四人分の名前
夕日の差す回廊に、三つの寮の旗が並んでいた。フランク像へ麦を捧げる生徒の脇を、競技会の申込用紙を抱えた生徒が駆けていく。掲示板の前では、英雄の名前より賞品の文字を読む声の方が大きかった。
「帝国軍レギオーサへの推薦状……!」
パウロの指が、その一行から動かなくなった。肩のキングが翼を開き、隣の生徒が紙を押さえる。
「キング、ここでは風を起こすな。大事なところが読めない」
「あなたも大事なところしか読んでないでしょう」
ユズが猫のマリーを抱え直した。
「推薦状と、優勝者が選べる魔法具。風除けの外套、灯りの杖、盾……食堂券もあるわね」
「食堂券はお前にやる。俺は推薦状だ」
「その台詞、夕食のあとでも覚えていてね」
ディディは魔法具の絵を見た。村を出るとき、持っていたのはレムルスと鱗一枚だけだった。使える道具が一つ増えれば、あの金色の翼を追う日にも何かできるかもしれない。
「四人か。俺たち三人じゃ、一人足りないな」
「寮が違うでしょ。旗印戦は同じ寮の四人で出るのよ」
ユズが募集用紙を開いた。
「個人の争奪戦は大勢が一斉に印を取り合う。旗印戦は四人対四人で旗を奪う。最後の三将戦だけ、寮代表の先鋒、中堅、大将が順に一対一で戦うの」
「旗印戦の予選は、旗を取らないのか?」
「今年は救助競技だって。仲間と荷を運べるか、先に見るんですって」
パウロが、推薦状の文字からようやく顔を上げた。
「俺は三将戦の代表にも挑む。入隊が決まるわけじゃなくても、レギオーサへ名前を届けられる」
「私は争奪戦。新聞に載るところまで行くわ」
二人の指が、別々の欄を押さえた。
ディディは四人分の用紙を持ち帰った。
寮では、フィオナが窓を半分だけ開けていた。金褐色の尾をよけると、細い青緑の胴が窓枠へ降りる。透明な四枚の翅は、五十センチほどの彼女が両腕を広げたより大きかった。
「おかえり。そこ、踏まないでね」
ディディは足を止めた。
床で、一匹の蟻がパンくずを引いていた。
「餌が落ちてるぞ」
「ぼくが、あげたんだ」
ゴライアスが膝の前へ指を下ろした。蟻は黒い爪の脇へ上がり、指に残った粉を触角で探る。
「それ、お前の魂獣?」
「……うん。出してたんだけど、見えなかった?」
「お前を見上げてたから、足元まで見てなかった」
巨人の指から蟻が床へ戻る。ゴライアスが掌を伏せると、板の隙間の土が細い筋になって盛り上がった。パンくずはその上を滑り、蟻の前で止まる。
フィオナは窓辺のトンボの背へ腰を下ろした。
「わたしの相棒は、こっち。外へ出るときは乗せてもらうの」
「大会に出ないか。四人制だから、同じ部屋で組める」
「出る! 何するの?」
ディディは床へ図を広げた。ゴライアスがしゃがみ、窓から降りたフィオナがその脇へ座る。
「ジズーは?」
「図書館。夕食も別に食べるんだって」
窓辺の寝台は空だった。
「これ、どう読むんだろう。先生に聞いてくる」
ディディは用紙を持って、回廊の端の担任室を訪ねた。マルグレア寮の担任サリエルは机の書類を片づけると、「図を広げられる所で話しましょう」と立ち上がった。
部屋へ案内すると、先生は床の図の前へ膝をつき、四人の枠を指した。
「救助は旗印戦の予選です。通れば、同じ四人で本戦へ進みます。予選だけ三人で受けることはできません」
「どうやって人形を取るんですか?」
先生は、家や路地が描かれた図へ五つの木片を置いた。
「学園の南に、災害で壊れた町を模した演習場があります。この五か所に一体ずつ、救助人形を置きます。どこへ向かうか、順番も道も自分たちで選ぶのです」
「全部助けないと駄目ですか?」
「制限は二十分。全部を回ろうとして帰れなくなるより、助けられる人を確実に連れ帰ってください」
サリエルは南の入口に、小さな白い布を敷いた。救護所を表しているらしい。
「人形をここへ運んで初めて得点になります。近い診療所が三十点、瓦礫の市場が四十点、浸水した倉庫が五十点。傾いた家が六十点、奥の鐘楼が七十点です」
「じゃあ、七十点から取りに行けばいいんだね」
フィオナが、一番奥の木片へ手を伸ばした。
「その人形は高い所にあります。運び出すのに時間がかかれば、次の一体へ行けません。近くの二体を先に救う班もいるでしょう」
「ゴライアスなら、全部持てるんじゃない?」
「持てると思う。でも、この家の中には入れないよ」
ゴライアスの指が、図の小さな戸口で止まった。
「外まで運んでもらえたら、ぼくが引き受ける」
「わたしなら窓から入れるかな。どこにいるか、先に見てくるよ」
「俺は中から運び出す。担架をどこへ置くかも決めないと」
サリエルは白い布へ木片を二つ戻した。
「八十点以上の上位八班が本戦へ進みます。同点なら、四人と魂獣がそろって競技を終えた時刻の早い班が上です。人形は途中で救護所へ預け、また助けに行って構いません」
「空を飛んで、屋根の上から運んでも?」
「できます。水を渡るのも、瓦礫をどかすのも方法の一つです。ただし、人形を落とせば一回につき二十点減。水に沈めた人形は得点になりません。自分で歩けない怪我人だと思って扱ってください」
ディディは木片を持ち上げた。指二本ではさめる図の上と、二十五キロあるという実物とは違う。
「道具は何を使ってもいいんですか?」
「貸出品と、事前に点検を受けた魔法具です。動かしてよい瓦礫や土も決まっています。家の壁を壊して近道を作るのはいけません。細かな決まりは、この用紙にあります」
先生は図の裏を示した。一班ずつ入り、救助人形は毎回同じ場所へ戻す、と書かれている。ほかの班に人形を先に取られる競争ではないのだ。
夕食の鐘が鳴った。サリエルは立ち上がり、分からないことがあれば担任室へ来るよう伝えて、回廊へ戻った。
フィオナが用紙を引き寄せ、三人の名前を書いた。
「ジズーにも聞いてから出すんだろ?」
「明日、練習に誘おうよ。今週の受付は今夜まででしょ」
彼女は四つ目の枠へ、ジズーと書いた。
ゴライアスが戸口を見た。
「嫌だって言ったら、どうするの?」
「そのときは謝る。せっかく同じ部屋なんだし、一回くらい一緒にやりたい」
ディディは紙を押さえた。まだ止められた。
それでも、ジズーなら建物の向こうの道も見られると思った。四人で進む自分たちの姿を、先に欲しがってしまった。
「……明日、俺からも話す」
受付の箱へ用紙を入れたのは、ディディだった。
紙は底へ落ち、戻せなくなった。
帰りの回廊で、ジズーとすれ違った。彼は本を胸へ抱え、三人を見ずに部屋へ向かった。
誰も、名前を書いたと言わなかった。
【改稿のお知らせ/2026年10月18日】
大会の種目と救助予選のルール、参加申込の場面を改稿しました。救助予選は、災害を模した街区で救助先と経路を選ぶ競技に変更しています。




