泳がせておけよ
「他の業務に差し支えが出ておりますぞ」
「ほう、そんなに釣れたか」
これは先日出した『押収物に心当たりがある者は証拠と共に名乗りでろ』という触れを真に受け、登城した商人の数を指しての話。
相談相手はへべス大臣だ。
「帳簿を持ってきてない者は追い返せばいいだろ。それでかなり絞れるのではないか」
「……どの商人も意気揚々と帳簿をめくり、盗難被害を主張しております」
「ハハッ、入れ食いじゃないか」
すでに提出されている被害届と帳簿とを照らし合わせて、盗品は己の物だったと証明していく。
「で、釣果は?」
「王国がここまで侮られていたとは、驚きでございます」
「上々だ」
こっちが言われるがままにお役所仕事をすると踏んでいた多くの商人たちは、自ら脱税の証拠を持参するという罠にも嵌るのだ。
なかには誠実な商売と納税をしていた者もいて、立証された盗品に関しては即座に返してやった。
これが抜群の効き目をもたらす。
一人が儲かれば自分も自分もとなるのは世の常。
この波に乗り遅れてはならないと、捏ち上げの帳簿を持参する者や盗難被害届を偽造する者まで現れる始末。
なんとなく、政府や行政の助成金制度を思い出した。
とりあえずやっつけ書類を提出しておいて、選ばれたらラッキーくらいの宝くじ感覚で申請を出すだけ出してみるというムダ業務の記憶を……。
まさか罰されるとは思ってもみないのは両者共通。だが前者は違う。
「証拠を掴んでも泳がせておけよ。突きつけるときは対象者全員同時だぞ」
「承知しております」
「では、そのように。いったん虚偽申告ならびに脱税商人釣りは次のターン待ちってことで」
話題はオブルスに移る。
オブルスの所属は王国兵なので、盗賊ギルドの咎は及ばないとした。また別の法で裁く予定だ。
「やはり少々無理があるのでは?」
「わかってはいるが……。ペデモント兵士長がマメに通っているんだろ」
「はい。律儀にも、会話の内容を報告書として提出してきております」
狙いを言ってしまうと、オレはオブルスに公衆の面前で『教会に唆された』と証言させたい。むろんシチュエーションは勇者制度を弾劾している場面で。
本質的な否定にはならないが、後ろ暗いことをしていた組織だと暴露されたときのダメージは、教会の行いすべてに悪印象を与えると見越して。
その旨はペデモント兵士長にも伝えてあり、彼はオブルスの説得に当たらせてほしいと頭を下げてきた。
「それにしても、オブルスは信じすぎだろ」
「……そのような見立てですか」
「なんか含みがあるな」
いつものへべス大臣なら、ズバッと率直な物言いをしそうなところだが……。
「おそらく陛下は、教会の権威を甘く見積もっておられます」
言われてハッとした。
たしかにバカにはできない。
ここは一つ、オレが腑に落ちやすいよう置き換えてみよう。
とある世界的な宗教家が、特定の人物を『あいつは悪魔だ』と批判したとする。その影響は絶大だ。
しかし無宗教の人からすると首を傾げる。なぜ信じる? 角も尻尾もないではないかと。
だがだ、その無宗教を標榜する代表例——多くの現代日本人ですら、祟りだと言われればなんとなくそんな気にもなるし、口では『幽霊なんか信じていない』と言っていても心霊現象スポットにいけば怖がる。
どれだけ科学が発達しても宗教は根強いのだ。人間の根源的な本能だなんて話も聞いたことがある。
かくいうオレだって厄除けも厄祓いもしてもらったことがあり、盆の墓参りも年始の初詣も行く。
やや話が飛躍してしまった感はあるけど、要するに、人は権威による発言を無条件に信じてしまう。
そしてこの世界には魔法があり魔獣がいて、権威の根拠となりそうなものが、より身近なのだ。説得力は段違い。
それに教会の主張にも一理ある。というか、王様の中身がオレに変わったのは紛れもない事実。
やってることも『覇権主義に取り憑かれた新たな魔王』というデマを払拭できる内容ではないしな。
むしろ、立場によっては教会の主張を補強しかねないことばかりだ……。
「陛下?」
「大丈夫。忠告を噛み締めていただけだ」
「どうやらお疲れのご様子」
「そうでもないさ。それを言うなら大臣もだろ」
「私は慣れておりますので」
なんだか謙遜の応酬になりそうな気配。
そこへ——
「ヘーカもパパも二人とも疲れてるってば〜」
プエルラーレが割って入った。
いったいどこから話を聞いていたのやら。
「頼むからノックをしてくれ。いきなり声をかけられると『え、忍者⁉︎』って驚いてしまう」
「ん? なになにニンジャって〜」
「世を忍び、諜報活動したり破壊工作をしたり要人の暗殺をしたり、オレの印象だと最強に近い職業だな」
「ってことは、ヘーカは盗賊をニンジャにするつもりなのか〜」
そんなことぜんぜん考えていなかったが、ありっちゃありか。なんとなく盗賊から忍者って、ジョブチェンジしやすいイメージだ。
しかし問題はどうやって育成するかで、忍者育成ノウハウなど中間管理職のオッサンが知ってるわけない。
だがしかし闇に潜む忍者軍団か……。ロマンはあるな。ムフッ。
「ヘーカ、ヘンな顔してる〜」
「うるさいな。で、たしかにオレらは疲れているが、それがなんだと言うんだ?」
「それそれ〜! 二人でお出かけしたらって」
——コ、コイツ。まさかオレと大臣にデートでも勧めるつもりか⁉︎ 勘弁してくれ。その手の疑惑はこないだ晴らしたばかりだろうが。
「運動不足だからすぐ疲れちゃうんじゃない。とくにパパとか〜。前よりお腹でてきるしぃ」
「んな⁉︎」
以前オレは、プエルラーレを唆して大臣を動かした。
だけど今回プエルラーレは、大臣を焚きつけてオレへの意図を通そうとしてきた。油断も隙もあったもんじゃない。
「んじゃヘーカ、パパ、明日から一週間くらいダンジョンでたくさん運動しておいでよっ」
「そうさせてもらうか。陛下、つづきは後日としましょう。さあ明日は早いですぞ」
簡単に娘に乗せられるなよな、まったく。
にしても、オレら二人が留守のあいだ、プエルラーレはなにをするつもりだ?
「大丈夫だって。あたし、ヘーカの邪魔になるようなことなんてしないも〜ん」
やっぱりなにかするのか。
口では『やめろ』と命令できる。だからといってオレに、プエルラーレになにかを強制できる実行力はない。
すべては彼女の好意で成り立っているんだ。やる気を削ぐようなことは言わないに限る。
「頼むからほどほどにな」
「てひひっ。ヘーカに言われたくな〜い」
……言ってくれるじゃないか。
よし決めた。もしプエルラーレがなにかやらかしたら、娘の不始末としてへべス大臣にぜんぶ押し付けてやろう。
うむ。こう考えたら少しだけ気分が楽になってきたぞ。




