだ。
さきにユエニスくんが部屋に入り、なんどか着席の勧めと遠慮をラリーさせたのち、オレの前に座った。
その後、ややあって拘束されたオブルスが連れてこられる。気は引けるが彼は地面に膝をつくことに。
「さて、二人を呼んだのは他でもない」
「——僕を勇者にしてくださるのですね!」
困ったことに、ユエニスくんは勇者になりたくてしかたないのだそうだ。なんたる皮肉か。
まだ教会の洗脳が解けていないのかと様子をみていたが、どうも、その意志は固いようなのだ。
「これユエニス。陛下のお話に口を挟むなど、なんたる不敬か!」
「まぁまぁ大臣、叱ったりするな。まだユエニスくんは子供だ」
オレは『子供』という枠を突破口に諦めさせるつもりだったが、
「僕は十二となりました。子供ではありません」
「そういう口答えが子供だと、陛下は仰られておるのだぞ」
「……」
納得は、するはずないよな。
仮にも勇者に選ばれた彼には才能があるのかもしれない。または幼さゆえの英雄願望か……。
「あと四年、十六となるまで待つのはどうだい」
「でも魔王が——」
「キミは四年以内に魔王を討伐できると、そう言い切れるのか?」
「…………」
「なにもオレはダメとは言っていない。キミに、勇者となり魔王を討伐する強い意思があるのなら、四年間ダンジョンで鍛えるんだ。四年でオレを納得させてみろ」
「……わかりました。上位九頭竜粘土像を、僕一人で倒せるようになってみせます!」
いい啖呵だ。
もちろん、一人でなんて行かせないけどな。
「楽しみにしているぞ」
「はい! ではさっそく、僕はダンジョン管理局へ行ってきます」
言うなり部屋をあとにした。
「許しなく御前を去るとは……。教育係はなにをしておるのだ、まったく」
「大臣、そう目くじら立てるなって。城で保護したときよりヤンチャになるなんて、子供らしさが出てきて結構なことじゃないか」
「いいさか甘すぎるのでは?」
オマエの末娘に対する甘さよりはマシだ。
「さて、オブルス」
「……はい」
「いまの話は聞いたな」
かつての彼なら、本物の勇者との会話を端で聞かされるという状況に不満を覚えたことだろう。自分の道化っぷりを笑うのかと。
だが、いまは違う。
「ようやくキミの刑罰が決まった」
「……っ。ど、どうか妹だけは! 悪いのは自分だけなので、どうか、どうか!」
「落ち着くのだオブルス」
「……す、すみません」
「困りものですな。陛下が甘い顔ばかりするから、ユエニスにせよ、罪人であるオブルスまでもがつけあがるのですぞ」
耳が痛い。
だが、ちゃんと話したいんだ。だからオレのスタンスを変えるつもりはない。
「強制した敬意になんの意味がある。そんなもの願い下げだ」
「……ハァ」
「それでは、沙汰を下すぞ」
ゴクリと生唾を呑みそうな場面なのに、オブルスは妹の心配しかしていない様子。
「国外追放だ」
「…………はい」
もう妹とは会えないと理解したのか、極刑でない温情を理解したのか、微妙な表情で俯く。
「妹に会いたいか?」
「——最後に会わせていただけるのですか⁉︎」
「四年後、国境でならばと条件はつけさせてもらうがな」
意味がわからんという顔を向けられた。たしかにオレの言葉足らずだ。
「キミには魔王との最前線を経験してきてもらいたい」
「やっぱり捨て石——いえ、なんでもありません」
「違うぞ。見聞きした情報を持ち帰るんだ。勇者ユエニスと王国軍を向かわせるにあたっての現地調査。たとえやり遂げても恩赦は出せない。これが、キミへの罰だ」
彼を救うにはこれしかなかった。
結果として、若者に生命を張らせるという決断をしてしまったんだ。帰ってきたオブルスを迎え入れてやることすらできない。
わかっている。国家元首の暗殺は未遂であっても重大な罪だ。それは理解しているんだ。
ただ一方で、部下の部下の不始末、その監督責任はオレにも帰結するわけで……。
「必要経費とは別に四年分の給与も出す。いいか、四年間だけだ。受け取りはキミの妹。この意味がわかるな」
「も、もし自分が死んだら、どうなりますか?」
「発覚次第、停止となるだろうな。すまんが王国兵のように遺族年金などは適応できない。だから、必ず生き抜け。キミが生きて報せを持ち帰ることで、多くの生命が救われる。ひいては、ペデモント兵士長に報いることにもなるぞ」
すべて事実とはいえ、都合のいいことばかり言っていると思わなくもない。
捉えようによっては大司教とやっていることは変わらない。なんて汚い妥協なんだとも思う。
「キミの妹だが、教会で養護の仕事をしているそうだ。出立に立ち会わせるわけにはいかないが、なにか伝えたいことがあれば、手紙を書いておくといい」
「重ね重ねのご温情、ありがとうございます……っ……っ……」
ぜんぜんだ。すまんが、ここまでがオレのできる精一杯。王様の権力なんかこの程度なんだと思い知らされた。
オブルスを下がらせたあと、オレは練兵場を訪れた。
ままならない気分を紛らわせようと、以前設置したウォーターバッグふうの打撃力計測機器を叩こうと思ってだ。
しかし間の悪いことに、そこには先客——
「ていや、えいや! 陛下のバーカ!」
最後の懸案事項がいた。
自分だけネックレスを貰っていないと、拗ねに拗ねたプエルラーレが一心不乱に棒でペシペシしてたんだ。




