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炎舞  作者: 愁水
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第二話 「開花シタ花ノ名」

挿絵は漫画形式になっています。楽しんでいただければ幸いです。

 第二話 「開花シタ花ノ名」

 

                   一

 

 雨に混じった土と草の匂いが、鼻孔を擽る。

 明かりなどない林の中を、三人の若者は慣れたように歩みを進めていた。

 濡れた前髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、眉間に皺を寄せ溜め息を吐く風間(ふうま)。水溜まりの中へ喜んで入っていく幼児のように、突然の雨に肩のガルーダと共にはしゃぐ美世。嵐は思案顔で、先頭を黙々と歩いて行く。暗闇の中で煌めく彼女の目の色は、薄んだ紅。

(火の男……あいつの目。私と同じ、(あか)だった―――……)

 冷が掴んだブラウスの襟にそっ、と触れ、彼の目を思い出しながらゆっくりと瞬く。ただ美男子というだけでは済まされぬ、将の風格を漂わせていた男。涼やかな目に影を差していた、「憂い」。

(…気にしすぎ、…かな)

 今だまとわりつく彼の「氣」から逃れるように、嵐は足を速めた。

 鬱蒼とした空間が開けたその先に、突如、立派な作りの木造邸宅が現れる。人目を隠れるように建つ屋敷は二階建てにも関わらず、マンション並みの幅の広さ。三人は重々しい門の金具を響かせ、歴史を感じさせる荘厳な邸宅へ入って行った。

「―――おや、帰って来たかい。……案の定、荷が重すぎたようだね」

 屋敷の一室。ソファに腰かけ、手に持つ本の字からするりと視線を外す。赤みを帯びた黒い髪とは対照的に、忍び服から白いタートルネックに着替えた緑子は、無事に帰って来た三人の気配を感じ取り、安堵の息を洩らす。

「えっ? 帰って来ましたか?」

 緑子の声が聞こえたのか、襖を通して隣りの部屋から少年の声。彼女が返答する間もなく、少年は勢いよく緑子の後ろを駆けて行く。

「こらっ、テスト勉強は終わったのかい!?」

 その言葉にピクッと肩を震わせたが、少年は荒々しく廊下への扉に手をかけ、逃げるようにその場を去った。

「まったく…」

 呟いた緑子の耳には、長い廊下を騒がしく走る音が遠ざかっていった。


「へくしゅっ!」

 照明が(ほの)かに照らし出す玄関で、美世のくしゃみが大きく響く。そしてもう一発。

「ふえっくしゅ! …あぅ、風邪ひいちゃったかな?」

 鼻をすすりながら靴を脱ぐ美世に、風間の口の端が悪ガキの笑みのように吊り上がる。

「それはない。オマエはぜってー風邪ひかねー」

「え、なんで? ―――あ! ご飯たくさん食べてるから?」

「晩飯五杯もおかわりするヤツを、丈夫とは言わねえ。頭がおかしいっつーんだよ」

「ムキーーー!!」

 猿のような声をあげながら、美世が風間の顔を引っ掻こうと爪をたてる。しかし、30センチ以上もの身長差がある二人だ。風間が大きな手の平で美世の頭を押さえると、どんなに彼女が手を伸ばそうと風間の顔には届かない。勝ち誇った笑みで美世を見下ろしていると、いきなり風間の額に強烈な痛みが走った。

「ぐおっ!?」

 (くちばし)がキラリ。ガルーダの鋭い攻撃が、美世の肩から繰り出される。

「いてっ! てめえっ、このトリぃっ!! 焼き鳥にすっぞコラァ!!」

「トリ()ーなっ! 髪の毛全部毟っちゃえガルーダ!!」

「―――あーもーっ! うっさいのよあんた達は!! 黙って靴も脱げないの!?」

 いつもの二人の喧嘩だとはいえ、堪らず嵐の喝が飛ぶ。

 母親に叱られた子供のような顔つきで、両者が素直に離れた時、バタバタと廊下を駆けて来る音が聞こえた。

「お帰りなさいっ!」

 待ちわびていたとばかりに、嬉しそうに声をかけながら少年が走って来た。同時に嵐と美世にタオルを手渡す。

「ただいま。ありがとう、(ひじり)

 濡れた髪や服を拭きながら、嵐が微笑む。聖と言われた少年は照れたように笑うが、タオルで身体を拭く嵐と美世の後ろには、びしょ濡れのままの風間。

「おい、オレのは?」

「洗面所です」

 嵐に対しての態度とは打って変わり、「当たり前だろ」という表情で、聖は親指を洗面所の方向へ向ける。風間のこめかみに青筋が走った!

「ぎえええぇぇぇっっ!!」

 バックブリーカーをかけられた聖の悲鳴が響き渡る。

 呆れ顔でそれを見る嵐の背後から、低い男の声が聞こえた。

「帰ったか」挿絵(By みてみん)

 嵐が振り向くよりも早く、美世が声の男に跳びつく。

「ただいま~(しずか)ちゃん!」

 数珠を首に下げた、和服姿の長身の男。いや、小柄な美世を横にでは、山のような体躯と言える。物静かな雰囲気だが、細く鋭い眼光がこちら側(、、、、)の人間であると伺えた。

「怪我はないか?」 

「うん! 大丈夫だよ!」 

 がっしりとした肩に美世が抱きつきながら、にっこりと笑う。優しげな微笑を浮かべて彼女を見た後、静は嵐に顔を向けた。その顔つきからは笑みが消え、僅かに緊張した面持ちになる。

「火の男と接触したようだな……。どうだった? 肌身に感じた、彼の〝力〟は」

 静を見据えたまま、思案している様子の嵐。少し間をおいて、口を開く。

「…強かったわ…。三人だけだったら、…多分、殺されてた」

 あくまでも、静かな声で。その横でしかめっ面の風間が「互角だよっ」と、ぼそりと呟く。

「そうか…。無事でよかった」

「殺す気がなかったんだろ」

 肩に乗せた聖をポイっと床に投げながら、風間はぶっきらぼうに言葉を発し、廊下を歩いて行く。「なんだぁ?」と腰をさすりながら風間の後ろ姿を睨みつけ、聖は起き上がった。

「風間、待ちなさい」

 やんわりとした口調と言葉で静が制止する。

「三人とも、着替えたら迦楼羅(かるら)の間に来いと火蓮(かれん)から言付(ことづ)けだ。任務報告と、重要な話があるらしい」

 彼の顔を見上げる嵐の瞳が(にわか)に膨らんだ。太い腕に抱き下ろされながら、美世が首を傾げるように静を見て、尋ねる。

「重要な話って~??」

 静はゆっくりと瞬き、彼の大きな手が美世の頭上で優しく弾んだ。

「…忘れたのか? 今日(、、)という日を、お前達は待っていたんだろう?」

 前置きをして、静は神妙な表情で厳かに視線を上げる。

「我々が探し求める、未来の産矢(うぶや)を――――」



 大粒の雨がガラスの上を次々とぶつかっては散っていく。

 静かな一室では一層、雨音が大きく響いて聞こえてくる中、風間は無造作に脱いだ制服を力一杯、畳に叩きつけた。衝撃で制服を濡らしていた水滴が辺りに飛びはねる。

「ちっくしょう…」

 苛立ちを滲ませた声と、双眸の獣じみた光。風間がふるふると半開きの口を戦慄かせる。

(仙龍のヤツ…殺す価値もないって様な目をしてやがった…)

 炎の壁の先―――。地べたに転がる自分が見たものは、冷えきった、人を見下したような目。いや、己の障害にもならない、興味すらないといった紅い目―――。

「……くそっ!!」

 壁に叩きつけた拳の音と声が重なった。

 


 迦楼羅の間。

 法堂を連想させる、静寂で開けた一室。奥にひっそりと立つ白い屏風が、色の濃い木材で作られたこの空間と見事に調和している。屏風の脇には意識的に作られた太い木の柱。迦楼羅天の鳥頭人身である姿が彫られ、隣接する蝋燭の炎の揺らぎが彼らに命のない表情を作らせる。後ろ、左右を屏風で囲うように存在するのは壇上。その上に正座する、一人の女性。

 上質な生地の着物と毛先のそろった黒い髪。まるでこれから茶をたてようかという姿勢のよさ。膝の上に重ねておく指先は白魚のごとき繊細さで、日本美人が持つ寒椿のような凛々しさを感じさせる。しかし、あまりに破綻なく整った美貌はどこか冷たく、つくりものめいた感すらある。

「沖田嵐、砕鬼(さいき)風間、霞川(かすみがわ)美世―――。参上いたしました」

 嵐の声が凛然と、広い部屋に静かに響いた。壇上の女性から距離をとり、三人は用意されていた座布団に腰を下ろす。

「……嵐、報告を」

「はい、火蓮様。火の男の追い込みには成功したものの……力及ばず、取り逃がしてしまいました」

「天神三人組の力をもってしても敵わぬほどの力を持つのですか」

「……申し訳ありません」

「…まあ良いでしょう。今回は急ぎ過ぎたようです…ご苦労」

 火蓮が表情のないまま、抑揚のない冷たい声で言った。「ごくろーガルーダ❤」「次は絶対とっ捕まえてやらぁ」と、嵐の両脇に座る二人はそれぞれの言葉を発する。

「―――あの、火蓮様。静から言付けをお預かりしました。一千年前の…〝神明〟の魂を復活させる方法について、お聞かせ下さるとか……」

 さりげなく切り出した嵐は、真っ直ぐに火蓮を見据えた。

「ったく、未だに詳しく聞かされてないのオレ達だけだぜ!? 信用されてねーのかよオレらは」

「風間!」

 嵐の窘めに不満そうに口を尖らせる風間。だが、〝核〟なことは知らされないまま命令に従ってきたのだから、怒り心頭の風間の気持ちもわからなくはない。

 今日という日―――転生した火の男が姿を現したこの日にこそ、我々の〝悲願を成就〟するべく方法を話す、そう火蓮から言われきた。しかしその理由―――、天神三人組と呼ばれる嵐達にのみ、伝えられていなかった理由(わけ)とは。

「今日まで、よく辛抱しました」

 嵐の思いを見透かしたように、火蓮は口を開く。

「ですが…お話する前に一つ、あなた方に約束してもらうことがあります」

 そう前置きして、

「これから私が話すことに対して、一切の感情を持ってはなりません」

 殺伐と言い捨てた。

「どーゆーことだよ」

 意味がわからず、風間が口を出す。冷たい眼差しだけを彼に向け、火蓮は静かに応えた。

「あなた達は我々の中で、一番感情的だからです」

「―――なっ」

 浮きかけた風間の腰を、嵐は彼に向かって(てのひら)を突き出し制止する。

「私達は今まで、不変の真理を違えることなく椿様に忠誠を誓ってきました。それは火蓮様もご存じのはずです」挿絵(By みてみん)

 嵐は真剣な顔で火蓮を見つめ、

「―――何故です。感情的になるのは人間として、ごく当然のこと。納得のいく理由をお聞かせ下さい」

 と尋ねた。

 火蓮は目を伏せながら、低く呟く。

「―――今回の任務……正直、あなた方には無理だとわかっていました」

 ―――――。

 三人の間に、しんとした沈黙がのしかかる。

 風間が声にならない笑いを呼気で発したのを嵐は感じとるが、腹の底からの怒りを含んでいるのは明らかだ。任務に失敗し、非難されるのならまだわかる。しかし失敗するのがわかっていながら向かわせるとはどういうことか。なら、何故―――。

「何故行かせたのです。おかげで我々は火の男に恥をさらす結果になったのですよ」

 膝におく拳をぎゅっと握りしめ、嵐は目を眇めて正面に座る火蓮を睨みつける。

 ゆっくりと開眼した火蓮はそれを平然と受けとめ、浅く溜め息を零した。

「…あなた方は弱くない。…いえ、むしろ強い。自分を強く見せようとする本能的な心の動きは、あまりにも強すぎるくらいです。あなた達は硝子のように強く―――そして、脆すぎます」

 解せずに首を捻った三人に、火蓮はこの場で初めて見せた小さな苦笑いを浮かべる。

「今回の目的は火の男だけでなく、あなた達の分析調査でもありました」

「? ぶんせきちょうさ、って…?」

 美世が眉宇を歪ませて呟く。

「感情というものは時に必要であり、時に邪魔であるもの。例えて言うのなら、涙―――。涙は人の脆さを表し、脆さは人に付けいれられる急所となる」

 そして一呼吸おき、火蓮は美世と風間を交互に見た。

「美世は快楽―――、風間は怒りの感情に身を任せることが多いです。薬と同じように適量なら効果あるものを度が過ぎれば……自らを追い込むことになります。そして―――」

 どこか、鋭い痛みに耐えているかのような―――それを覚られまいと、つとめて無表情を装っているかのような彼女の方へ、火蓮は視線を移した。

「嵐。あなたはこれから私が話すことを聞けば、嫌でも自分の心を動かしている無駄な感情に気づくはずです」

「……」

 おし黙ったまま、思案している様子の嵐。床に留まっていた視線がゆるりと動き、嵐は憮然と火蓮へ顔を向けた。

「そのような調査、誰が受け持ったのです。今回限りの調査ではございませんね?」

 強い語気のまま、火蓮の返答を待たず続ける。

「むしろ私達が闘っている場にその者もいた……叶緑子ですか?」

漆黒の衣を身にまとう美貌の忍の名を口にした。身のこなしの素早さが適され、追い込みの任を与えられた彼女だが、元より諜報や隠密行動を得意とする。嵐の考えは妥当だった。しかし―――。

「いいえ。この任務は独自、(おぼろ)に任せました」

「朧ちゃんが!?」

「あの野郎ー! 追い込み途中でほっぽりだしたのもそのせいかよ!」

 美世と風間が同時に声をあげた。

「影でオレ達を監視してやがったんだ! ちっくしょーっ胸クソ(わり)ぃヤツだぜ!!」

 怒りを露に、風間が拳を床へ叩いた音が響く。対照的に嵐は瞬きをひとつしただけで黙っていた。息を大きく吸い込み、それから腹にある鬱憤を追い出すかのように、取り込んだ酸素を緩やかに長く吐き出す。そして形の良い唇を、きつく結んだ。

 遙か遠くを据えるようなその(さま)―――。彼女なりの意思表示(、、、、)だと捉えた火蓮は、静かに呟いた。

「…余談が過ぎました、そろそろ始めましょう。我らの御方様(おかたさま)が望む―――」

 蝋燭の炎が、一瞬大きく揺らめく。

「悲願の未来の原初を」


                    二


 降りしきる夜の雨の中―――――。

 時刻は夜中の二時半を過ぎるが、東京のネオンは輝きを衰えらせることなく、白くも赤くも染まっている。その色は正に、「東京」と同じく狂乱の色。

 見栄えを同じくして聳え立つ高層ビルの屋上を翔る、一人の男。ボタンを外した白いコートが雨風に激しく靡き、その様は闇に舞い降りた天使の翼―――。

 ビルとビルの間を軽々と跳躍する冷は、一層高く聳えるビルの屋上に着地し、駆ける足を止めた。

 小さく溜め息をつき、風が彼の長い髪を乱す。

(天神三人組……)

 刃を交えた彼らのことを、冷は不意に思い出していた。

 まだ中学生であろうかという少女は無邪気で透明な笑顔のまま、闘いを楽しんでいた。風を自在に操る血気盛んな青年は、信念ある強い力を感じさせた。そして―――紅い目を持つ、凛然とした美しい女性。

 ―――どうして、私と同じ色の眼を―――

 彼女はそう―――言った。

(同じ……? ……。……違う。あの子の眼は―――)

 自分とは、違う。眉宇を切なく歪めて僅かに首をふる。こんな穢れた、醜い色の眼を持つ者など、自分以外に存在するはずがない。

 自嘲めいた吐息を零し、微かに遠く、物思いに(ふけ)る眼差しになる。

「……アラシ、か―――……」

 雨音が混じる静かな声音。雨の滴がいくつもの筋をなし、冷の身体から伝い落ちた。

「―――見つけたぞ、冷」

 突如背後から、聞き慣れた落ち着きのある声。

「何度目だ? 私の結界を破って抜け出すのは」

 気配も音も()く黒いコートに長身の身を包んだ男は、対照的な冷の白いコートを見つめながら、そう呟いた。

今回(、、)は早かったな、天彦」

 驚いた調子もなく彼の名を呼ぶが、冷の身体は背を向けたままだ。

「お前、〝力〟を使っただろう。そのおかげですぐに場所を感じとれた。……何があった?」

 天彦の尋ねに冷は黙ったまま正面を見据え、応えない。しばらく沈黙が続き、諦めたように天彦の口から溜め息が漏れる。そして視界に広く、ネオンが見渡せる場所までゆっくりと歩みを進めた。

「……この東京はまるで、古代都市バビロンの模倣だな」

 目を細めて苦々しく呟いた天彦の言葉に、冷が僅かに耳を傾ける動きをとる。

(さかえ)に奢り、神と同じ景色を見ようと天まで届く塔を築き、塔に舞い降りた絶対者なる神の罰を受けた人間達。人間が常に繰り返す愚かさと、傲慢の象徴都市―――」

 そして微かな咎めを含んだ語調で天彦は続ける。

「こんな……、こんな世の中に、お前は惹かれるのか……? 醜く、下劣な、地獄のような世界にお前が求めるものなどない。いい加減、目を―――」

「―――『地獄』?」

 それは、ほとんどが呼気のみの声だった。

「俺にとって地獄とは、生きている意味もないまま毎朝目覚めることだ」

 冷が感情を押し殺し、怖いほどに冴えた表情が振り向き様に天彦に向く。

 一瞬息を呑んだ天彦だったが、すぐに眉を顰め、目は傷ついたように歪んだ。

 これは。

 ―――――絶望。

 冷の瞳に映ったのは、自身をも呑み込む奈落の底。まるで死が永遠の安息だとばかりに語る冷に、不穏な気配が胸を騒がせる。

「そろそろ行こうか」

 口調は淡々としていたが、冷に唐突に言われた天彦は言葉の意味を理解する間もなく「…行く?」と、聞き返してしまった。その様子を見た冷の口元が緩やかに笑む。

「俺を連れ帰るんじゃなかったのか?」

 冷が囁くように言った。何度か瞬いて浅く溜め息を零し、天彦はふっと緊張を解く。

「そう、だな…。そうだ……帰ろう」

 冷をじっと見つめ返した双眸に、やがて薄い瞼がおりた。俯いて喉を塞ぐ。

(……帰ろう。お前の―――――『地獄』へ―――――………)


                    三


 ―――古代……世界は万物を構成する粗大な元素、つまり地水火風空の五元素から森羅万象は成り立ち、秩序と調和を保っていた。

 無論、人間も五元素からの生成と還元という自然法則で成立しているが、度重(たびかさ)なる天変地異が全世界に続発し影響を受け、各地域での独自の進化が遂げられた。その進化というのが五元素の内、ある一つの元素を中心としたもの。

 極限の大地で進化した五種の部族は、生まれいでた時、五元素の内一つの元素に従った能力を持っていた。彼らはこう呼ばれた―――。

 東の地には、風人(かぜびと)―――旋風の力「虎光(ここう)族」

 西の地には、地人(ちびと)―――大地の力「戦武(せんぶ)族」

 南の地には、火人(ひびと)―――烈火の力「朱鬼(しゅき)族」

 北の地には、水人(みずびと)―――流水の力「龍神(りゅうじん)族」

 そして四方の中心の地には、空人(そらびと)―――破魔の力「獣門(じゅうもん)族」

 彼らは人とは言えない異様な身体をもつ、いわゆる魔獣であった。寿命も、人の平均の三倍は上回る。だが、その性質は極めて穏和。魔獣達は人間との間に共存の契約を結び、姿形は違えども、共に生きることを選んだのだった。

 しかし、長い月日をかけて地図の真中に空いた小さき〝穴〟には、闇の心を持つ魔が身を潜め始めていた。そしてその存在に、誰も気づくことはなかった。ただ一人、同族(、、)の彼を除いて―――。

 空人の(おさ)、天戎。魔獣達から絶対の信頼を()、人間からも慕われた彼には、一人の息子がいた。名を、神明(しんめい)。天戎を凌ぐ卓越した力と冷徹な狂気を隠し持っていた彼は、やがてその邪悪さが世界の調和を乱すのではないかと、天戎は恐れていた。やがてそれは恐れではなく、確信へと変わってゆく。

 異常かつ破壊的な言動。本来潜む〝魔〟が心を狂わせるのだとしても、神明の行動は常軌を逸していた。一つの山や森を焼きはらったり、動物を食い散らかしたりもした。気にくわぬ者は殴り捨てる。人間でも、同族でも、だ。それらの行いは、共存の契約を危ういものにした。

 天戎は決断を下す。せめて、自分の手で引導を―――。その矢先のこと。

 神明は己の父を跡形もなく食い殺すという、残忍な所業に及ぶ―――。そして、世界は変貌した。

 全ての魔獣における突然の凶暴化と自我の損失が表れる。精神の中から良心という概念が消え、全く別の次元の生き物に生まれ変わった魔獣達。力と血だけを渇望し、世界を劇的に変化させる生き物へ―――。

 神明は自分にとって最も妨げになる父を殺し、その混沌の力で魔獣達に「世界は我がモノ」という普遍的な発想を植えつけた。そして心の奥底へと封じられていた〝魔〟である証、〝殺人衝動〟を解放させた新たな獣門族を誕生させた。

 世界は混沌と、血で支配されようとした。

 ―――しかし、形勢は翻る。


 時は一千年前。彼らの、物語。   

次回は一千年前の話から始まります。

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