二百十九
元の世界で見掛けた剣道部の練習風景。それを真似して木剣を振るう私に、オジサマとルリさんが物申した。
「え、何処で……?」
「そうだ。キミは一般市民だろう? 冒険者でもない一般人が、剣を振る動作を知っている筈が無いんだがな」
言われてみればそうだ。冒険者でもなく、剣術を習っている衛兵でもない素人が、こんな風に剣を振るえる訳は無い。ましてや女の私なら尚更だ。大学の剣道部の――と言った所で理解し難いだろう。
「こ、これは、前に見掛けた事が有って、それの真似をして……」
我ながら苦しい言い訳だな。
「なんだ、そうだったのか」
アッサリ信じるのもどうかと思う。
「あ、あの……何処か不味い所でもありましたか……?」
「いや、それで良い。そのまま素振りを続けてくれ。注文があるとすれば、剣を振り下ろす時には鋭く、だ。そうだな……あと千回繰り返せ」
「せっ……」
きっつ。それマジできっついですよオジサマっ!
「何だ? 不満なのか?」
オジサマに向かって真顔でコクコク。と頷く。素振り千回は流石に死んじゃますっ。
「そうか……では――」
私は必死になって祈った。百回で、百回で、百回でっ!
「――千五百だ」
「にょえっ!?」
ハードル上がっちまったぁぁっ! ついでに変な声も出ちまったぁぁっ!
「なんだ、まだ不満なのか。では二千に――」
「いいいいえ、結構ですっ! やりますっ、やりますから。千回振りますからっ」
「違うだろ。千六百だ」
増えてるっ!?
「いいからやれ。強くなりたいのなら千回振るんだ」
回数が元の数値に戻ったのはオジサマの温情だろう。渋々木剣を持って構えを取り、上段に持ち上げて振り下ろした。
「九九八……九九九……せ、千っ」
素振りを千回終えるのと同時に、手が木剣がこぼれ落ちる。腕は細かく痙攣を起こし、手に力がまるで入らない。よくこれで木剣がすっ飛んでいかなかったもんだ。
見上げれば空はオレンジ色に染まり、名も知らない鳥が帰宅の時を知らせていた。
「お疲れ様でした。お姉様」
リリーカさんが掛けてくれたタオルから、お日様の香りがフワリと漂う。
「やり始めたらあっという間でしょ?」
そりゃ、途中で寝てたらあっという間でしょうよ。
「それにしてもカナさん。腕プルプルしてて面白いわね」
「ちょっ、触らないでっ」
腕だけじゃない。脚も同様にプルプルしてて、立っているのがやっとなんだからっ。
「あらぁ、ひょっとして脚にもキてるのかな?」
「そ、そうなんだから、放っておいてよっ」
そう応えてやると、ルリさんの表情がオモチャを得た子供の様になった。
「リリーカちゃん。面白いから悪戯しちゃおうよ」
「やっ、ちょっ、そんなトコツンツンしちゃらめぇっ」
こうして、おばさまが夕食の準備が整った事を知らせに来るまで、私は二人のおもちゃにされ続けたのだった。




