しかめっ面で言うなよ
はじめはインフルエンザに罹ったのかと思った。
節々が重怠くて頭がズキズキ痛む。一晩中、寝ているのに眠れない辛さがつづくんだ。
だが心当たりはあった。待望のレベルアップだ。
てっきり成長痛のようなものだと決めつけていたが、めちゃくちゃキツいぞ、これ……。
それも一夜を明かすまで。翌朝にはキレイさっぱり不快感は消えた。
「ホッ、と」
オッサンが朝一番に首跳ね起きをしてしまうほどの漲りっぷり。気分は若き日に見たブレイクダンサー。
鏡の前でポージングしたりシャドーボクシングしてみたり。
脱いでみると、ふむ、まだ腹は弛んでいるが少し締まった気がする。
「それほど肉体美に自信があるのなら、王妃たちの閨に通われては?」
ノックもせずに王様の私室に入ってきたのは、へベス大臣だ。
「どの王妃を指して言っている」
「はて、陛下はマギアレフィカ第二王妃にご執心なのかと思っておりましたが」
まだ誤解が解けていないのか。
というのも、昨夜のうちにマギアレフィカのところにダンジョンで拾得したネックレスを届けておいたのだ。
元主席導師というくらいだから詳しいのだろうと見込んで。
もっといろいろと知っていそうなハイエルフとダークエルフのハーフという出自をもつ第一王妃——エリテマソーラに頼む選択肢もあったが、まともに答えてくれなそうなので却下。
こういう経緯がどうしてか変な誤解を生んだ。
口火を切ったのはプエルラーレで、めちゃくちゃムスッとしていた。
彼女は絶賛ご機嫌ナナメで近寄れそうにない。
「大臣は末娘を甘やかしすぎだ。子がいないオレに、親の気持ちなどわかるはずもないがな」
「ですので、子を授かる心づもりなのかと」
「それも王様の大事な役目……か」
生々しい話だ。
オレになる前の王様は王妃たちのところに通うのを楽しみしていたと聞かされてたから、てっきり毎晩お楽しみだと思っていたのだが……。
へベス大臣が『なにもなかった』というなら、実際なにもなかったんだろう。
オレとて、世継ぎがいない王様のつけ込まれやすさは充分に理解している。
けっして王妃たちが好みじゃないとかでもない。むしろ、それぞれ魅力的に思ってもいる。
だからこその距離感!
長く中間管理職として生きてきたオレにとって、女性との間合いに寸分の狂いも許されない。ミリ単位の精度を要するまで言っても過言ではなく、接近には非常に高いリスクを孕むのだ。
おっと、いまのは上手いこと言ったわけじゃないぞ。
「なんだかんだで大臣と話してるときが一番心安らぐ」
「——なんと、私を選ぶと申されますか⁉︎ そ、それはいけません。もう一度考え直してください!」
どっかで聞いたようなセリフだな。
ついでに思い出したのは、男性新入社員に似たようなことを言ったとき『いや、自分ッスか? ちょ、待ってくださいよ。そういうのに理解ないわけじゃないッスけど、自分は違うんで』と距離を置かれた記憶。
しかも口が軽いヤツで火消しに大変だった……。
露骨に否定するとそれはそれで各方面に角が立ち、たくさん髪を減らしたほろ苦い思い出だ。
オレの回想は、ガシャンと割れたグラスの音に遮られた。
「へ、陛下はそっち……」
ハァ。もう面倒くさいなぁ。
「聡明なプエルラーレなら一度で聞き分けてくれると信じているからこそ弁明するが、マギアレフィカにネックレスを渡したのは調査のためだ。それが済めば売りに出すぞ」
「そんなのひど〜い!」
どっちだよ。オマエはオレが贈り物するのがイヤなんじゃなかったのか。共感性がバグってるぞ。
「あれはオレが手に入れた物ではない。そもそも拾得物は国庫に納め、のちのダンジョン封鎖の費用に充てると法度に書いてあるだろう」
「でもでも〜、法度は『王国内の物は王様の物』っていうのを根拠にしてるわけでしょー。したら首飾りは陛下の物じゃーん」
て、手強い。
甘ギャルチックな外見に惑わされがちだけど、プエルラーレはしっかりと大臣の血を受け継いだ才媛だ。
「それでは用途の説明になっていないぞ」
「研究資料として? 贈答品? 口利き料? 相談の対価? いくらでも言いようあるし」
「それでもダメだ。あのネックレスは調べ終えたら処分する」
「ええ〜っ。でもでもマギアレフィカお姉さま、めっちゃ喜んでたのに〜」
ハア⁇ あのマギアレフィカが? アイツは『オマエは平成からやってきたのか』と問い詰めたくなるほどのステレオタイプ無表情キャラだぞ。あり得んあり得ん。
「じ〜……」
あり得る、のか?
夜な夜な部屋で一人、託されたネックレスを確かめる合間に、こっそりと微笑んじゃったり胸に当ててみたりしてたりして。
——なにそれめちゃくちゃ破壊力高いんだが!
破壊力、否だ。この妄想には、様式美になぞらえて『萌える』と言っておくべきだ。
「じと〜……」
「わかったわかった。口に出して言わなくても、プエルラーレの視線の湿度は感じ取ってるから」
「じゃあ、あたしにもヘーカの贈り物ちょうだーい」
したことないけど、パパ活ってこんな気分になるんだろうか? たかられてる感が半端ないぞ。
まぁいい。まだ『タク代』とか言い出さないだけマシとしておこう。
「オレがレアアイテムを落とす魔獣を倒せるようになったらな」
「てへへ。いまから楽しみ〜」
いつになるかわからんぞ。
というか大臣、どうしたその形相。なぜオレを睨みつける。
「ねーパパぁ」
「……ぁ、ああそうだねプエルラーレ」
見るからに複雑そうな顔をして。
とにかく妙な誤解も解けた。
今日のオレはやること盛りだくさんなのだ。
「こんどはなにをなさるおつもりですか?」
「しかめっ面で言うなよ。どこかに手を出すわけじゃない。ちょっとした体力テストの雛形でも作ろうと思ってな」
そうなのだ。オレは来たるべきレベルアップに備え、かねてよりコツコツと身体能力を測定する準備を進めていたのだ。
「さあ、朝メシ食ったら練兵場へいくぞ」
「きゃ〜んヘーカぁ。あたしいるのに着替えちゃダメだってば〜」
おっといかんいかん。気持ちが先走ってしまった。




