情けないのは認めるよ
王国兵の奮闘のおかげで、死者ゼロで盗賊ギルドを検挙できた。
だが、怪我人は盗賊ほぼ全員だ。とてもじゃないが癒してやる余裕はない。兵士たちの魔力は乏しいのだ。
牢は足りそうにないし練兵場にでも連れて行くしかないか。となると……。
「おいおい相手は盗賊だぞ。後ろ手にしたくらいじゃ拘束にならないだろ」
さっきの戦闘で、レベルアップした者の強さは嫌ってほど思い知らされたばかり。ゴリラ並みの腕力があると想定しておくべきだ。
それに、盗賊なら縄抜けくらいやってのけるかもしれない。
「こうやるんだ。おいオマエ、力を抜いておけ。ムダな抵抗はするなよ」
片腕を上から背中へ、反対側の腕は下から背中へ。
「——い、てててッ」
「じっとしていろ。力むから痛いのだ」
上下逆さまの手首を背中で縛ってやれば、拘束完了だ。
ヨガでいうところの『牛の顔』ってやつだな。
ちなみに前世のオレはできなかった。
職場で話を振られたので見栄を張ってムリしたら、肩がビキッてなって、しばらく整体に通うハメになった苦い記憶がある。
まぁ、中間管理職だったころのオレとは違って、身体能力が優れている盗賊たちにその心配はない。
「縄を数珠繋ぎしたら、練兵場に連行しろ」
「「「ハッ‼︎」」」
痛いやら引っぱるなやらガヤガヤと盗賊たちは互いに罵り合っているが、これで無事に移送できそうだ。
「ペデモント兵士長。身体は大丈夫か?」
「ハッ! 窮地を救っていただき、ありがとうございました」
「それはこっちのセリフだ。生命拾いした」
口にした途端、実感が湧く。
まだ我慢していなくはならないのに、指の震えが止まらない。
「すまん、少し疲れた。へベス大臣と話すこともある。ペデモント兵士長、病み上がりのところ悪いがあとの始末を頼めるか?」
「ハッ!」
見事な敬礼で応えてくれたので、オレは先に帰らせてもらった。
◇
兵士数名に送られて、ようやく私室につく。
両開き扉がパタンと閉じると、指の震えは肩を経て全身へと広がった。
立っていられず、オレは装備をつけたままベッドに倒れ込んだ。
「カヒッ、カヒッ、カヒッ……。あぁ……、呼吸、変になってる……」
めっっっちゃくちゃ怖かった〜ッ‼︎
魔獣を前にしてもぜんぜんだったけど、人間に向けられた生の殺意は精神的にキツイ。
あのときはペデモント兵士長が負傷したから冷静でいられた。だがホッとした途端、ガチの殺気を込められた目がフラッシュバックして……。
「ひっ……ふぅぅぅ、ひっ……ふぅぅぅ」
思うように深呼吸もできないなんて。
情けないのは認めるよ。だがな、と、なんとか自己弁護して立て直そうとしたところへ——
コンコン。
ノックの音が邪魔をした。
サッと身体を起こして王様の体裁を整え、
「……。ど、どうぞ」
入室を許可。
いかん、つい普通に答えてしまった。
「失礼します」
入ってきたのはマギアレフィカ第二王妃だった。
これがあまりに意外で、
「てっきりプエルラーレかエリテマソーラが来ると思った」
つい余計なことを口走ってしまう。
だが、マギアレフィカは表情ひとつ変えず、
「そのお二方に、陛下の部屋を訪ねるように言われたのですよ」
淡々と。
「そ、そうか」
いまは受け答えするのもツライんだが……。
しかし彼女は、いちおう気遣いで来てくれたんだ。なるべく角が立たないよう早めにお引き取り願おう。
などと考えを巡らせたとき、ふと、胸許のネックレスが目に入った。
ダンジョンの隠し部屋で入手した物で、売りに出す前に効果を調べてもらおうと依頼して、それをそのまま贈ったという経緯の品だ。
「使ってくれていたのか」
「……ええ。陛下からの贈り物ですので」
マギアレフィカは、魔女っ娘ですと自己紹介しているようなトンガリ帽子のツバに触れて、小さく顔を隠した。
うん。黒いローブの胸許に深い赤色の石がよく映えていると思うぞ。こんなことわざわざ口にはしないけど。
気が紛れたからか、少しだけ震えが収まった。
「せっかく来てくれたんだ。魔法について教えてもらってもいいか?」
「喜んで」
自分の興味ある話を振られたら微かに頬を綻ばすなんて、本当に平成のテンプレ無表情キャラみたいなヤツだな。
顕微鏡レベルの変化というのがもう、芸が細かいのか思考停止した様式美なのかわからんけども。
いや、オレは嫌いじゃないぞ。これだけはハッキリ断言しておく。
「陛下?」
「ああ、すまんすまん。聞きたかったのは、冷と冷の二属性魔法についてだ」
「おそらく『氷河洞魔法』のことを仰っているのですね」
マギアレフィカ曰く、戦闘域が氷結の効果を帯び、持続的なダメージを与えられるとのこと。
ただ、敵味方どちらも対象になるので使いどころの難しい微妙な魔法なのだそうだ。
「すでに王国兵は火と熱の二属性魔法『大炎上魔法』、水と水の『治癒再生魔法、水と冷の『大氷柱魔法』を発現させていると聞いております」
もう一つ氷河洞魔法加えて
、四つ目となったわけだ。
「あとは火と火、熱と熱か。ちなみにマギアレフィカはぜんぶ使えるのか?」
「ええ。上級魔法は魔道の入り口ですので」
上級なのに入門編⁇
「体系化された魔法以外を使えてこその魔道士です」
「なるほど。それは恐ろしい」
つまり魔道士は、オリジナルの魔法を隠しているってことになる。
そこそこ魔法を知った気になっていた。だけど、なにをしてくるのかわからないのが一番怖い。
「差し支えなければ答えてくれ。独自の魔法はどうやって作るんだ?」
「魔法は作るのではなく、似た結果になるよう繰り返し、繰り返した結果にのみ焦点をあてて身体に慣れさせます。この説明で伝わるでしょうか」
なんとなくだが、AIの追加学習ってやつに似てる気がした。
そういえば我が社にもAIの導入がはじまり、
『ついにオレの部下に、サイバーダインシステムズ製モデル一〇一シリーズ八〇〇——シュワちゃんターミネーターが加わるのか!』
とワクワクしたものだ。
スカイネットが実現する前にこちらに来たから以降どうなったかは知らないし、現代社会にアイルビーバックもできそうにないけど。
「因果という文脈に縛られない方が、魔法という結果は導きやすい。こんな理解だ」
「…………ッ」
「驚くほどのことは言ってないと思うぞ」
「いいえ、すでに陛下は実践されております。そこまでのご理解があってとは思いもよらず、驚きました」
……コイツ、魔法オンチってちょっとバカにしただろ。まぁつい先日まで初級魔法も知らなかったオレ相手だ、ムリもないか。
「で、実践とは?」
たぶん兵士たちの話だとは思うが、いちおうの確認を込めて。
「王国兵は、集団での二属性魔法の運用を学びつつあります。高精度な意図した発現とはいかなくとも、結果を繰り返すことで……、ん、なんでしょうか?」
「実はな」
オレはほんの意趣返しのつもりで、地下水路での治癒再生魔法の発動についてを話してみた。
するとマギアレフィカは——
「しょ、少々お待ちを。紙とペンを持って参りますので!」
はじめて大きな声を出した。
いつもは動く歩道にでも乗ってるみたいな移動なのに、ローブの裾を引き上げて走っていくんだ。
きっとこのあと根掘り葉掘り聞かれるんだろうなと、オレは思わず苦笑してしまう。
そのころには、もう身体の震えは気にならなくなっていた。




