お土産を用意しますよ
め、めちゃくちゃ叱られた……。
大神官と主席導師代表との交渉で、ついつい熱が入りすぎて社会人モードで話してしまった件についてだ。これをへべス大臣はチクチク指摘してきた。
いや、耳を傾けるべき諫言なのはわかっているけど、弾劾ではなく交渉なら丁寧語の方が喋りやすいのも事実で……。
「ダメです」
「う、うむ。気をつける」
さて、休む間もなくこんどは別室に待たせてある教会の神父たちとの懇談だ。
長いこと神経を張り詰めていたから少しだけリラックスしたかった。だから神父たちとの席に、茶と軽食を用意してもらったのだが……。
ぜんぜん手をつけてくれない。
これではオレも食いづらい。
「毒なんか入ってないぞ」
「「「——そ、そのようなことは!」」」
軽いジョークのつもりが、ビクリと萎縮させてしまった。
この緊張ぶりから余程覚悟を決めてのことだろうと察せる。となれば、さすがに物を食べながら聞くというのも憚られてるな。
「まずはキミたちが誰かを聞かせてくれ」
「こ、これは大変失礼しました!」
「いやいや、オレははじめましてをしたいだけだ」
応接間にいる神父は三名。
いずれも若い。一番上でも三十代そこら。
自己紹介兼ご機嫌うかがいの挨拶もそこそこに、年長の神父が意外な本題を切り出した。
「陛下のご威光をもって、教会を解体してはいただけないでしょうか」
「…………はい?」
てっきり大司教らの減刑を求めるか、教会への便宜の継続を願い出るものだとばかり思っていたが。
「すまん。まったく経緯が見えない。詳しく理由を頼む。話が長くなっても構わないから」
「ありがとうございます。それでは……」
年長の神父が語ったところによると、教会のガンは大司教とその取り巻きだけではないらしい。
名前を聞いてピンとこないくらい前に、たしか王様になってすぐに名を聞いた——
「聖女ネヴィアをのさばらせておいては、教会は腐ったままです」
教会のもう一つの権威。
聞けばかなりの悪女のようで、元勇者パーティーの男たちを虜にし、孤児たちも手懐けていたとのこと。
その者ら手駒を使い、教会にとって後ろ暗いことの多くを取り仕切っていたそうだ。
どこまで信じていいものやら……。
「誰か、ユエニスくんを呼んできてくれ」
彼も勇者と認定されたからには聖女ネヴィアと会ったことくらいあるはず。
「これからユエニスくんの個人的な印象を聞く。キミらの認識と違っていても、絶対に口を挟まないように」
念押しをしたあと、やってきたユエニスくんから聖女についての話を聞く。すると、
「僕は……、苦手でした。なんというか、すごく近くに寄ってきて……。——で、でも他の子たちは、お母ちゃんに甘えるみたいにする子もいたので……」
かなり気を遣った証言をしてくれた。
裏の顔はユエニスくんには見せていなかったのだろう。
ただ、神父の発言の一部は確認できた。
「参考になった。ありがとう。裁判につづきお疲れさま」
「いえ。……あ、あの陛下」
珍しい。自分からなにかを言いたがることなんてなかったのに。
オレはゆっくり頷いて、急かさず聞く姿勢をみせた。
「教会の子たちは、どうなるのでしょう。僕と同じようにお城での生活を与えてくださるのですか?」
オレとしてはユエニスくんを城で預かっていることにも、反対だ。
大司教からの保護という理由でここにいてもらっていただけ。本来なら、然るべき養護施設でのびのびと育ってもらいたい。
「教会での暮らしはどうだった?」
「お城ほどよくはなかったです。でも、僕は他の子とは違う感じだったので……、わかりません」
なるほど、仮にも勇者だもんな。特別な扱いをされねいても不思議ではない。
「ここまでの証言に補足があれば、聞かせてくれ」
「勇者ユエニスをはじめとした見どころのある子供は選別をされ、他の子とは違う生活をさせられていました」
苦々しそうに年長の神父は語った。
「それは、それぞれの学びの過程に合わせた区別ではなく、だな」
「はい。勇者候補は教会の認める勇者として。他の子たちは教会の子として、です」
「……ハァ。そういうのを洗脳って言うんだ」
とくに気に入らないのは、特別扱いする子とそうでない子の格差を置くことで、教会が決めた立場を刷り込もうとしている。なんて悪辣な。
「キミたちは今後もそれをつづけたいのか? 変わる機会は欲しくないのか?」
「「「——ッ」」」
「オレの結論は『教会を解体しない』だ。なぜなら他国の教会との軋轢が生じるから。我が国にとっても国民にとっても利がある話ではないだろ」
あからさまに残念そうにされたのは、話のわかる王様という評価があってだろうか。だとしたら、もう少しだけオレの話に付き合ってくれ。
「すべての国民が公開裁判の顛末を知っているわけではない。悪いのは大司教ら上層部で、キミたちのような存在に希望を見ている信者だっているのだろう」
「ですが我々では……」
「どうにもできなかったな。それは重く受け止めてほしい」
「「「……はい」」」
「うむ。でだ、視点を外に移すとこれまた厄介。他国の教会の信者が事情も知らず、いや、教会の言い分を鵜呑みにした場合、きっと我が国にいらぬ悪感情を抱くだろう。その反発が外交に悪影響を及ぼす可能性がある、という政治的な判断も容易に教会を潰さない理由だ」
これを現代に置き換え『ある日、政府が世界中に信者がいる宗教を排除した』としたら、どうなるかは火を見るより明らか。
信者一人一人は力ない個人。だが、一つの信仰のもとに束ねられたとき、その影響力は国家と比する。
なので、もし対処するなら団体相手ではなく、特定個人への制裁とするべき。つまりだ——
「使える機能だけは残して不要なところは取り払え。オレはこう考えている」
「……と、仰いますと?」
「さっきも言ったとおり教会の看板は残して、聖女ネヴィアだったか、他にも厄介なお歴々がいるならまとめて排除する。キチンと他国にも説明できる形でな。そのうえで、養護施設として、キミたち神父の教育の場として、子供や貧しい人々を救う機能だけを活かしてもらいたいのだ」
べつに神父たちは教会自体が憎くて解体を望んだわけではない。自分たちの立場では腐敗を止められない、だから王様に壊してくれと願い出たんだ。
だったらオレの案に乗れるよな?
「陛下のご温情、心より御礼申し上げます」
「待て待て、まだ絵に書いた餅だぞ」
「「「もち?」」」
「まだなにもしていないという意味だ。それに、これからキミたち神父にもたくさん働いてもらうことになるので」
オレは手付かずの軽食の皿をスッと押し出した。
「いまは英気を養ってくれ」
「ユエニスくんも、よかったらどうだ?」
「は、はい!」
はじめは遠慮気味に手を伸ばしたが、さすがは食べ盛り、モリモリと食う。
対して神父たちはモソモソと、申し訳なさそうだ。
「教会で養っている子供の人数を教えてくれ。キミらだけ食べるのは気が引けるんだろ」
土産を用意しますよ、という意図は伝わったようで、神父たちは揃って頭を下げた。
というか、彼らにしたって二十代三十代、オッサンのオレよりは食うだろ。まずは腹を落ち着けて、詳しい話はそれからだ。
聖女ネヴィアの罪状を調べ、それが事実ならどうやって排除するのか、このあたりの話はオレと大臣の二人で話せばいい。
いまは若者たちと、教育機関についての議論を交わすとしよう。
公開裁判にはじまり、比較的友好な勢力との会談とつづいた一日も、若い神父たちとの前向きな話で終わった。
汗を流してベッドに潜り込むと、うとうとを待つことなく睡魔に襲われる。
オレは、明日のことは明日でいいやと目を閉じた……。そこへ、
——ダンッ‼︎
扉をこじ開ける勢いで大臣が転がり込んできた。
「一大事にございます!」
「いったいなにがあった⁉︎」
「牢が、地下牢が破られました」
「……ハ⁇」
そんなことあり得るのか? 厳重に警備されてる城の、しかも地下牢だぞ。




