囚われの胎動
金属扉が閉まり、薄暗い地下施設に重苦しい静寂が戻る。
浮かぶ黒金の卵は、淡く脈打つたび、部屋の魔力管を軋ませていた。
「あの忌々しい儀式を止めてやって清々したぜ。やはりまだ三大神の連中と正面からやりあうのは危険だ。だが、収穫はあった」
背後では巨人のジャックが壁際でゴーレムの欠片を集めていた。
彼は卵を一瞥し、再び何も言わず作業に戻る。
グリフォンの胴体には、戦闘で傷ついた羽根と焼けた翼の痕が残っていた。
フラクネシスの雷撃――それが、神官の力の象徴であることを改めて見せつける傷跡だった。
サムエルは無言で近づくと、焼け焦げた右の風切羽をひとつ、手に取って検分した。
「生体組織の再生が追いつかねぇな……仕方ねえ、ここだけ外骨格で補強するか」
部下が頷き、小型の補修用クレーンを操作して羽根の基部を丁寧に取り除く。代わりに、黒鉄の軽合金を埋め込む。
機械的なパーツは目立たぬよう、羽毛の色に近い樹脂で表面が覆われていた。
「……これで左右のバランスは保てる。少なくとも飛行は可能だ」
アリサはその様子を黙って見ていた。
九尾が足元で、わずかに尾を膨らませる。
「また、そうやって修復するのね」
「飛べればいい」 サムエルは応えた。
その目は、傷を隠す金属の羽根ではなく、その奥にある“力”を見ていた。
アリサは、改めて吊るされたグリフォンの顔を見た。
片方の瞳は、まだ生の輝きを宿していたが――
もう片方には、薄く銀の光が宿る義眼の光が、幽かに明滅していた。
それを見て、彼女は目を細める。
(あとどれくらい、魂のかけらは残っているんだろう……)
サムエルはグリフォンの側まで歩み、機械の羽根の根元を指で叩いた。
「魂獣ってのはな、“制御できるうちは奇跡”、できなくなったら“災厄”だ」
「まずは、こいつを制御する方法を見つけなくては……」
卵を見つめながらサムエルは言う。
「……暴走した魂獣のやばさは、お前もよく知っているだろう?」
彼は義手の手の甲を押さえ、顔をしかめた。
そこから痛みが広がってくる。
アリサはそれには何も返さなかった。
けれど、その表情はほんのわずかに陰った。
九尾が彼女の足元で小さく鳴き、尾をゆらりと揺らす。
サムエルの呼吸が浅くなる。
義手の奥に疼く“あの日の記憶”。魔法動物に焼き尽くされた村、泣き叫ぶ母、瓦礫に埋もれた父の手。
まだ小さかった彼の前で、あの魂獣は笑うように牙を剥いた。
「信仰の名のもとに魔法動物を世に放ち続けているあの神官たちは、今でも英雄扱いだ」
低く、搾り出すように。
「奴らに殺されたのは、俺の家族だけじゃない」
「こいつが目覚めた時、神の民が、どれほど恐ろしいものを飼い慣らしてきたかを……世界に思い出させてやる」
「そして、われらカルタゴの名を世界に知らしめてやる」
静かに卵が光を放つ。
アリサは九尾に視線を落とした。
狐はぴくりと耳を動かし、警戒するように尾を広げる。
「……わかってるよ」
誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からなかった。
卵なのか、九尾なのか。あるいは、隣で未来を塗り替えようとしているサムエルへか。
部屋の外に出たとき、アリサは九尾と並んで歩いた。
無言のまま。長い廊下をただ進む。
(……サムエル。あなたが見ている未来を、私は見届けなきゃならない)
(でも……その先にあるものが、もし“あの日の続き”なら――)
九尾が、ふいに足を止めた。
アリサも止まる。
「……どうしたの?」
九尾は尾をくるりと巻き、自分の影の中へ一歩、潜るように姿を消した。
まるで、これから起こることを“拒んでいる”かのように。
アリサは再び歩き出す。
目を閉じた。
浮かぶのは、昔のサムエルの笑顔。
彼がまだ、誰かを“守ろう”としていた頃の面影。
もう戻れない。
でも――まだ、終わってはいない。




