火の後始末
西の練習場は、昼を過ぎても日陰の砂が白かった。霜を踏み砕く足音に、的を打つ音が重なる。赤い寮章の上級生が交代を告げると、壁際で待っていた一年生たちが、競うように砂地へ出た。入学二週目。入学から半年後に開かれる大会へ向けた練習枠は、もう夕方まで埋まっていた。
「一発だけ、見ていけよ」
パウロに呼び止められ、ディディは用具小屋の前で足を止めた。返却した担架の受取票をしまい、区画を囲む白線の外へ回る。レムルスは隣で座った。
炎の鷲、キングが止まり木から翼を広げる。
「先生の合図が出たらだぞ」
「分かってるって。今日は的の真ん中を抜く」
砂地の向こうには土を盛った壁があり、その手前に円い的が立っていた。脇へそれた火を受ける場所も、砂を深く敷いてある。用具小屋は区画の外側だが、木のひさしだけが白線の近くへ張り出していた。
赤い上着の教師が、的から戻ってくる。鉄灰色の短い髪、顎を横切る古傷。上着の肘は、色の違う布で補修されている。
アマルセアの担任ハドリアン・ヴォスは、傍らの雄鹿を日陰へ待たせた。広い角の間を見上げながら、パウロが杖を握り直す。
「撃つのは一度だけだ。外れても、火を曲げて的を追うな。すぐに止めなさい」
「はい」
キングが飛んだ。
金色の翼の下を火が走り、的へ伸びる。円の端が赤く裂けた。
ディディが息をのんだときには、パウロの杖がもう動いていた。
「もう少し右へ――」
外れた火を曲げようとしたのだ。
キングが旋回し、炎の先が的の横を払った。乾いた音。小屋のひさしから、黒い木片が落ちる。
「切れ!」
ハドリアンの声で火が途切れた。
だが、軒先に細い赤が残った。木の隙間へ火が入り、煙が上がる。
「全員、白線から下がれ。パウロ、キングを戻せ」
教師が小屋の戸を開け、中に誰もいないことを確かめる。近くの上級生へ砂箱を指した。上級生が雄鹿を連れて砂箱へ走る間に、自分は長い柄の鉤を取った。
キングは止まり木へ戻ったものの、片翼を半ば開いたままだった。パウロがもう一度杖を持ち上げる。
「俺がキングに火を引かせれば、消せるんじゃ――」
「今の火を止められなかったのに、もう一度操ろうとするな。杖を置け。消火はこちらでやる」
パウロは唇を結び、杖を砂へ寝かせた。
ディディはレムルスの首元に手を添え、さらに離れた。火へ近づかせないためだったが、狼は小屋の横を見ている。耳が、煙の下の小さな音を拾った。
軒の陰に、茶色い鳥が一羽いた。
飛び立っては戻り、木の隙間へ頭を差し込もうとしている。
「先生、そこに鳥が!」
「離れていろ。ひさしを落とす」
鉤の先が、燃えた木へ掛かった。
ディディは鳥の戻った所を見た。黒い隙間に、草の端が揺れている。
「火の右です。草が詰まってる。巣かもしれません!」
ハドリアンが手を止めた。
赤い部分から、巣らしい塊までは腕一本ほどの距離がある。
「巣が見える場所を、そこから指してくれ。近づくなよ」
ディディが指した所を、教師は横から確かめた。雄鹿が角に掛けて運んだ砂箱を、上級生が下ろした。教師はそこからすくった砂を燃えている端へかけ、鉤を掛け直す。
「この継ぎ目から、燃えている端だけ外す。落ちる板を受け止めようとするなよ。地面に落ちたら砂をかけてくれ」
焦げた端が地面へ落ちた。上級生が砂をかぶせる。残った木から煙が細く上がったが、教師が濡れ布を押し当てると、それも消えた。
鳥は塀へ逃げていた。まだ、こちらを向いている。
「空の巣かもしれません」
ディディが言うと、ハドリアンは鉤を地面へ置いた。
「そうかもしれん。中の確認は飼育係に頼む。お前たちで触るな」
先生は上級生を呼びに走らせ、それから白線を見た。
ひさしの張り出しと、焼けた的。その間へ立ち、靴で砂を払う。
「この区画は閉じる。小屋からの距離を取り直すまで、射撃には使わせん」
「俺が外したからです」
パウロの声だった。
「お前が追いかけたからだ。外しただけなら、火は砂へ落ちていた」
ハドリアンは、言い直させるように待った。
「……外した後、止めませんでした」
「今言ったことを、事故の報告に書きなさい。私が小屋と練習区画の距離を確かめきれていなかったことも、同じ報告に残す」
パウロが顔を上げた。
先生はもう、キングの止まり木の前へ行っていた。
「キングが翼をたたんで落ち着くまで待て。自分で飲める所へ水を置いてやりなさい。今日はもう飛ばさないこと」
「まだ一回しか――」
パウロは続けなかった。鷲の開いた翼を見て、水皿を取りに行く。
戻ってくると、ディディが、パウロの置いた杖を拾っていた。
「杖を返してくれ。自分で片づけるから」
受け取る指が、黒く汚れていた。
「最初の火は、的に当たってたじゃないか」
「端だろ。あれじゃ、推薦状なんか取れねえ」
パウロは的を見ずに言った。
「俺はレギオーサへ行きたいんだ。本大会で、軍の奴らが見てる前で勝たなきゃならねえんだよ」
「それで、端に当たっただけじゃ駄目だったのか?」
「真ん中を抜くって言っただろ。お前にも、できるところを見せたかったんだよ」
ディディは杖から手を離した。
見せてほしいと思ったのは、自分も同じだった。卵を奪った者に届くような、強い火を。
「見てたよ。止めるところまでは、俺も考えてなかった」
キングが翼をたたんだ。パウロは差し出しかけた腕を下げ、先に水皿を止まり木へ留めた。
ハドリアンが、汚れた布を桶へ入れる。
「推薦状は大会の賞だ。今日うまく射ったから渡せるものではない。それと、軍へ行くなら、働かせた獣を連れて帰るまでがお前の仕事だ」
「はい」
「私の鹿にも水をやってくれるか。砂箱を運ばせたあと、そのまま待たせてしまった」
パウロは桶を持ち上げ、雄鹿の方へ歩いた。
五歩ほど進んで戻ってくる。
「先生。先にキングが水を飲むのを見てていいですか。さっき置いたばかりで」
ハドリアンは鹿を見、それから自分で桶を受け取った。
「そうしろ」
ディディは小屋の陰へ目を向けた。鳥はまだ塀にいる。残した巣へ戻るかどうかは、ここに立っていても分からなかった。
飼育係が来る道を空けて、レムルスと一緒に下がる。
パウロは止まり木の隣にいた。次の組の的を打つ音がしても、そちらへ顔を向けなかった。
夕方、寮へ戻ったディディは、部屋の戸を開けかけて立ち止まった。ジズーが中から出てきたのだ。脇へ退いて通り道を空けてから、声をかける。
「ジズー。次の救助の練習、少し見てもらえないか」
ジズーの足が止まった。
「……出ないぞ」
「うん。申込は取り消したままだ。前に練習したとき、俺たちが気づかなかったことに、お前は気づいてただろ。今度も、どこで手間取ってるか見てもらえたらと思って」
ジズーは答えず、階段の方を見た。ディディは戸口に置いた鞄を足元へ寄せた。
「来られたらでいい。次の休みの午後、庭でやるから」
「……少しだけなら」
返事を確かめ直す前に、ジズーは階段を下りていった。
部屋ではフィオナが、返却を終えた道具の控えをまとめていた。
「今の、出てくれるって?」
「練習を見てくれるだけ。道具を借り直すときも、三人で練習するって伝えよう」
フィオナは頷き、借りたい物を三人で確かめるため、紙を卓の真ん中へ置いた。




