旅立ち
夜の祭壇跡。
月が高く昇り、砕けた石と黒ずんだ地面を淡く照らしていた。
ディディはひとり、崩れた石の上に腰を下ろしていた。
掌の中には、あの日卵から剥がれた鱗。脈動はもう収まっているが、どこか、まだ生きている感覚が残っていた。
足元にはレムルスが静かに目を閉じ、ぴたりと寄り添っている。
「魂獣が、あんな形で現れるなんて……誰も教えてくれなかった」
独り言のような声。
それを遮るように、重い足音が響いた。
「誰も教えられねぇからな。そんな前例、存在しねぇ」
振り向けば、灰色の毛皮を羽織った巨躯の男――スパルタスが立っていた。
黒狼が彼の後ろに従い、目を光らせている。
「……やっぱり、変なんですか、俺」
「変かどうかは知らん。だが異質ではある」
スパルタスはゆっくりと歩を進め、崩れた石に腰を下ろした。
その動きさえ、獣のように静かだった。
「お前の前に現れたのは卵。誰の目にも魂獣と違って見えた。
だが、あれが魂獣じゃないって断言できる奴は、この大陸にひとりもいねぇ」
ディディは少し目を伏せた。
「じゃあ……本当に、あれが俺の魂獣だったってことですか?」
「恐らくな」スパルタスは言った。
「呼んだから現れた。お前の“内”から、引き寄せた。それ以上の説明なんていらねぇだろ」
「……でももう、奪われた」
その呟きには、言葉にしきれない痛みが滲んでいた。
スパルタスはその言葉には応えず、しばらく沈黙した。
やがて、低く、重い声で言う。
「そいつは、取り戻せるかもしれねぇ。だが今のお前じゃ無理だ」
「……どうして?」
スパルタスの瞳が鋭く光った。
「お前はまだ、その力を“引き出す方法”すら知らねぇ。
“力”ってのは、あるだけじゃ意味がねぇ。使えなきゃ、ただの重荷だ」
ディディがうつむく。その横で、レムルスが一度だけ低く唸った。
スパルタスは立ち上がり、背を向けたまま言った。
「学園に行け。あそこには、そういう力の使い方を教えられる奴らがいる。学園には私から推薦しておく」
ディディの目がわずかに見開かれた。
「お前が本当に取り戻したいって思うなら――牙を磨け。引き裂かれたものを、ただの記憶にしないために」
******
「やっぱり来てたんだ、ディディ」
教会の裏庭で休んでいると、ユズとパウロがやってきた。
「オレにも声がかかった。『学園に来い』ってさ」
「まじで信じられねえ。でも、こいつ……キングとならやれる気がする」
パウロは肩に乗せた大鷲を見つめた
「でも……」
ユズが魂獣のマリーの頭を撫でながら言った。
「私、あの夜を見てしまったから。もしまた同じことが起きるなら、今度は“知らなかった”じゃ済まされないと思うの」
ディディは、鱗を見つめていた。
「……行こう。取り戻すために。全部」




