あえて言ってやるよ
「身売りだとッ⁉︎ 詳しく聞こう。それはもしや勇者制度にも関わる話なのでは?」
「そこまでは俺も知りません。でも、大司教は見どころのあるガキを欲しがってました」
「オマエらが攫ったのか?」
「ち、違いますって!」
証言台に立つ盗賊の男は慌てて否定した。
内容というより、傍聴者からの鋭い視線に怯えて。
「魔獣に襲われた村には、養いきれなくなったガキが少なくないもんで……」
「見かねて教会に案内したと」
「はい。ガキを連れていくだけで村から喜ばれて、教会からも金を貰えたんで。値段はガキごとにバラバラでしたけど」
これには、傍聴席からわかりやすい反応があった。
いま語られた経緯で故郷を離れた者も少なくないのだろう。
古キズを抉られたような小さなため息だったが、それも複数となると、……重い。
結論を急ぐより、彼ら彼女らに寄り添うべきだ。
「キミはいま重要な証言をしてくれている。だからこそ言葉を丁寧に。ガキではなく子供と言うんだ。それだけで聞こえ方は変わるものだぞ」
「は、はい」
怒りの矛先が告発者に向いてはならない。ヘイトが向くべきは元凶だ。
さて、どんな真相を聞いても感情的にならないよう心を抑えて、落ち着けて……よし。
「子供たちのその後について、キミはなにか知っているか?」
「教会のガ——子供として育てられてるみたいですが、詳しいことは……。でも、俺が連れってた子供を半年ほど経ってから見かけたんです」
いちいち覚えていたとは驚きだ。
「そいつはかなり生意気なガ、子供だったんで覚えていたんですが、やたら行儀よくなってて、薄気味悪かったです」
事前の聞き取りと証言を合わせての憶測だが、教会は直接的な搾取のために子供を買っているのではないようだ。どこかへ売るようなことも。
ただ、ホッとなどできない。
少なくとも幼少期からの刷り込みにより、教会に忠実な信徒を育てているのだけは確か。勇者という名の少年兵がいい例だ……ハァ。
「ありがとう。貴重な話を聞かせてもらった。皆、彼に対して思うところがあるかもしれない。だが、連れていかれた子供が生きのびていたことも事実……」
ここでオレは演壇を降りて、横へ。
「ダンジョンから溢れた魔獣による被害、それを未然に防げていなかったのは、王国の怠慢だ。心から詫びよう。本当に申し訳なかった」
やろうと思えば責任のぜんぶを冒険者や盗賊、教会のせいにもできた。
ただ、それをしたらなにも変わらない。また新たな過ちと責任転嫁がつづくだけ。王様の面子などクソ食らえだ。
「批判は真摯に受け止める。当然だ。ただ、できれば非難ではなく建設的な要望などを言ってくれると応えやすいので、お互いのためにそのあたりは汲んでほしい」
それだけ言うと、オレは元いた演壇へ戻った。
ちょっと傍聴席の反応を見るのが怖いな。
「へべス大臣、次の証言者を」
「ハッ。ユエニス、証言台へ」
「は、はい!」
彼には、勇者制度自体についてではなく、先日の拉致未遂と第三王妃の負傷の顛末を語ってもらった。
かなり緊張していたが、俯くことなく話すべきことを自分の言葉で最後まで……。
「皆、聞いたか。ユエニスくんは大勢の前で立派に話してくれた。しかし見てのとおり彼はまだ子供だ。家の手伝いくらいはする年齢かもしれないが、さすがに世界の命運を託す勇者というのは、酷すぎやしないか?」
傍聴席からの理解を示す頷きを受け、
「というよりオレは猛烈に腹を立てているぞ」
勇者制度を猛烈に批判。
「これはオレだけの責任ではない。これまで見過ごしてきた皆の責任でもある。いまこそ問おう、子供を死地に送ってもいいのか!」
大司教がなにか言いたそうなので、顎をしゃくって発言を許した。
「……よもや陛下は、魔王の脅威をお忘れではありますまいな。たしかに若い生命を平和のために捧げることには心の痛みを覚えます。しかしです、女神さまに導かれし勇気ある若者——勇者には、それ以上の敬意を払いたい。私はこのように考えております」
それっぽい詭弁をツラツラと並べやがって。
だったら耳馴染みのあるセリフを、あえて言ってやるよ。
「語るに落ちたな大司教!」
「……どういう意味でしょう」
「オマエは『勇気ある若者』と言ったな。だったらなぜ、ユエニスくんを強引に連れていこうとした? オマエがしているのは洗脳だ。自主性のない勇気などあるものか!」
「それは——」
「まだ半分だ。後半の若者について。オマエのなかで若者の定義はどうなっている。まさか少年を若者と混同してはいないよな。基本的に、自立した若年者を若者という。皆の認識もそうではあろう」
食うがよい大司教、同調圧力を。
「クッ。なぜわからんのだ! ユエニスが少年というのは認めましょう。しかし秘めた力は本物ですぞ! その力を世界の役に立ててなにがいけないのです!」
「——子供だからだボケッ‼︎」
「ボ、ボケ、ですと⁉︎」
「ああ、オマエはボケているな。惚けていると言ってもいい。そこに本人の意思はあるのか? 大きな人生の決断をできる年齢か! 違うだろ!」
「しかしユエニス本人は望んで——」
「望んでいない! オマエが誘導したんだろうが!」
若干、傍聴席の理解が及んでいないので少し補足を加える。
「大司教の言うとおり、ユエニスくんは強くなる才能を秘めているのかもしれない。実際に大人顔負けなのかもしれない。となると皆は不思議に思うわけだ『なぜ力があるなら逆らえない?』と」
「——そ、そのとおりですぞ!」
「やはり大司教は惚けていたか。逆らえない理由など簡単。子供だからだ。幼いころから養育されていたなら、なおのこと自我による判断力は薄れているのだろうな」
こういうのは腕力だけの話ではない。使命だなんだと言われつづければ、本人の意思など消えてしまうものだ。幼いならなおのこと。
「断言してやる。子供に重責を押しつけて得た平穏に、価値などない!」
「……陛下は、各国が平和のために差し出す世界への貢献を拒むと仰られるのですな」
「オレがいつそう言った。そうやって教会はあることないことを吹聴するのだな」
「ではお応えを。勇者制度での犠牲なくして、いかに魔王の脅威を抑えるのですか!」
これは話の核心的な問いだ。
「王国兵がいるだろ。それもダンジョンで強くした兵士たちが」
「——ハンッ。王国の雑魚兵士が何人いたって、最前線じゃあ役に立たねぇんだよ。ったく、ボケてるのは王様のほうだぜ。平和ボケって名の救いようのねぇボケ方してらぁ」
発言したのは、大司教の取り巻きの一人。
やたらと粗野な口調で、見た目もそれに釣り合っている。見るからに教会の人間ではなく、雇われた戦士といった風貌だ。
「これ、口を慎みなさい」
と大司教は叱ったていを装い、戦士風の男の言に便乗した。
「されど彼の言い分も尤もにごさいます。魔王との戦いは熾烈を極めますゆえ、失礼を申しますが、王国兵ではとうていとうてい」
薄気味悪い笑みまで浮かべて。
「ほぉう。ではどうして王国兵であるオブルスに『勇者にしてやる』などと言った」
「はて? 存じませぬな。陛下に反意を抱く兵士の妄言なのでは?」
シラを切るのは目に見えていた。その程度、いくらでも打ち返せる。
が、オレが言い募る前に——
「だ、大司教さま。妹は、自分の妹は……?」
証言台の控え席にいたオブルスが口を開いた。
……ハァ。やはり証言はしてくれないのか。
おそらく彼は大司教と口裏を合わせるつもりだ。ただその前に、預けた身内の安否を確認したかっただけなのだろう。
妹を守ってくれるなら余計なことは言わない、と。
これは文脈からの推測だけど、そう間違ってはいないはず。
だがな、あまりに人を見る目がない。
「はて、どなたですかな? もしや陛下が難癖をつけるための仕込みでしょうか。いけませんなぁ」
せめてオブルスだけに伝わる合図を送ってやればいいものを、大司教はあっさり蜥蜴の尻尾切りをしてみせた。
「国王陛下に刃を向けた者の身内と教会が関係しているなど、ありますまいて」
「そうそう。無関係無関係」
大司教の発言に、戦士風の男が相槌を打つ。
さらに他の強面もつづいた。
「ハハッ。どうせオマエの妹は道端で身売りでもやってるんじゃねぇか」
「あの器量じゃあ買い手なんかつかねぇだろ」
「いやいや田舎娘ってのもたまには——」
「これこれお前たち、言葉を慎みなさい」
どうやら相当なバカどもを連れてきたらしい。
知っていると白状したようなもの。だが、証拠はない。よく知っているというブラフか。
どちらにせよ、ギリギリ言い逃れできる範囲というのがいやらしい。
「……そ、そんなッ」
オブルスは勢い余って証言台から駆け出そうとしたが、すぐに兵士らによって取り押さえられた。
「そこの、オブルスと言いましたかな。聞いてのとおり教会はあなたなど預かり知りません。しかし、あなたが罪を償われているあいだ、ひょっとすると妹君は教会を訪れるかもしれませんな。その際は、ククッ、慰めの説法でも聞かせて差し上げましょう」
遠回しな脅迫までするとは、恐れ入る。
やっぱりさっきの自白スレスレな発言も、オブルスへの脅しを込めていたのかもしれない。
このやり取りを見て、ハラワタが煮えくり返っているのはオレだけではないようだ。
多くの傍聴者が白い目を大司教たちに向けていた。
「その目はなんだテメェ!」
「元勇者パーティーの俺らとやろうってのか、ァアン!」
ズカズカと近寄り傍聴者の襟首を掴む者まで現れる始末。
……チッ。そんなに暴力が好きか。暴力でなんでも思うがままだったか。
だったらそちらの流儀で応えてやろう。
「ケンカを売ったのは大司教の連れだ。それに対して身を守ることを正当防衛と言う。だから、オレは罰したりしないぞ」
「ァア? 一般市民が俺らとケンカ? 笑わせてくれるぜ」
「そうかそうか。それでは諸君、レクリエーションの時間だ。なぁに、これは長々と退屈な話を聞かせてしまったせめてもの埋め合わせ。思いっきり正当防衛をしてくれたまえ」
ここまでオレが態度を変えないと、誰も彼もがポカンだ。
戦士風の男たちも、傍聴席で怒りを堪えていた市民たちも皆が皆。
そこへオレはグラグラと煮えたつ黒い感情をブチ撒けた。
「〝虚無魔法〟」
「「「————なッ⁉︎」」」
闇魔法の効果により、市民と元勇者パーティーの戦士とのレベル差は無くなった。
正確には魔力のない空間で力を発揮できなくしているのだが、細かいことなどどうでもいい。
「「「…………えっとぉ……」」」
「ほら、やらないのか? いまのキミたちならば乱暴者たちといい勝負になると思うぞ。オレは素手のケンカくらいとやかく言わない。いわば、これは王様公認の正当防衛だ」
国家権力の横暴ここに極まれり、だな。
「なんだかよくわからんが、あいつら弱ってるな」
「だな。おいどうする?」
傍聴席の一般市民らはまだ決心がつかない様子。
と、そこへ——
「ぬぅおおおおおおーッ‼」
まさかのへべス大臣が壇上を飛び降り、猛突撃。
みるみる迫った大司教に、膝から掬いあげるタックルをかました。いつぞや魔獣相手にやったやつだ。
ゴンンッ!
背中から叩きつけられた大司教は「かふぅ」と情けない声をあげた。
これを見て、市民は腕まくり。
「「「………よしッ」」」
「みんな! いけすかねぇ野郎どもを——」
「「「ぃやっちまえぇええええーッ‼︎」」」
「「「うおおおーッ‼︎」」」
傍聴席は大乱闘。
怒涛の市民たちが、次から次へと教会幹部や元勇者パーティーらをボッコボコにしていく。
公開裁判はどこいった? こんなツッコミが頭をよぎるも、オレはちっとも後悔する気にはなれなかった。




