二百二十四
私扮するカーン君が、冠十二位を賜り貴族の仲間入りを果たすまで一ヶ月を切り、毎日千回の素振りとオジサマとの模擬戦で、剣術は何とかなりそうな気配がしてきた。と、ピチィッ。とした音と共に手の甲に快感……もとい、痛みが走る。
「どうした? 動きが鈍いぞ」
「そう言われましても、寒い上にこれじゃあ……」
訓練を中断し、木剣をだらりと下げて空を見つめる。上空には濃い灰色をした曇が視界一杯に広がり、白い結晶を降らしていた。手の平を空に向けて落ちて来る結晶を受け止めると、手の上に乗った結晶はその形を刹那の間だけ維持して崩れてゆく。雪の形は一つとして同じモノが無いというが、この世界でもそうらしい。
「こんな時だからこそだ。いくら上手く立ち回る事が出来ても、足を取られたら命取りだぞ? それはつまりっ!」
オジサマは駆け出して一気に私との間合いを詰める。これが玄人ならば何らかの対抗手段を用いるのだろうけど、素人同然の私は、ただただ驚いて身を引く防衛行動に出る。その際、軸足を滑らせて、サッカーのボールを蹴り損なった様に足を蹴り上げる格好となり、視界一杯に曇天を捉えていた。このままじゃ後頭部を打ち付ける。そう思ったのも束の間、首に温かい丸太が添えられていた。驚き目を見張る私の顔にヒタリ、ヒタリ。と雪が張り付く。
「こういう事だ。悪路に慣れておけば、森や沼地に誘い込む事も出来る。覚えておけ」
「ひ、ひゃいっ」
オジサマが私を見下ろしていた。その位置は曇よりは近く、鼓動が爆走する程の距離。オジサマのお陰で後頭部を打たずに済んだが、出来る事ならお姫様抱っこで支えて欲しかったなぁ。お尻が冷たい……
「ふう、今日もシゴかれたなぁ……」
魔法の明かりが灯され、上等な絹の様な白い絨毯を所々オレンジ色に染める帰り道。お昼頃から降り出した雪は今もなお、しんしんと降り積もる。都内では滅多に見ない雪景色に、疲れている筈の身体は何処か軽く心が弾む。前からやって来る三人組も相当ご機嫌な様子だ。
「ん? んんん?」
酔っぱらいの一人が首を傾げながら私をジッと見つめている。ああ、嫌な予感が……
「見ればスゲぇ別嬪さんじゃねーか。どうだい? 俺達と飲みに行かねぇかい?」
ナンパ。美人がこの手の男に引っ張りだこなのは元の世界でもこの世界でも変わりがない様で、独り歩きをしていると必ずと言って良い程声を掛けられる。そういった奴には――
「ごめんなさい。旦那と子供が待ってるから」
――と言えば大抵は諦めるのだが、酔っぱらい相手には通用しない場合がある。
「ああ、大丈夫大丈夫。オレ様が上手い事言っておくからよ」
全然大丈夫じゃないんだが?
「――だから少し付き合えや」
下腹部に衝撃を感じ、男の冷静な声が耳元で聞こえた――




