聖女ネヴィアを包囲せよ!
「どこへ行かれるおつもりですかな」
「地下牢に決まってるだろ」
「陛下!」
「なんだよ」
「陛下が現場に向かわれても役には立ちませんぞ」
…………だな。
でも言い方ってものがあるでしょうが。
「未だ賊が潜んでいるやもしれません。身辺の警護も増やしますので」
「いまは一人でも多くの兵を……いや、わかった。それより状況は?」
へべス大臣から聞かされた内容は、居ても立っても居られない気分にさせるものだった。
「元勇者パーティーのヤツらが逃げた⁉︎」
「はい。外部からの手により」
残念なことに、役人のなかにも内通者がいたらしい。この騒ぎに乗じて姿を眩ませた夜勤の者らがいたとのこと。
内部通報だけですべてが済むとは思っていなかったが、最悪の形で表面化してしまったな。
「……内側から侵入者を手引きされたか」
「そのようです。また、大司教ら捕えた教会幹部は皆——」
「まさか口封じにッ⁉︎」
「動機はわかりません。報告によると、全員が口から剣を飲まされていたとのことで……」
惨いことをする。大司教たちは断末魔もあげられずに、じわじわと絶命させられたのか。
「被害は教会の直接関係者のみで、その他の囚人には手を出していないようです」
「犯人の目星はついているのか」
「害された者と脱走した者からの推測でよろしければ」
「それならオレと同じ結論だ」
十中八九、聖女ネヴィアの手の者だろう。
しかしこんなわかりやすいマネをして、いったいなにが目的だ?
どこへ逃げるにしても王都を集団で動けば人目につく。夜更けであってもだ。そうそう行方を眩ませられるものではない。
「いまは目撃証言待ちか」
「はい。ご報告は以上です。それでは陛下はお休みを」
「こんな状況で寝ていられるか!」
「——だとしてもです! 明日より重大な判断を迫られることもあるでしょう。ですので、いまは身体を休めてください」
……ご尤もだ。
こうしてオレは眠れぬ夜を過ごした。
◇
翌朝、続報のまとめを聞く。
「王都を離れて以降の目撃例は途切れておりましたが、海岸の塔ダンジョンより注視すべき報告がありました」
「ダンジョンだと⁉︎」
どうしてそんなところに。
「以前、陛下もご覧になった三階層の壁の穴——」
「まさか本当にダンジョンに逃げ込んだのか」
「はい。正面突破ではなく忍び込む形で。しかし陛下のご判断により巡回をしていたおかげで、発見できたようです」
「ということは、誰何した兵士は無事なのだな」
「……辛うじて」
くっそ。いや、ここは息があることを喜んでおくべきか。
ケガは水の二属性魔法で癒せる。痛みの記憶までは消せないが……。
「多くの手練のなかに、華美な修道服を着た者がいたと」
「となるとやはり?」
「ほぼ、間違いないでしょうな。教会の方を調べたところ聖女ネヴィアの姿はなかったとのことです」
主犯格の特定はできた。
だが、わからん……。
「どう考えても袋のネズミだろ」
「まったくもって意図が見えてきませんな。されど、放っておくわけにもまいりますまい」
「ああ。では、山麓の洞窟ダンジョンと廃墟の地下ダンジョンからも兵士を集めてくれ」
「そこまで念を入れますか?」
「もちろん封鎖に困らない最低限の人員は残す。ただ……」
苦し紛れで逃げ込んだだけとは思えない。
ましてやダンジョンを隠れ家にしたり行き掛けの駄賃でアイテムを回収、なんて線もないだろう。
「聖女ネヴィアがなにを仕出かすつもりか読めない以上、できる限りの備えで対応しよう」
「御意」
三つに分けていた王国軍を糾合して、いま出せる最大の戦力で海岸の塔ダンジョンを取り囲んだ。
包囲が完了するまでにかかった時間は、二日。
これでも早すぎるくらいなんだが、現代を知るオレからすると、ものすごく焦れる時間でもあった。
「リットラル兵士長、現状を」
「ハッ! 聖女ネヴィアとその一味は、三階層へ繋がる穴より侵入した模様。以降その動向は不明です」
「出てきてもいないんだな」
「はい」
「一味の構成は?」
「元勇者パーティーの者およそ二十と、非戦闘員らしき男が二名です」
「非戦闘員? どうしてそうとわかる?」
「縄を伝い三階層へ登るのに、手こずっていたとの報告から判断しました」
なるほど。おそらくソイツらは牢破りを手引きした内通者に違いない。
しかし報告では裏切った役人は三名。一人足りないのは引っかかるな。
「足手まといまで連れていくとは、ますますもって意図が読めない」
オレは鼻からため息を漏らしつつ、第三階層の外壁の穴を見やった。当然なにかを期待してじゃない。
だがそこには——
「いけない。見つかってしまいましたわ」
ちっとも困った様子のない修道服姿があった。
しかし通る声だな。こっちは首の可動域ギリギリまで見上げる高さだというのに、よく聞こえる。
「オマエがネヴィアか!」
「はて、人違いでは?」
聖女ネヴィアは手にしたなにかを弄りながら、小首を傾げた。
「私は、ただただ塔のなかに迷い込んでしまったどこにでもいる聖女ですのよ」
「煽りたいならもう少し上手にやれ。で、なにが目的だ?」
「ひどいです! 私は困っているだけですのに」
さっきから支離滅裂だ。
時間稼ぎがしたいならわざわざ顔を見せる必要もないし、手懐けた者らにやらせればいい。まともに話したらダメなタイプなのか?
「困りましたわ。ここからですと塔の反対まで見えないのですもの」
「大して変わらん景色だぞ」
ネズミ一匹逃すつもりはない。包囲は完璧、だから諦めて投降しろとオレは勧告しようとした——そのときだ。
「ご親切にありがとうございます。フフッ、そろそろかしら。それでは王様、ごきげんよう」
聖女ネヴィアが顔を引っ込めるなり、ダンジョン入り口の方が騒がしくなった。
「陛下ぁ〜〜ッ‼︎ たたた大変です、元勇者パーティーの者が! 大量の魔獣が!」
兵は伝令すらままならない慌てぶり。
オレは外壁穴の見張りを残して、現場へ向かった。
するとそこでは——
ダンジョンから飛び出してきた満身創痍の男を追って、無機質な異形の群れが。それも、あとからあとからキリがなく、我れ先にと入り口にひしめきあっているではないか。
魔獣どもを先導してきたのは裁判でも目にした元勇者パーティーの戦士の一人。
ここまで全力で駆けてきたからかオレらを前にして、よろけて転ぶ。そして魔獣に集られるんだ。
そいつは断末魔をあげる間もなく生命を散らした。
ただ散り際、オレらへ向けた顔に恐怖の色は微塵もなく、欲望にギタついた笑みを浮かべてすらいた。
「ぇ、MPK狙い……」
なんどでも復活できるゲームじゃないんだぞ!
こんなの狂気の沙汰だ。なすりつけるでもなく、自分を餌にして魔獣の群れを連れてくるだなんて。
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枝垂みかん




