中間管理職をなめるなよ
「ホントのホントにギリギリだったんだからぁ」
プエルラーレ曰く、オレとへべス大臣が城を空けてダンジョン篭りしていたあいだ、プエルラーレはさまざまな対応の合間にオブルスの妹を探していたらしい。
正確には、手の者に探らせていたんだとか。
「司教たちを蹴っ飛ばしてた酒場の娘たち、あの娘たちもそう」
「となると、パン屋のおばちゃんも?」
「パン屋ぁ⁇」
あの人は違ったか。
なんにせよ、へべス大臣の娘だけあってよく配下を仕込んでいる。
王様公認のケンカとはいえ、攻撃の前に断罪をしておくアドリブ力には空恐ろしさを覚えるな。
「ヘーカが裁判してるあいだに、間一髪、連れて行かれそうなところを助けたってわけ。へへ〜んっ」
だからあのタイミングだったのか。
「プエルラーレ、本当によくやってくれた」
「んーん。ホントはもっと早く連れてきたかったんだけど〜、終わり際になっちゃってたし」
たしかにもう少し早ければオブルスの証言を得られた可能性もあった、か。
だとしても救われた。このあとオレは厳しい判断を迫られることになるが、これで、個人的な感情を排して臨める。
「あと〜、ヘーカとお話ししたいって神父さんたちも連れてきてるから、あとで話を聞いてあげて〜」
「あとで?」
「ほら、せっかく来てくれた大神官ゲーカとマギアレフィカお姉さまの後輩さんに、お礼言わないとじゃん」
ほぼほぼいるだけだったが、公開裁判に大司教を誘き寄せられたのも、彼らがいてくれたおかげ。ちゃんと礼はしておかなければ。
「では、神父らは別室で待たせておいてくれ。あとから向かう」
「はーい。案内しとくね〜」
わざわざプエルラーレが話をしろというくらいだ。きっとその価値がある人物たちなのだろう。
◇
応接間には、オレとへべス大臣、それとなぜか神殿代表の大神官と魔道士結社の現主席導師が同席していた。
二人はグローバルな組織に属している。だが、組織すべてのトップというわけではない。このあたりは教会も冒険者組合の組合長もいっしょ。
要するにレガリスレクス王国内における所属組織の最高責任者なのだ。わかりやすくいえば支店長みたいな立場。本社がないなら、他国の同組織とは横並びの関係なのだが……。
それはさておき、こういう場合って個別に対応するのが普通なのでは⁇
「このような機会でもないと、大神官猊下のお言葉を賜れませんからね」
「猊下などと。我ら神殿には上下の関係などありませんので、敬称は結構ですよ」
「では、大神官殿と」
「主席導師殿は律儀な方のようで」
オレ不在の上流社会コミュニケーションを眺めること、しばし。
「このたびはご足労いただきまして、まことにありがとうございます」
頭越しの会話が終わるのを待つだけ待って、礼を告げた。
「「「…………」」」
なんだよ、大臣まで。普通に社会人口調で喋ったのがそんなに変か?
「ほっほっほっ。エリテマソーラ第一王妃殿下からお声がかかりましたので参上した次第にございますゆえ」
「ええ、礼には及びません。私も先輩に呼ばれたから来ただけなので」
うーん。やっぱりまだ王様はお飾りか。
べつにオレ個人としてはどうでもいいんだけど、あまり対外的にはよろしくないか……。
あっ、この立場になってようやくわかった。総理大臣とか外務大臣とかが外遊のたびにバラマキしていたワケが。
相手にとって価値のある存在と見せなければ、軽んじられてしまうんだ。
互いに利益がありますよと示せなければ、こちらの利も引き出せない。なんなら他へ利する可能性だってあり、それが自国のマイナスになることも考えられる。
こんなこと理屈ではわかっていたけど、中間管理職のオッサンだったころは『またオレの税金をバラマキやがって』くらいにしか思ってなかった……。
立場が変わると見え方も変わるもんだな。せめて俺は説明できる金の使い方を心がけよう。
さておき結論。ハッキリ言ってオレは——いや、レガリアレクス王国は嘗められている。
二人はただ、元関係者の王妃らの招待だからこの場にいるだけ。
「いかがされましたかな?」
「大神官殿と主席導師殿に、一つ相談がありましてな」
オレの口調に、二人はピクリと眉を動かした。
それでいい。こっちはこの手の雑な扱いなど慣れっこなんだ。
いまこそ思い出せ、よくわからん顧客たちの対応に苦慮した日々を……。
耳だけ参加しまーす、などという謎マナーで、大規模オンラインプレゼンさせられた生き地獄を!
大学の教室みたいな会議室に呼び出され、部下の不始末の尻拭いに新商品の即興デモ販をさせれたらムチャ振りを!
市民説明会のオブザーバーだったはずが、なぜか役所に代わって矢面に立たされた修羅場を!
中間管理職のオッサンのなんでも屋っぷりを、嘗めるなよ。
「これから我が国では、マギアレフィカ第二王妃を中心に『魔法研究室』を立ち上げます。魔道士結社におかれましては、そこでの人員をお手配をいただけますと」
「「——なッ」」
主席導師はべつとして、へべス大臣まで声をあげるなよ。この場の思いつきだってバレちゃうだろ。
「ご存知のとおり、我が国ではダンジョン管理局を立ち上げましたので」
「——ダンジョンでの研究に便宜を計ってくださると⁉︎」
「いやいや、話はその規模ではありません。公開裁判でも申し上げましたとおり、これからは国民すべてがダンジョンで健康増進をします。ついでに害獣の駆除も。これで私がなにを言いたいか、おわかりですか?」
「……」
「そうですかぁ。マギアレフィカは大変な興味を示していたのでが、そうですかぁ」
「——ッ」
やはり先代を意識するんだな。やりやすい。
「経験値獲得の初期段階における位階上昇と魔法習得。これはかなり重要な研究題材になるのでは?」
「そういう……。しかし、我ら魔道の頂を目指す者にとって価値があるとは思えませんが」
主席導師の揺さぶりにオレは満面の笑みを返す。
とくに意味はない。だが、これをどうとるかは相手次第。
読みが甘いと侮られたくはないだろう。しかも、神殿から大神官も同席している席で。
「言ってしまえば、これまでは魔道士結社に所属できる魔法のエリートに限られたデータをもって、魔法の真理を探究されてこられたのでしょう。つまり生存者バイアスのかかった偏りに満ちた結果をもとに研究をされていた、とはなりませんかね?」
「いくぶん聞き馴染みのない言葉はありましたが……、概ねは仰るとおりかと」
いかんいかん。ついカタカナ語を。
だが、いまは省みている場合ではない。畳み掛けるチャンス!
「欲しくはありませんか、膨大な成長の記録を」
「……陛下は、なにをお望みなのです?」
とうとうオレを『陛下』と呼ばせた。これまで主席導師は二人称を一切使わずにいたのに。
「言わずと知れたこと。国民の健康増進ですよ」
「いまは額面どおり受け取っておきましょう。それで、どのような人員をご要望なのです?」
「数字、算術に長けた方を派遣してもらえると助かります」
「魔法ではなく、ですか?」
「ええ、算術です。なにせ国民一人一人の成長を記録するのですから数字に強くなくては。それに魔法に詳しい者は身内におりますので」
「なるほど。ちなみに、ご提案を受け入れた場合の見返りと言ってはなんですが、そこで得た知見は魔道士結社に持ち帰っても?」
「構いません」
ここでオレは握手を求めた。対等な契約だと示すために。
それに主席導師は応えた。
これで獲得経験値とレベルアップ、また魔法習得など諸々のビッグデータが取れる。
パソコンもない世界なので人海戦術しかないところの最重要ピース、人材確保ができたわけだ。
「さて、お次は神殿へのご相談なのですが」
ここまでのやり取りをアリーナ席で見せられた大神官は、やや警戒心を高めた様子。
「エリテマソーラから聞いた限りの知識で物を申しますので、誤りがあった際にはご容赦を」
オレは一つ断りを入れただけなのに、佇まいを直す有様。
「神殿では『聖騎士』や『光の戦士』の認定をなされておられるとか」
「……はい。しかし教会のような勇者制度ではなく、志願した者が試練を成し遂げた際に祝福をしているのみですぞ。神殿が祀る神々は、人の新たな歩みをお喜びになられる神も多く座すので」
「それを聞いて安心しました。ぜひご協力いただきたいことがあります」
ついさっき、勇者制度をこき下ろしたオレが相手だ。似て非なることとはいえ、難癖をつけられないか心配になるよな。
オレはそれを即座に否定して、
「職業訓練と技能の認定を担ってもらえないものかと考えております」
ズバリと。
「はて? すでに神殿では——」
「聖騎士や光の戦士ではなく、もっと幅広くお願いしたいのです。そうですね、手始めに盗賊から王国兵への転職などいかがです?」
これはいわゆる職業訓練プラス資格取得ビジネス。
王国でやってもよかったが、ノウハウがあるところに丸投げしてしまうのが一番早い。
しかも、転職後の兵士に不始末があった場合、神殿の責任ともなり、どちらの側にも二重の意味で楔となるはず。
なにより、
「とてつもない規模ですな」
母数が違う。すなわち、受験料という名のお布施もたんまり集まるわけだ。
兵士のぶんは、無事に転職認定された者に関してだけ国庫から支払えばいい。
王国の募集採用のノウハウは薄れてしまうデメリットはあるが、これだけ手を広げたのだから、なんでもかんでも国でやらない方が効率的だろう。
題して『神殿、ハロワ化計画』だ。
さてさて、大神官はどうでるのかと返答を待つと、大神官は縦にも横にも首を振らず。
「私の一存では応えかねますな。即答できず申し訳ありません」
「いやいや、こちらこそ急な相談を聞いてもらって、ありがたく思います」
商談の首尾は上々——と自画自賛したところで、
「陛下、先ほどからの喋り方はどのようなお戯れですかな。お二方が気を悪くされてしまいますぞ」
へべス大臣がここまでの社会人口調を『戯れ』だとフォローしてきた。
これに便乗して、オレは互いの立場をハッキリさせた。
「なるべく丁寧に話そうとしたらこうなった。誠意の表れだ。それに、大神官も主席導師も、オレに揶揄われたなどとは思っておらんだろ?」
「もちろんでございます、陛下」
「陛下の誠実なお人柄の表れかと」
腹ではどう思っているかわからないが、それでも国王としての面目は保てたはず。
公開裁判から引きずっていた疲労感がドッと押し寄せてくる、短くも非常に濃厚な面談だった。




