か、揶揄うなよ
教会と盗賊ギルド……。
字面のうえでは相容れない組織に思える。
だが、エリテマソーラから寄せられた情報は、オレの認識を改めてさせるものだった。
「盗賊ギルドが盗んだ金品を、教会が浄財として貧しい信者たちに配るわけか」
「ええ。陛下の仰るとおり、信者にのみです」
まさかファンタジー世界で『ばら撒き政治』とはな。思っていたより教会は人の心を蝕むことに長けているらしい。
「どうせ施しのついでに、あることないことオレの悪口も吹き込んでいるんだろうな」
「うふふっ」
なぜ笑う。
「教会曰く『レガリスレクス国王は覇権主義に取り憑かれた新たな魔王』とのことですよ」
なんて雑なプロパガンダなんだ。
「そんなものを誰が信じる」
「まあ。陛下もお気づきでしょうに。国王が勇者の認可を拒んだことにより、教会の言は一定の説得力を得てしまうと」
「勇者制度を拒否した王様は『魔王に肩入れした』とか『世界の秩序を乱した』とでも吹聴しているのか」
デマのなかに、大司教を追い返したという事情が含まれているところが厄介。信者相手なら簡単に信じさせられる。
だが問題はその先。残念ながら教会は、人類を魔の手から救う英雄——勇者を認定するグローバルな組織なのだ。
となると、その信者の言葉もそれなりに疑われることなく受け入れられてしまいかねない。
「小耳に挟んだのだが、教会は文字を教えたりもしているんだろ?」
「はい。養護もしておりますよ。陛下がダンジョンを封鎖する以前は、魔獣の被害により身寄りを失う子供も少なくなかったので」
魔王がいるから信仰を集められ、魔獣がいるから立ち行かない弱者らも集められ、その中から新たな勇者を差し出す……。最低の循環だ。
その収奪システムの要を二つも潰されたんだから、オレへの恨みはひとしおだろう。
「てっきり、恥をかかされた大司教がカンカンに怒ってる程度だと思っていたんだが」
「すでに事は個人の感情で済むものではなくなっております」
「……。神殿は、教会をどう思っている?」
曖昧な笑みを返された。
こちらが考えつく以上には教えない、たぶんそんな意図を示したんだろう。
「では聞き方を変える。神殿とはどういう組織だ?」
「こなたは神殿に属していないので、あくまで一般論でお答えしますと……」
役人の国会答弁みたいな前口上のあとに語られた内容は——
教会は女神を唯一の信仰とし、神殿は数多の精霊に祈りを捧げる。
神殿も国を跨ぐ組織で、各地の大神官を頂点に、神官や巫女たちにより運営される。
また、聖騎士や、ときには教会の勇者のように『光の戦士』を認定することもある。
——とのこと。
「似ているようで、ぜんぜん違うな」
「ええ。神殿は信者を求めておりませんので。教会の唱える神による導きではなく、神殿は人自身による歩みや精霊との調和を説いております」
若干のバイアスがかかっている可能性には留意が必要としても、エリテマソーラの話は見逃せない情報がてんこ盛りだった。
「教義はともかく、まるで違う組織でほとんど競合しないってことはわかった」
つまり、神殿とは節度ある距離感を保つのが得策ってことだ。
「想像でものを言うけど、神殿内でエルフの扱いはとても高いんじゃないか」
「どうしてそのようにお考えになられたのです?」
「これはオレの勝手な印象だが、エルフは精霊に近い種ってイメージがあったからだ」
「古い時代の人類種には妖精種と呼ばれておりました。フェアリーやピクシーなどと同じ括りで、ハイエルフからローエルフまで」
情報過多っ。
ええと、フェアリーとピクシーは羽の生えてる小人的な妖精さんであってるよな。
「ローエルフというのは初耳だ。ハイエルフやエルフとなにが違う?」
「とても背が低く幼い顔立ちをしていて、黒髪です」
要するに幼女っぽいエルフか。ちょっと会ってみたい気もする。
「エルフは長命で、亜種を合わせても元々数の少ない種ですから」
「……そうか。神殿から特別な扱いをされているのではなく、上手いことやっているんだな」
数の多い人類社会に対し、マイノリティなエルフたちは神殿を通じてロビー活動している。おそらくはこんなところだろう。
となるとエリテマソーラが第一王妃でいるのも、その一環なのかもしれないな。
これとは別に、オレは嫌な想像をしてしまった。
「……魔王がいなくなると困るのは、エルフたちも同じか」
室温が下がった気がした。
原因はエリテマソーラの微笑みが消えたから。なんなら表情までいっしょに消え失せた。
「敵対する種がいなくなれば、教会は新たな脅威を求めるだろう。でないと今日までつづく組織の成長を維持できない」
「こなたたちがその標的にされると?」
「オレはエリテマソーラ以外のエルフを知らないけど、少数でも個々は強力で、長命。だからこそ民衆を焚きつけやすい」
妬みを尤もらしい屁理屈で煽ってやれば、すぐに火がつく。
エリテマソーラは紛れもない王国史の生き字引。もしかしたら、そういう迫害の歴史を知っているのかもしれないな。
「んん?」
「いえ。陛下があまりにも恐ろしい話をされるものですから、少々悩んでおりました」
「な、なにを?」
「誰を次の王に据えるかです」
オレいまデッドオアアライブの狭間⁉︎
エリテマソーラは、これっぽっちも冗談ではない真顔だ。
「——待て待て、待て早まるな話せばわかる。よぉく考えてみろ。これからオレがもたらすであろうエルフにとっての利益と、オレを懐柔することの難易度を比べたら、超低コストのハイリターンじゃないか? 自分で言うのもなんだがオレはかなりチョロイぞ」
「まあ。つまり陛下は、こなたに誘惑による籠絡を勧めていると」
どうしてハニトラみたいな答えに行き着くのか疑問だが、目下のバッドエンドを回避するにはそちらしか選択肢はないようだ。
「でしたら、ここは一つこなたも……」
ぅうう、うそだろ⁉︎
さっきまで身を危険を感じていたのに、こんどは貞操の危険を感じるハメになるとは!
「か、揶揄うなよ」
こちらにも心の準備というものがだな。
というかまだ盗賊ギルドの話が終わってなくて、でもでも、熱っぽい眼差しに嘘はないようで、長い耳の先まで火照って赤くて……。
——ゴクリッ。
エリテマソーラは胸許をそっと開いてみせた。
そして深い深い谷間に指をなぞらせ、
「……こ、こなたにも似合いの首飾りを所望します」
恥ずかしそうにアクセサリーのおねだり。
え? さっきのなんだったの。
「ハァ。そのうちな」
いつの間にか迫るカタチになっていたエリテマソーラの肩を軽く押すと、オレは足を崩した。
「話を盗賊ギルドに戻すぞ」
「教会ではなく?」
「ああ。盗賊ギルド……、いいや違うか」
この手の組織は呼称で偽るから厄介なのだ。
「呼称は組織的窃盗集団とでも、改めるべきだろ」
——翌日、オレは盗賊ギルドの一斉検挙に踏み切った。
表向きはどんな事情であれ泥棒を放置できないという理由で。裏目的は、見つかれば特大スキャンダル、盗品が教会に流れていた証拠を掴むために。




