第1話 奪われた花嫁席と婚約
婚礼証の番号は、一つでも欠けてはいけない。
王宮誓約局の保管庫で私は毎日、婚約証、婚礼証、持参金目録に押された封蝋を並べ、番号順に台帳へ移していた。目立つ仕事ではない。けれど、約束を公に守らせる最後の砦がここだと、私は本気で思っていた。
「姉さまは約束だけ守っていればいいの。花嫁席みたいな目立つ場所は、私の方が似合うでしょう?」
春の婚礼季の朝、義妹ミレイアは白い手袋で自分の髪を直しながら笑った。二十七歳。甘く柔らかい声のまま、人の席を奪う女だ。隣に立つ婚約者フェリクス・ローデンは、私の視線から逃げるように目を伏せている。三十五歳の誓約官補佐で、五年かけて私へ結婚を申し込んだ男だった。
「婚礼主任はミレイアに替える。君は裏方に回ってくれ」
局長の一言で、花嫁席も婚礼主任の席も同時に消えた。私は抗議より先に、祭壇用の婚礼証の束へ目を落とした。綴り紐の間にあるはずの一枚がない。番号四八七二。
「この欠番、誰が抜きましたか」
「今は式が先だ」
フェリクスは低く言った。その声に、私の婚約を解消する文言だけは妙に滑らかに乗っていた。
「王宮の恥になる。責任を取って、北辺誓約庫へ行け」
私はそこでようやく理解した。奪われたのは婚約だけではない。欠番を見つけた責任まで、私に着せるつもりなのだと。
祭壇では金の鐘が鳴っていた。けれど私の耳に残ったのは、欠けた番号と、封蝋の乾いたひび割れだけだった。




