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第2話 左遷先は北辺誓約庫
北辺誓約庫は、雪と石と紙の匂いでできていた。
王都から四日。たどり着いたグレイスナー辺境伯領の誓約庫は、城館の奥にある古い書庫だった。窓の外では雪が舞い、書棚の隙間には冬の冷気が細く流れ込んでくる。王都の華やかな婚礼室とは違い、ここにあるのは離縁証、相続契約、年金証書、再婚届。派手さのない人生の継ぎ目ばかりだ。
「ここでは、一枚の紙で冬の配給が決まる」
低く静かな声がした。辺境伯アルノー・グレイスナー。三十五歳。氷色の瞳をしているのに、言葉は驚くほど無駄がなかった。
「王都では欠番を出したそうだな」
「見つけた、と言い直してください」
私が答えると、彼は少しだけ眉を上げた。
「言い返せるなら仕事はできる」
歓迎ではない。けれど切り捨てでもない。その線引きの正確さに、少しだけ呼吸が楽になった。
その日のうちに私は北辺の未整理箱を開けた。古い婚礼証、再発行待ちの契約書、封の破れた未亡人年金の申請。王都より静かなぶん、ここでは一枚の紙が誰かの冬そのものになっている。
私は毛皮の手袋を外し、最初の封蝋へ指を置いた。
欠番の四八七二は、きっとここへつながっている。




