5/9
第5話 氷の辺境伯は破れた封を拾う
誓約庫の床へ落ちた封蝋の欠片を、アルノーは自分で拾った。
辺境伯が紙片を拾う必要など本来ない。だが彼は私の前にそれを置き、ただ一言だけ言った。
「見るんだろう」
私は頷いた。欠片は、王都から北辺へ送られた婚礼証の封に使われたものだった。触れた瞬間、また白い線が走る。
輸送箱番号三一。
同送品、持参金宝飾箱二点。
受領後移動先、王都持参金庫。
「婚礼証と一緒に、持参金宝飾まで動いています」
「未亡人の?」
「はい。本来は遺族へ戻るべき耳飾りと首飾りです」
アルノーの目がわずかに細くなった。
「死人の持参金にまで手をつけたか」
「王都の誰かが」
「なら、死人の名誉ごと返してやる」
淡々とした言葉だったのに、その中には怒りより硬い温度があった。私は少しだけ笑ってしまう。
「辺境伯は、思っていたより優しいんですね」
「優しくはない。紙一枚で領民を凍えさせる連中が嫌いなだけだ」
そう言って彼は外套を翻した。氷の辺境伯は冷たい顔をしているのに、破れた封を見捨てない。
その事実だけで、この北辺の書庫は王都よりずっとましだと思えた。




