それを早く言えよ
やっぱりダンジョンを一般開放するのやめようかな……。
こう考え直してしまうほど、市民たちの血の気は多かった。
たとえばパン屋の店先に立っていそうなおばちゃんまで、
「信じてたのに! ずっと信じてたのに! 悪いことばっかして、この、この!」
「——ひえっ、あひっ、やめっ」
逃げ惑う大司教をベシベシどつきまわしている。
かたや蓮っ葉なお姉さんたちは、
「踏み倒した酒代、耳揃えて払いな! てい!」
「——やっ、お助け!」
「いつもお尻触りやがって。スケベジジイめ! えい、えい!」
「——ひん、あひん!」
取り巻きの教会幹部らしき爺さんらの尻をバシバシ蹴っ飛ばす。
元勇者パーティーの方をみやれば、男性陣に揉みくちゃにされていた。
レベル差がなくなっても戦闘経験があるので耐えてはいる。
だが羽交締めにされてしまえば、それの差も埋まる。四方八方からボッコボコだ。
「ふふん。私自ら、娘の無念を晴らしてやりましたぞ」
無念って、大袈裟な。プエルラーレはピンピンしてるじゃないか。
でも、ここで間違っても『膝を擦りむいただけだろ』などとは言わない。
タックルしたとはいえ、転ばせたあとに追撃しなかったのは、釣り合いをとるために働いた理性だとわかったから。
「適度なところで止めるぞ」
スッキリした顔で戻ってきたへベス大臣に、兵士動員の準備を告げた。
そろそろ虚無魔法の効果がなくなる頃合いに——
「「「鎮まれ鎮まれッ‼︎」」」
兵士を投入。
一瞬、こちらに噛みつくかと不安にもなった。
だが、そこまで市民たちは狂乱しておらず、むしろ捕縛にも協力的で、腕も脚も逆関節を極めた形で拘束できた。
「ハヒッ、ハヒッ……。こ、国民を煽って、このような横暴を! 由々しきことですぞ!」
止めるの早かったか。まだまだ大司教の口は動くらしい。
「先に手を出したのはオマエらだ」
うんうん頷く聴衆。さらに、
「俺、いきなり襟首つかまれた」
「わたしなんて『席を譲れ』って、イスを蹴られたのよ」
「ワシなどなにも言わず小突かれたぞい」
証言がつづくはつづく。
よくもまぁこの態度で教会は信者を集められたものだ。案外、下はまともなのか?
一度、話を聞いてみてもいいかもしれない。教育をしていたという話も聞いているしな。
「大司教、沙汰を下す」
「——だ、黙るのだ魔王‼︎ 皆、邪悪な魔王の言葉に踊らされてはなりませぬぞ!」
おおっと、ここにきてオレを悪者に煽動しての一発逆転狙いか?
それをやるにはオマエらはヘイトを溜めすぎた。もう手遅れだ。
しかし王様としては、大司教の難癖をただ黙らせるわけにはいかない。
力づくで取り押さえはした。しかし最後の最後くらい体裁を保たなくては、公開裁判をした意味がなくなってしまう。
「とんでもない言いがかりだ。だが聞いてやろう。大司教がオレを魔王だとする根拠は?」
「や、闇属性魔法を使ったではないか!」
え? そんな話聞いたことないが……。
「魔王は闇の魔法を使うものだ」
「そうだ! 俺は魔王が闇魔法を使うのを見たことがあるぞ!」
ああ、なるほど。これは根拠なしの差別的発言だな。
以前、マギアレフィカから闇属性魔法は使用者が少ないと教えてもらった。つまりはマイノリティ。たまたま魔王が闇属性が使うことから、こじつけているだけ。
ならば対処は簡単だ。取り巻きの幹部らに確認をとればいい。
「大司教は『闇属性魔法を使うから魔王』と言ったが、この発言は、教会の公式な見解と受け取ってもいいのだな?」
「まま待ってください。違います!」
「そ、そのような教義、教会にはございません!」
「——これお前ら!」
いまさらだぞ大司教。たったいまオマエの権威は地に落ちた。
「大司教ともあろう者がデタラメの教義を、公衆の面前で。しかもあろうことかレガリスレクス王国国王に対しての嘘の風評を。これはとんでもない侮辱であり、信仰への冒涜でもありますぞ!」
へべス大臣はここぞばかりに強調した。ちょっと芝居クサイが、ここは乗っておくに限る。
「あれこれと広めた他のデマも同様なのであろう。これまで王国は、教会にさまざまな便宜を図ってきたのだが……。残念だ」
「あいやお待ちを! お待ちを、陛下!」
教会幹部の一人が声をあげた。
オレはそれに顎をしゃくって「言ってみろ」と応える。
「我々としましても、大司教の専横にはほとほと参っておりまして」
「そ、そのとおりでございます」
「然り然り。国民から敬愛される国王陛下を魔王などと、とんでもない言いがかりにございますな」
聞かなきゃよかった。
手のひら返しに追随する教会幹部らは、大司教をこき下ろす言葉まで吐きはじめたんだ。
このまま喋らせておけば、さらなる余罪も顕になりそうだが——
「黙れ」
「「「……ッ」」」
オレは止めた。とてもじゃないが聞くに耐えない。
これまで自分たちも美味い汁を啜ってきただろうに、潮目が変わればあっさりと切り捨てる。オレはその手の図太さが大嫌いだ。
「本日をもって——」
「オホンッ」
こんどはへべス大臣がオレを止めた。
どうしてだと大臣を見やれば、小さく首を振っていた。
「ほぉう。教会を解体しますか? 果たして陛下にできますかな? レガリスレクス王国の他にも広がる信徒の集いこそ、教会なのですぞ」
僅かでも隙をみせれば、これだ。
「誰が解体すると言った。どうにもオマエの虚言癖は治りそうもないな。多くの国民は極刑をのぞむかもしれないが、オマエらの始末は教会の自浄力に任せることとしよう。よって、大司教ならびに教会幹部はすべて国外追放とする」
「「「——そんなッ‼︎」」」
相手は仮にも大司教と教会幹部。もし極刑にしたら、他国の教会が難癖をつけてくるかもしれない。それでは王国も国民も損をしてしまう。
だが、教会の権威を貶めた大司教らを他所へ追いやれば、矛先はそちらへ向く。後釜を据えられる可能性を蹴ってまで王国を非難してこないだろう。
スッキリはしないが、これが一番コイツらには効くはず。
「善良な神父らもいるのだろう。その者たちを救うと思い、甘んじて罰を受け入れよ。上に立つ者としてそれくらいの気概は見せてもいいんじゃないか?」
さあ、反論しろ。言い募るほどオマエらの権威は腐り落ちていくぞ。
「「「…………ッ」」」
しぶといな。ここでヤケクソにならないのは、老獪さゆえか。誰も再起を諦めた目をしていないのが、怖い。
いや、すでに仲違いをはじめていたか。
大司教は、ついさきほどまで傅かれた者らに『お前のせいだ』と睨まれている。
「痛ッ」
よろけるフリして小突かれてもいるようだ。
そういうのがこれからのオマエの余生。今より弱者だ。
コイツらが真の絶望を知るのは王国を去って以降だろう。
オマエらが到着するより先に、へべス大臣のお手紙が届く。するともれなく爪弾き。どこからも疎まれる未来が待っているわけだ。せいぜい惨めに過ごせ。
「連れていけ」
「「「ハッ!」」」
教会関係者が引っ立てられていくなか、
「クッソ。魔王と戦ってやった俺らに対する仕打ちがこれかよ。ふざけんな!」
「ヌクヌクしてた連中がっ。なんも知らねぇくせに!」
元勇者パーティーの面々は悪態をつく。
「勘違いするな。教会関係者と、オマエらへの捌きは別だ」
「「「——っ」」」
この一言に、元勇者パーティーの面々はコロッと態度を変え、ニヘラッと媚びへつらう笑みを浮かべた。
「どうも早とちりしているようだな。オマエらにはたんまりと余罪がありそうなので、これから取り調べる。もちろん功績も鑑みるが、犯行の内容次第では極刑まで含めた厳罰で当たるつもりである。覚悟しておけ!」
「「「…………クッ」」」
こうして罪人たちは裁判の場から連れていかれた。
残るは、オブルスのみ。
彼はまだ兵士らに取り押さえられたまま。
「最後まで話してくれなかったな」
オレは暗に、キミに温情をかける口実がなくなってしまったと伝えた。
「……もう、どうでもいいです。どれだけ真面目に頑張っても人のために働いても、結局、自分ら兄妹はツライ目に遭うんだ」
自暴自棄になってしまったか。
報われない辛さは、オレにも身に覚えがある。
「なりませぬぞ」
オレの甘さをへべス大臣は否と言う。
未遂とはいえ、王様の暗殺を軽く済ませては悪しき前例となってしまう。そのくらいオレもわかっている。だが……。
オブルスの、生い立ちに翻弄された若者の気持ちも理解できるんだ。
いつまでも沙汰を下せないでいると、
「ヘーカヘーカ、こっちこっち〜!」
壇上袖からオレを呼ぶ声が。
見ればそこには、手を振るプエルラーレ第三王妃がいた。隣には見慣れない少女……⁇
——まさか⁉︎
「ォ……オリビア!」
やっぱりか。彼女はオブルスの妹らしい。
「てひひっ。妹ちゃん、あたしが確保しといたし」
それを早く言えよ!
徒労感を安堵が上回り、ついつい軽口を叩きそうになる。
オリビア救出の経緯については、あとでプエルラーレに聞いてみないとだが、
「陛下ッ……陛下ッ、あ、ありがとうございますッ、ッ……ぅゔッ……」
オブルスのくしゃくしゃになった顔を見たら、なにを言うのも無粋だなという気持ちにさせられた。




