困ったら人頼みかよ
四日目の夜、オレは王様となって通算二度目のレベルアップを果たした。
そして五日目の朝——
「昨晩はだいぶうなされていたご様子」
「そういう大臣は何度も位階が上がっているのに、毎晩グッスリみたいだな」
成長痛はオレほどではないらしい。
しかも初日から今日まで毎日レベルアップしているそうだ。
そしてとうとうへべス大臣が魔法も覚えた。
「日に日に経験値取得の効率は上がっておりますぞ」
習得したのは、土属性初級の石礫魔法。
マギアレフィカ曰く『石を投げてばかりだったからではないか』とのこと。
疲労で朦朧とした頭に石が当たるイメージが刷り込まれた結果だとすると、これまでの説明と矛盾しない。
しかしそうなると、オレが火の玉魔法を習得できた説明に矛盾が生じてしまう。
だが、いまになって考えてみれば、あのころは異世界の王様になって日が浅くて余計なことを考えていなかったからかもしれない。
当時は魔法の区分などよく知らず、火球を出す下級の魔法と聞いて『ああ下級ね』と、誰でもマスターできるものだと疑わなかったことも原因か。
となると今後はさらにオレの魔法レパートリーが増えることはなさそうだ。
「どうですかな、陛下も投石をしてみては?」
そんな嬉しそうに誘われても……。
「身体能力は増している。オレは王錫を武器に戦う脳筋な王様になるからいい」
「前に出るなど、なりませんぞ」
「……ハァ、だな。で、魔法を覚えるのはどういう感じなんだ?」
オレはマギアレフィカが実践するのを見て、真似をして覚えた。至って普通の学習方法だった。
レベルアップで新たな魔法を習得するというのが、いまいちピンとこない。
「ピコーンッと閃く感じですかな」
そういうシステムもあるのかよ。
己の感覚を延々と得意げに、へべス大臣は語りに語った。よほど嬉しいらしい。
「だいたいわかった。つづきはプエルラーレに聞かせてやれ」
ちょっと難しい顔を見せてはいても、その頬は緩みを隠せてない。どうせ末娘に煙たがれる未来しか待っていないというのに……。
おっといかんいかん。つい、オレの内に秘めた心の闇が溢れ出してしまった。
◇
第一階層の階層主——巨大人型石像が現れた。
王国兵たちの先制攻撃。
「放てーッ!」
「「「火球魔法」」」
「「「着火魔法」」」
火の玉は、ゴウッゴウッゴウッと巨大ストーンゴーレムの硬い表面に焦げ跡を残し、その燻りから炎があがった。
「燃やせ燃やせーッ!」
「「「火球魔法」」」
「「「着火魔法」」」
石の身体に火は効き目は薄い。
見るからに痛みに鈍そうな魔獣でもある。巨大ストーンゴーレムはズンズン迫ってきて、剛腕を振り下ろす。
「退避ーッ‼︎」
王国兵は散り散りに逃げては、離れた位置から火と熱の魔法を繰り返した。
熱膨張と急速冷却で物理的にブッ壊すのが狙い。
「片足から潰すんだ!」
「総員、左足を狙って——放てッ‼︎」
オレの叫びに呼応して、リットラル兵士長は命令を組み直した。
ひたすら、巨大ストーンゴーレムがチンチンになるまで熱してやるんだ。
これには当然だが、かなりの時間がかかる。少しでも火力が増すようにオレも微力ながら参加した。
そうしていると、いつの間にやら冒険者たちが順番待ちしている。
「チッ。いつまでチンタラやってんだ」
「おいやめろって。聞こえるぞ」
「聞こえるように言ってやったんだよ。クソウゼェ法度には『ムダなことやってるバカに助言するな』とは書いてねぇだろ」
「やめとけって。あれ、たぶん王様だぞ」
「だったらなおさらだ。ゴミみてぇな法律つくりやがって。こっちは迷惑してんだ」
ええい、気が散るな。
慣れた冒険者からすれば、第一層のボスにモタついているように見えるのだろう。
それに対しての苛立ちなのだから、単純に否定はできない。
たとえば車の運転。どれだけ遵法精神の高い善良な市民であっても、法定速度より周りの車の速度を優先しがち。
なんなら速度制限で走っている車に悪態つくまである。けっして悪い人間ではないのに。
もちろん必要性があっての制限なのは理解しているので、オレは極力守るようにしていたが。
ましてや制限時間のないボス戦なら、延々と戦っているこちらがマナー違反を咎められてもしかたない面もある。
よって問題は暗黙のルールに任せることであり、彼ら自体は悪くはない。口は悪いけど。
「ゴーレムに火の魔法なんか効かねぇんだよ。いい加減学べや、このド素人が!」
イ、イライラする。が、間違ってはいない。受け取りようによってはアドバイスとも捉えられる。
しかしだ、それでも懸命に戦っている兵士たちの気持ちを考えてしまうと……。
悪いのは構造、悪いのは構造、人ではない。
「陛下ッ!」
いかん! 他所へ気を取られて、巨大ストーンゴーレムの真正面に立ってしまった。
クッソ。うっかりにもほどがあるぞ、オレ。これで何度目の生命の危機だよ!
大丈夫だ大丈夫大丈夫。コイツはパンチの振り下ろししかしてこない。あとたまにキック。それを見極めて横っ飛びだ。できる、オレならできる。なんたって、いまのオレはトップアスリート並みの運動神経になっているのだから。
グルグル頭は巡るのに、いっこうに身体はついてこない。ハハッ。王様はビビリ散らかしてるらしい。膝まで震えてるじゃないか。
平気だ平気。きっとすぐマギアレフィカが助けに……。
なんだよオレ、困ったら人頼みかよ。
これって走馬灯的なやつかな。すべてがスローモーション。
ゆっくりと巨大な石のグーパンがこっちに向かってきてる。どんどんデカくなっていく。
みんなの叫び声が遠くに聞こえるようだ。
こ、こういうときこそ冷静に、頭も心も空っぽに——
「んなことできるかぁあああーッ‼︎」
叫ぶと同時に手を掲げ、オレは魔法を放った。恐怖を跳ね除けようとだけ考えて。
いいや違う。常に腹の底で疼く黒いモヤを、不条理とセットの諦観や理不尽に対する迎合、自尊心と相反する事勿れ、そういう溜まりに溜まった心の膿を吐き出したんだ。
たぶん、最後の最後に本音を言い残したくない一心で。
「「「——ッ⁉︎」」」
そうして放たれたのは火の玉ではなく、黒く不安定な形をした玉だった。
それは巨大ストーンゴーレムに当たるなり弾かれ、コロコロと足元を転がる。
途端に襲う虚脱感……。
根性なしなオレの身体が先に諦めたか。
——と思いきや、巨大ストーンゴーレムが先に尻餅をついた。
見れば、膝の部分が壊れてるじゃないか。
「陛下、お下がりを!」
「皆さん、しばらく魔法はかき消されます。メイスで巨大人型石像を打ちなさい!」
あのマギアレフィカが大きな声をあげるとは驚きだ。
「呆けている場合ではありませんぞ! さあこちらへ!」
オレは大臣とマギアレフィカに引きずられて後方へ。
そうしているあいだに、王国兵たちは巨大ストーンゴーレムをバッシバシ引っ叩く。
しかし、その攻めはオレには生彩に欠くように見えた。
「あれは陛下の魔法の効果です」
「あの黒いのがか?」
「ええ。上級魔法、闇属性『虚無魔法』といいます。ご覧になってください」
マギアレフィカの指さす先、黒い玉を見ると、
「キモい動きしてるな」
蠢いていた。なにかを取り込んでいるようにも見える。
「黒い塊りを中心に、辺りに魔力の空洞ができあがっているのです」
「魔力を食らっているのか?」
「はい」
「いつ消える?」
「まだしばらくは。いずれは蒸発します。けれど、それまでのあいだ魔力の空白地帯は広がりつづけます」
まるでブラックホールだな。あんまり天文は詳しくないから間違ったイメージかもしれないが。
そういえば、いつの間にか冒険者たちが大人しくなっている。体調悪そうに壁に背中を預けて、気怠そうに腰をおろしていた。
「強いヤツほど影響はデカいらしい」
「ぇ、ええ……」
どおりで顔色が悪いわけだ。
「じきに王国兵たちがケリがつけてくれるだろう。オレも下がるから、マギアレフィカも少し離れていろ」
「はい」
階層主の間から出ると途端に体調が戻るのだから、魔力とは不思議なものだ。
それにしても闇属性の魔法……か。
オッサンなのに『闇』とかないだろ。厨二病っぽくて、めちゃくちゃ恥ずかしい‼︎
オレは汗を拭うフリして、両手で顔を覆った。




