情緒がブッ壊れそうだよ
上位ヒドラ粘土像は砂粒の山となったあと、サラサラと消えていった。
兵士たちが総出でタコ殴りをはじめてから、かなりの時間が経って、ようやくだ。
偶然にも討伐した場所は、三階層の外壁に開いた穴のあたり。
目印のように宝箱が複数残され、それを兵士たちが開けにいく。
「罠とかないよな?」
「ドロップアイテムに罠はありません」
冒険者組合組合兼ダンジョン管理局の局長が言うなら間違いないか。
「陛下! ご確認ください」
持ってこられたのは、最も大きく豪華な宝箱の中身。九つの意匠を絶妙なバランスで組み合わせたド派手なネックレスだった。
これは身につける者を選びそうだ。デザイン的な意味でも、アイテムの効果的な意味でも……。
「陛下が装備なさいますか?」
「いいえだ局長。こんなのオレに似合うわけがない」
というより、
「危機的状況であったとしても、これはあくまでダンジョンからの戦利品」
だったらダンジョン基本法に則って処理すべきじゃないか。
「ですので、一割を歳費から納めればよろしいのでは?」
「あのな局長。これはみんなで倒した結果なんだぞ。それをオレが独り占めなんてしてみろ、今後に差し支える」
「……陛下。ご謙遜もほどほどに。王国軍の流儀は存じませんが、冒険者のあいだでは、戦闘における最大の貢献者が一番に習得品を選び取るものです」
なるほど、累計最大ダメージで優先順位が変わるのか。
「それは不公平なルールだな」
「と申しますと?」
「斥候や盾役、ヒーラーが不利じゃないか」
「……ふむ。たしかにそのような不満はありましたな。では戻り次第、改正に向けた草案を認めましょう」
そうしてくれ。とオレが応えた。そのときだ——
「まあ、上位九頭竜粘土像を倒してしまうだなんて」
お馴染みのダンジョン三階層外壁の穴から、いまごろになって聖女ネヴィアが声をかけてきた。
「そこで待っていろ。オマエには相応の罰を与えてやるから」
「そう言われて待つ者などおりますかしら」
聖女ネヴィアは手にした小物を懐にしまい、顔を引っ込める。
「待て! 魔獣の餌になりたいのか?」
「ここの魔獣は食事などしませんわー!」
この期に及んで、どうして余裕たっぷりでいられる。まさかまだ隠し玉でも用意しているのか? 勘弁してくれ。
というオレの嘆息を、聖女ネヴィアは驚愕に変えた。
塔のなかへ踊るように姿を隠したかと思えば、なんと——飛び降りたのだ。
海岸の塔ダンジョンの三階層。三階建てではない。高い高い天井と分厚い床が三つぶん。要するに、まず無事では済まない高さから。
「——なッ。忍者じゃあるまいし!」
助走をつけたのか、だいぶ遠くへ、さらには修道服を大きく広げてムササビみたいに。
オレらの頭上を越えて、森の方に落ちた。
「追え!」
「「「ハッ‼︎」」」
直ちに兵士たちを落下地点へ向かわせる。
木々がクッションなったとしても、動ける状態にはないはず。
「嫌がらせのつもりでしょうか」
「だったら聖女ネヴィアの自傷行為だけで済むんだけどな」
そんなわけがない。必ずなにかあるはず。と、オレは警戒心を高めて報告を待つ。
第一報のあと、かなり待たされた。
というのも、
「またしても呆気ない、とは言えないか。惨たらしい最後だな」
すぐに聖女ネヴィアの遺体が見つかったからだ。
正確なところは、オレが実況見分を望んだので、周辺の安全を確認するために時間を要した。
「この短時間のあいだに、乱暴されたようですな」
見ればわかる。目を背けたくなる惨状だ。
どんな着地をしたのか想像もつかないけど、両手両足が骨折している。ポキッと折れるのではなく複雑な方。
そんなネヴィアの修道服をベリベリに破っての……か。とんでもない悪女が被害者だとしても、胸糞悪い。
「争ったあとはありませんな」
この程度の荒事には慣れているのか、局長は淡々と述べていく。
「引きちぎられた、チェーンか」
首の周りに砕けた銀片を見つけた。そういえば、聖女ネヴィアは小物らしき物を弄っていたような……。
「物盗りでしょうか」
「それが起こるような場所じゃないだろ」
「ですな」
これ以上のヒントは得られず終い。
オレは下手人を追わせることにした。
任せたのは、
「得意分野です」
「おいおい、俺らは追われる側だろ」
「追われたからそこだぜ」
元盗賊の新兵たちだ。
もちろん監督に王国兵をつけるのも忘れない。
これは裏切られる心配をしてではなく、まだ油断はしていないと見せるため。
「信用ねぇなぁ」
「信じているからこそ頼ったんだ。ぜひ結果を持ち帰り、キミらの有能さを見せつけてくれ」
「そしたら昇給ですかい?」
「バカお前!」
「いいや構わん。技能を正しく査定できない組織に未来はないからな。ほら、急がないと逃げられる一方だぞ」
犯人を捕まえたところで、どれだけの背景を知っているか、期待は薄い。
やはりこれはエリテマソーラ案件かな。ハイエルフとダークエルフのハーフである彼女からなら、なにかしらの知見を得られるかもしれない。
……ハァ。ホントなにがなんだかだ。
◇
城に戻った翌日——
エリテマソーラ第一王妃を部屋に呼び、話を聞くことに。
彼女に粗方の事情を話し終えたところへ、続報がもたらされた。
説明に訪れたのはへベス大臣だ。
オレがダンジョンに行っているあいだも現在も、対応に追われて少しやつれた様子。
「なに! 国境付近で逃亡した役人の遺体が見つかっただと?」
「はい。聖女ネヴィア一味の手引きをした裏切り者の一人で間違いないとのことです」
ここでエリテマソーラが、口を開く。
「似て非なるものでしょう。どちらも禁呪の類なのは同じですけれど」
「手間をとらせるが端折らずに説明してくれ」
なんとなくの理解ではマズイので、強めに頼んだ。
似て非なる禁呪というのは、オレの王様との入れ替えを指している。これはすぐにピンときた。
というか、エリテマソーラ第一王妃は禁呪を使ったと自白したようなものだぞ。
いったいどういう規則に触れるのか気になるところだが、それを聞きはじめると話が逸れるから、またの機会に。
それより、
「共通点は身体の入れ替えか」
こっちが先。
おそらく、元勇者パーティーの連中にムチャをさせる取り引き条件にしたに違いない。
「入れ替えというよりも、乗っ取りと言うべきでしょう」
「……なんというか、それは一方向すぎやしないか?」
代償なくそれができるなら、ほぼ無敵だろ。
「ふふっ。陛下は面白いところに目をつけられるのですね」
「茶化すな」
「聖女ネヴィアの最後をご覧になられたのでしょう?」
「……身体の交わりが必要条件なんだな」
エリテマソーラ曰く、他にも複雑な手順があり、心から相手に身体を捧げる気にさせることが最も大きなハードルとのこと。その後、身体を許すのだとか。
かなり生々しい話だったので、複雑な気分にさせられた。なので『沼らせる』以上の男女間のお作法についてはセルフレーティングってことで。
なんにせよ、オレや兵士たちが術中に陥る心配はなさそうだ。
しかし聞いた手順どおりだと、元勇者パーティーとの取り引きは成立しない。単に連中が騙されただけか?
相手を害することは発動条件に入っていないから、一度実演してみせれば納得させられるはず。こう考えればしっくりくる。
ちょっと本題と逸れたな。話を戻そう。
「大臣。聖女ネヴィアは役人の身体を乗っ取ったあと、さっきの報告からして、さらに別の女性に乗り移ったと見て間違いなさそうだな」
「はい。裏切り者の遺留品に、陛下が仰っていた小物らしき物はなかったとのことです」
「それが唯一の目印か……」
なにか心当たりはないか? とエリテマソーラに問おうとしたが、
「わたくしはそろそろ」
さんざん秘密っぽい話を聞かせてもらったんだ。これ以上は頼りすぎになるか。少しは自分で調べないとだな。
「貴重な話をありがとう。そうそう、今回の礼と言ってはなんだけど、約束の……」
例の、上位ヒドラ粘土像がドロップしたネックレスだ。
まだルールない以上、現行の慣習に従うしかないのでオレの拾得物となった。
処分してしまうことも考えたが、査定表に載ってなくて、現金化には時間がかかるとのこと。
あと、もし売ってもオレの財布に金が入るだけだし、同じく一割を国庫に収めるならと、この機会に放置していた約束を果たしてしまおうと考えたわけだ。
「……まあ。よろしいので?」
「オレはエリテマソーラ以外に、これが似合う女性を知らない」
「ふふっ。そんなことを言っては、他の王妃がムクれてしまいますよ」
マギアレフィカにその心配はないけど、というか彼女には最初にネックレスを贈っている。
となると問題はプエルラーレだが……まぁ、考えがないわけじゃない。喜んでもらえるかはわからないけど。
オレを不安にさせているあいだに、エリテマソーラは長いプラチナブロンドをアップにしてネックレスを着けていた。
「どうでしょう?」
なんというか、深く柔らかそうな谷底に色とりどりの宝石の大花が咲いているようだ。
我ながら残念な表現だってのは自覚している。
とにかく結論は——
「よくもまぁそんなド派手なアクセサリーを着けこなせるものだな」
「それは褒めていらっしゃるの?」
「褒めてない。それはエリテマソーラ以外には似合わない。こんなの誰が見ても同じ感想だと思うぞ。だからすまんが、褒めはいないな」
「うふふっ。それでは、次はこのネックレスに相応しいドレスとメイクで陛下のもとへ参ります」
と、機嫌良く帰っていった。
やっぱりエリテマソーラの機微は理解できない。
「さて大臣。件の小物についてだが、まず教会関係を当たって……」
って、こんどはなんだよ。
娘を蔑ろにされたとでも思ったか? 違うって。大丈夫、ちゃんと考えてるからそんな顔しないでくれ。
公開裁判から上位ヒドラ粘土像へつづき、聖女ネヴィアの失踪と乗り移り、さらには王妃の機嫌取りから派生したへベス大臣の不機嫌と立てつづけ。
どれもこれもジャンルがバラバラ。要求される切り替えの早さに、オレの情緒はブッ壊れそうだよ。




