王様が一番落ち着けよ
正直なところ、密室に籠った相手を無力化するのはそこまで難しくない。人質でも取られていたら話は別だが。
定番の粉塵爆発や生木を燃やして一酸化炭素中毒という手もあるし、比較的穏便な方法だと刺激物を燻してやるというのも効果的だろう。
でも、なるべくなら投降させたい。
オブルスの処遇も理由の一つだが、王国軍に投降したら無碍にはされないという評判は、絶対にここで確立させておくべきだ。
だからこそのサウナ責め。
我ながらアホらしい字面だとは思うが、健康的に汗を流せるのは十分間程度。以降は責苦だ。
「魔法で抵抗しないのだな」
「盗賊は魔法を使えませんので」
律儀にペデモント兵士長が答えてくれた。
その額には汗が浮いている。
「喉の渇きを感じる前に水分を補給しろよ。誰か、冷属性魔法が使える者、皆の飲み水を冷やしてやってくれ」
樽だけ運んで、水属性魔法で貯めておいた水だ。
用水路の水を煮沸するより手っ取り早いので、そうした。
「しかし、よく調べている」
「我らが冒険者を知ったように、あちらも王国軍の集団戦法を知ったのでしょう。であるからこその防備なのかと」
オレは兵士長を褒めたんだけどな。よくぞこの短期間で調査してくれた、と。
冒険者パーティーを一括りにせず、盗賊ギルド所属の者など細かい背景まで把握していたからこそ、先の答えが返せたのだ。
魔法と物理で熱波を起こす兵士たちは汗だく。
そこへ、キンキンに冷えた水で喉を潤せば、
「「「ぷっはぁ〜あ」」」
心地よい清涼感は息となって表れた。
数も多く、音の響きやすい空間なので、当然それはサウナ責めされる側にも届く。
「「「ク、クッソぉぉぉ……」」」
一つボヤけば、息継ぎに蒸し蒸しな熱気を吸い込むことになり、さらなる精神へのダメージにも繋がる。
どうやらレベル差を覆せると見込んだサウナ責めは、効果ありのようだ。少しホッとした。
この世界の住人をオレの現代人的な感覚で考えてはいけない。
とはいえ手遅れになっては困るので、深刻な症状が現れる前に、いったんあちらさんの意思を確認しておこうか。
オレが手を上げると、ペデモント兵士長はすかさず号令をかけた。
「総員、やめ!」
「「「応ッ‼︎」」」
警戒心は残しているが、水に手を伸ばす兵士は多く、
「「「ぷは〜」」」
「こんなに水が美味いと思ったのははじめてだ」
「冷やすだけでこうも変わるとはな」
「なっ。たまらないぜ」
こういう無自覚な煽りもあちらへ届く。
「さて、約束どおりこれより投降を受けつける」
「——ふざけんな、この野郎!」
「ハァ、ハァ……えげつねぇマネしくさりやがって!」
このあとも似たような口汚いガヤは止まらない。
おそらく、多少なりとも新鮮な空気が流れ込んで、息を吹き返したんだろう。湯気が晴れて、視界が遮られなくなったのもあるかもしれない——
「いまだ! 王国兵の雑魚どもをやっちまうぞ!」
「「「やっちまえーッ‼︎」」」
バリケードの隙間から何人かが飛び出してきた。
「そちらの返答は受け取った。兵士長!」
「ハッ! 総員、攻撃再開!」
「「「応ッ‼︎」」」
こちらが少数ずつしか入り込めないのなら、あちらも同じというのは道理。
歯向かってきた数名の盗賊には、数の暴力で対抗するまでだ。
「顔を狙え! 息継ぎをさせるな!」
ペデモント兵士長、エグいこと考えたな。
「「「——グペッ」」」
以降、飛び出した盗賊たちは声すら出せない。
絶え間なく顔面に水弾を当てられつづけているからだ。腕で庇おうが無意味。
王国兵は相手がひっくり返っても責め手は緩めず。四つん這いでなんとか呼吸を確保しようする尻に目掛けて——パシャン! だ。
読んで字の如く、盗賊たちは這う這うの体で戻っていった。
「熱波、よぉおおおーいッ! 開始!」
「「「応ッ‼︎」」」
バリケードの奥からは、
「ままま、待ってくれ!」
「お、俺は降参するぞ!」
「まだ話の途中だろが!」
などと調子のいいガヤが聞こえるが気にしない。
ただ、無視はよくないので誠実な応答を返しておく。
「大変申し訳ありません。今回の投降の受け付けは終了しました。次回の受け付けはおよそ十分後となります。またのお問い合わせをお待ちしております」
「「「ド外道がぁあああーッ‼︎」」」
さらに十分経過——
サウナ責めされる側にとったら、永遠にも感じる時間だったに違いない。
「投降を希望する者は武装を解除したのち、両手を頭の後ろで組んで視線は下に。それ以外の行動は反撃と見做す」
「「「ハァ、ハァ……チッ」」」
舌打ちくらいは聞かなかったことにしておく。
ポツポツと投降者がバリケードの外へ。
「後ろ手にして拘束しろ」
「「「ハッ!」」」
一人に対して三人がかりで、抑えていく。
「痛ッ。俺はもう降りたんだぞ」
「おうコラ、手荒なマネすんなや!」
どうやらオレはこの世界の住人を過小評価していたようだ。まだまだ文句を言う元気は残しているらしい。
——いいや待て。
「兵士長、投降した盗賊のなかにギルド長はいたか⁉︎」
「おりません!」
「オブルスは!」
「お、おりません!」
盗賊ギルドは曲がりなりにも組織。だとすると、個別の判断で投降できてしまったことには違和感が残る。
ギルド長がいたなら理解もできたが、それが見当たらないとなると……。
ふと目があった盗賊の一人。その口の端は吊り上がっているように見えた——いかん罠だ‼︎
「手荒になっても構わない! いますぐ投降した者を無力化しろ!」
「しかし陛下——」
「外聞は気にするな。すぐに後詰がくるぞ。狙いは挟み討ちなんかじゃない。コイツら、オレらを内側から乱したうえで前と後ろから潰すつもりだ!」
言い終えるなり、投降したはずの盗賊たちが暴れ出した。
そこへバリケードを破りアジトに立てこもっていた盗賊たちが打って出てくる。
さらに——
「みんな! いまこそ国王を、悪しき『覇権主義に取り憑かれた新たな魔王』を討つんだッ!」
「「「うぉおおおーッ‼︎」」」
やはり来た。先頭に立つのがオブルスというのは、なんたる皮肉か。
ギリギリ投降を偽った者らの無力化は間に合ったが……。
「う、後ろからもッ⁉︎」
「どど、どっちを相手にしたらいいんだ!」
「みんな落ち着け‼︎」
——言ってる王様が一番落ち着けよ!
もうすでに戦端は開かれている。あちこちバラバラに、王国軍側は受けにまわっている状態……。
「陛下、自分に後方の指揮をお任せください」
「やれるのか?」
「王国軍兵士の役目ついて薫陶をいただきましたので」
信頼していた元部下を相手にちゃんと割り切れるのか心配は残る。だが、前後を同時に見ることはできない、か。
「……頼んだ」
「火と熱の魔法を扱える者は、後方に対応! 水と冷の魔法を扱える者は陛下の指揮に従え! 魔法未修得の者は、双方の援護と補助!」
「「「応ッ‼︎」」」
ぐっちゃぐちゃになっていた敵と味方の境界線を引き直し、集団のリズムを立て直していく。
そして——
「「「〝火球魔法〟」」」
「「「〝着火魔法〟」」」
燃え広がる火炎の壁
ペデモント兵士長は、後門の虎に二属性魔法『大炎上魔法』を使用した。
巻き上がった炎は、見事、後詰の急襲を遮ったのだ。




